7日目

やっぱりこのままフェードアウトしよう。そう思っても彼からの連絡を待っている私がいるし、彼は彼で気にしていないように私に連絡をしてきた。
自分の意志の弱さにはつくづく嫌気が差す。

『今日、家にこないか?』

そんな誘いに二つ返事でOKしてしまった私は、もうきっと、彼に惚れてしまっているのだろう。訳のわからない出会い方をしてしまった彼に、本気で恋をしているのだろう。
だって会いたくて堪らないのだ。キスをしたあの日に辞めておけと脳が警報を鳴らしても、ベッドの中でやっぱりはっきりしないとと意思を固めても、焦凍に会って仕舞えばこの時間がずっと続けば良いのにと思ってしまう。

『今日はオフだから、仕事終わったら連絡くれ。駅まで迎えにいく』

まるで、本当に彼氏かのような連絡の仕方。そんな些細なこと一つに、私の胸は踊ってしまう。
数日ぶりに仕事のやる気まで取り戻した私は、驚くべきスピードで自分のタスクを片付けていた。普段ならイライラする上司からの小言も平然と躱し、後輩のフォローまで完璧にこなした。こうなってくると自分の単純さに笑ってしまう。

浮ついた気持ちで1日の労働を終え、最寄駅へと向かう。やっぱり高級住宅街なんだなぁと納得しつつ、自分の身なりがおかしくないか何度も見返した。到着予定時刻を知らせると、『分かった』といつものように彩のない返信。今ではもうこれすらも愛おしいだなんて、私もどうかしているのかもしれない。

「こっちだ」
「……焦凍、」

改札を出ると、すぐの柱に見るからにオーラを放った男が凭れて立っていた。キャップを被って変装しているつもりかもしれないけど、それ何も隠れてないよと心の中でツッコミを入れる。

「行くか」

途中のコンビニでおつまみやお酒を買った。
メイク落としや化粧水なんかも忘れずに。たったそれだけのことだけど、彼の家に自分のものが増えると思うとなんだかむず痒かった。それに、化粧水やメイク落としが家に無いと言われて安心した私がいた。

連れて来られたマンションの一室は、一人暮らしにはかなり広い間取りだった。何故か和室まであるらしい。これがプロヒーロー…と度肝を抜かした。

「飯、食うか?先風呂入るか?」
「お腹空いてるからご飯がいいな。」
「分かった。そこ座っててくれ」

暫くして目の前にことりと置かれたのは、焼きたてのグラタンだった。ほかほかと湯気が立ち、食欲をそそる抜群な焼き目。

「…もしかして、」
「好きだって言ってただろ?初めて作ったから、旨いかわかんねぇけど……」

照れ臭そうに目を逸らすその仕草が、私の心をどれだけ揺さぶっているのか、この男は知っているのだろうか。私の好物を作るためにレシピを調べて、材料を調達してくれて忙しい中作ってくれた。それだけのことが、どれほど嬉しいか知っているだろうか。

「いただきます」

一口含むと、自然と笑みが溢れた。心配そうにこちらを見つめる焦凍が目に入り、さらに口角が上がっていく。

「すっごい美味しい。ありがとう」
「……よかった」

熱いから火傷しないように慎重に食べると、今度は目の前の彼がそれを見て笑った。どうしようもなく愛しくて、この時間がずっと続けばいいのにと思う。食べ終わらなければずっと続くのかなと考えたけれど、空腹の私には手を止めることができなかった。
好きな人に作ってもらう好物は、これほどまでに美味しいのか。

食事を終えて、静寂が私たちを包む。私が抱えている気まずさは、もしかしたら彼にも伝播してしまっているのかもしれない。それでも、このままでは居られなかった。

「今日で、一週間だな」

いつ切り出そうと様子を伺っていた私を割くように、その話題を取り出したのは彼からだった。

「…そうだね」


テーブルの上で組まれた私の手を、焦凍の両手が包んだ。真っ直ぐに見つめられると、目を逸らしたくなってしまう。しかし今、それをしてはいけないことは、私にも分かっていた。ドキドキと心拍数が上がっているのは、何のせいか。恐怖か、焦りか、好意か。

「俺は、本気でなまえのことが好きだ。だけど伝えているつもりでも、真意が分かりにくいと言われることもある。だから正直、今、この気持ちすら、ちゃんと伝わっていないのかと思うと怖い。」

ぽつり、ぽつりと言葉を続ける焦凍は、なんだか初めて年下の男の子のように思えた。

「今すぐに信じられないかもしれない。それでもこれから先、一生かけてこの気持ちは本当だって、なまえに伝えたい。…だから」
「私も、焦凍のことが好き。」
「……え、」

焦凍の言葉を聞いて、私の心も一つ一つ解れていく。一歩、踏み出す勇気が湧いてくる。
だってもう、何も心配する理由がなかった。目の前の真っ直ぐこちらを見つめてくる目が、嘘を語るような瞳だとは思えなかった。だって彼は、そういう人だ。一週間前に抱いていた曇った疑惑の気持ちは、もう晴れ渡る青空だ。

それにもう、私の気持ちも抑えることができない。

「だいすきなの」

その頬に、髪に、唇に、触れたい。あなたの全部が欲しい。あなたは私の彼氏だと、胸を張って言いたい。
本当は分かっていた。焦凍が私のことを好きだということも、私が焦凍のことを好きだということも。それでも怖かった。もしも、私の予想が外れていたら。あと一歩の確信が欲しかった。普通を望む弱い私が、逃げる理由を作り続けていただけだった。

胸につっかえていたことも含めて話すと、焦凍は申し訳なさそうに眉を下げた。それでもそのあと、笑って「これから先、信じ合える関係になれるならもうなんでも良い」と言ってくれた。そうしてまた私は、この人のことを好きになる。

「好きだ、なまえ」
「私も焦凍が好き」
「…ずっと、好きだった」

「……ずっと?」
「あぁ、ずっとだ。」

訳がわからず首を傾ける私と、ふわりと口元を緩めた焦凍。柔らかい唇が触れると、そのまま優しく抱き締められた。幸せで心地良くて、このまま溶けてしまいたいと思う。
それを知ってか知らずか、好きだ、と甘い声がもう一度耳元を掠めてびくりと肩が揺れた。まだ、私の知らない彼が顔を出す。一つの疑問を残したままの私の思考は、彼の手によって溶かされてしまうのだった。


平凡ガールは7日後、ヒーローショートにをする

(恋とは、私に新しい世界をくれるようだ)

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