5日目

目が覚めると、ソファの上だった。
昨日はあの後酔いが覚めてしまったので、コンビニで缶ビールやら酎ハイやらハイボールやらと数点のおつまみを買い足し、好きな映画を観ながら一人で酔い潰れた。どうやらそのままソファで寝落ちてしまったらしい。

机の上には空き缶とお菓子の残りが散らばっているし、見事に二日酔いの頭はズキズキと痛んだ。

「なにしてんだか」

勝手に口から溢れた独り言は、虚しく部屋の中に吸い込まれていった。置きっぱなしになっていたスマートフォンには、いつも通り焦凍からおはようのメッセージが来ていた。
暦通りに出勤している私とは違い、彼は今日もヒーローのお仕事らしい。休みも不定期だというから大変だなぁと、遠い人を想うように考えている自分がいた。

なんか、昨日のことも全部夢だったみたいだ。
焦凍と過ごす時間は楽しいけれど、全部幻みたい。

勝手に気まずい気持ちを抱えているのは私だけということは分かっている。そもそも焦凍にとって、私はただの揶揄いたい相手なだけだし。
分かってはいても少しだけ気にかけて欲しくて、いつもはすぐに返信するトークを開いた後、返事を打たないままスマホの電源を落とした。

せっかくのお休みだ。どうせならもう一眠りしてしまおう。


◇◇◇



目が覚めて驚いた。もう一眠りしようと決め込んでソファに横たわったのは、多分お昼くらいだったはずだ。
それがどういうことか、もう外の世界は黒に染まっている。

貴重な休日を、丸一日眠って過ごしてしまった。

とりあえずとテレビをつけると、バラエティ番組は示しをつけたようにプロヒーロー特集を行っていた。もちろん、スタジオにいるヒーローの中には彼もいて。観たくないと思いながらも、指先は他のチャンネルに変えることを許さない。

「ショートはどんな子がタイプなんですか?」
「タイプ……っていうのはあまりないかもしれないです。」
「じゃあ、どんな子を好きだなぁとかありますか?」
「……初デートに蕎麦食べに行っても笑ってくれる人、ですかね」

なん、て…?

テレビの中の司会者は、「これは特定の人がいるやつじゃないですか〜!」なんて冷やかしながらニヤニヤしている。私はテレビを見つめたまま、開いた口が塞がらない。
なんだそれ、まるで私のことみたいじゃん……。こんなことを地上波で言われて、自惚れない女はこの地球上に存在しているのだろうか。そして、また私ばかりドキドキさせられて、期待させられて、狡い。

トークの内容は既に他の人へと移っている。あ、この人も確か雄英出身の若手出身だった。
…ということは焦凍の同級生とか?クラスメイトとか?

「ショートくんとは雄英時代からクラスメイトなんですよ」
「そうなんですか!いやー、こんな可愛いウラビティを高校時代から知っていただなんて、ショートくん羨ましいなぁ」

予想通りだった。こんなに可愛い子が身近にいるんだ。やっぱり、私なんて遊び相手とか手軽なそういう関係になれる相手に違いない。

浮き沈みの激しすぎる感情に一つ溜息を溢して、ついていたテレビを消した。部屋が静寂に包まれると虚しくて、息が詰まる。私は、なにをしているんだろうか。
私は、プロヒーローとの恋愛なんて望んでいなかった。一般的な人と出会って恋に落ちて、盛大じゃなくても挙式を挙げてウエディングドレスを着て、子供がいて、マイホームはなくても、それで良かったのに。

それでも、掛かってきた着信を拒否できなかったのはどうしてだろうか。


「…はい、」
「起きてたか?」
「うん、起きてたよ」
「……良かった。声、聞きたくて。」

低めの甘い声が耳を掠める。それがどうにも擽ったくて、スマホから耳を少しだけ離した。こうでもしないと、全て飲み込まれてしまいそうだった。

「なにしてた?」
「ずっと寝てたの。たまたまつけたテレビ番組に焦凍が出てて、それ、見てたよ」
「…そうか」

嬉しそうな、ちょっとだけ照れた声。どんな表情を浮かべているのか分かってしまうのが悔しい。ちょっと頬を緩ませて、それで、優しい目で私のことを見るんだ。

「お前のこと、喋っちまった」
「え、」
「……なまえしか、浮かばなかった」

違う違うと私の中で否定し続けたことは、彼の口から最も簡単に肯定されてしまう。
嬉しくて、ホッとして、涙が溢れそうになる。何だ、この感情は。

「…嬉し、かった」

本当に彼といると調子が狂う。こんなハズじゃなかった。
恋愛において、こんなに感情を揺さぶられるはずじゃなかった。怖いと思っている道に、自ら足を踏み入れてしまうような人間ではなかった。それなのに、焦凍のせいで、私は可笑しくなっていく。

私の言葉を聞くと、耳元で彼が柔らかく笑うのが分かった。擽ったくて、優しくて、愛おしい。

……会って、その頬に触れたい。

「会いたいな」
「ん、」

気持ちまで一緒だなんて、それを伝えてくるだなんて狡いじゃないか。
これじゃあもう、私。ひとつの答えには気づかないフリをして頷いた。

「明日、仕事の後に会いに行ってもいいか。」
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