4日目


「乾杯っ」
「あぁ、乾杯。」

あの衝撃の告白から3日。彼に出会って4日目。今日は私のおすすめの居酒屋で彼と乾杯している。蕎麦以外だったらなにが好きなの?という質問の答えは『旨ければ何でもいい』だった。
彼にとってなにが旨いなのかわからないから、その答えには非常に困ったけれど。結局私の職場から近い行きつけの焼き鳥屋さんに行くことにした。

金曜日でもある今日は、色々な開放感も含めて楽しい気分になっていることが自分でもわかる。
一杯目から頼んだハイボールのジョッキをカツンと合わせて飲み下すと、胃の中がポカポカと暖かくなる感覚がした。

…流石に空きっ腹にハイボールはまずかったか。と思っていたところに運ばれてきたネギマは、タレを纏って艶々輝いている。グゥ、とお腹が鳴って、慌てて両手で音の出どころを抑えた。

「ん、おいしー!」
「……美味そうに食うんだな」
「焦凍も食べなよ、ほら。」

一本手に取り、彼の取り皿に一個ずつ分けてあげると、頬を緩ませていた。これはきっと、嬉しい顔だ。
焦凍はやっぱり感情が表情に出てしまうタイプで、好きなものとか嫌いなものとか、顔を見るとすぐにわかった。それが私にとってはありがたくて、表情を見て行動を変えることができていた。

どうやら焼き鳥は好きな方らしいので一安心だ。

「ん、旨い。」
「ふふ、良かった。」

「なまえは焼き鳥が一番好きなのか?」
「んー…何だろう、一番好きな食べ物。…グラタンとかかなぁ?」
「……グラタン。」

なんでもないような会話を楽しく続けていた。やっぱり予想以上に焦凍はおしゃべりが好きなタイプだったし、自分が話すのも聞くのも満遍なくしてくれる方だった。
私の面白くないであろう世間話であっても、しっかり相槌を打ちながら聞いてくれている。だからこそ楽しくて、私にしては話しすぎて飲みすぎてしまったのだろう。

焦凍は焼き鳥は塩派、鳥料理だったらチキン南蛮が好き。お姉さんが作るチキン南蛮が相当美味しいんだとか。というかお姉さんはお料理がお上手らしい。
仕事の話はしていない。焦凍も私の仕事について聞いてくることはなかったから、もしかしたらプライベートで仕事の話はしたくないタイプなのかもしれない。本当のことを言うと、少しだけ興味があったりした。

顔が熱いなぁと手で仰ぎ、頭がぼーっとしてきたところで、随分お酒を飲んだと気付いた。ヘラヘラと陽気に笑みを浮かべる私を不思議そうに見ながら、「歩けるか?」と労いの声を掛けてくれる。
今日はお酒を飲もうと誘ったから、焦凍も車ではなかった。電車に乗るのなんていつぶりだ、って初めに言っていたから、普段は自分で運転したり迎えが来たりするのだろう。

私に合わせて電車にしてくれたのかと思うと、勝手に頬が緩んだ。


アルコールのせいで熱った頬に、冷たい風が当たって気持ちいい。ぐっと伸びると、隣から視線を感じた。

「酔ってるか?」
「ふふ、今日は酔ってるかも。いっぱい呑んじゃった」

そこから会話が続くことはなかったけど、何故だか嫌じゃなかった。その沈黙も心地良くて、まだ駅につかなければいいのにとすら思ってしまう。
勝手に進む足取りが遅くなって、それでも焦凍は私に合わせてゆっくり歩いてくれた。

ふらりふらりと身体が左右に揺れて、トン、と肩が触れた。
厚めの衣類越しなのに隣の彼の体温が伝わってくる気がする。私の体温も、伝わってしまっている気がする。

隣を向くことはできなかった。
指一本ずつ確かめるように繋がれた手はひんやりとしていて、熱っている私にとってとても心地良い。ずっとこのまま触れていたい。

好きとかじゃ、なかった。
有名なヒーローがどんな人物なのか。この人は今、なにを思って私と一緒にいるのか。この轟焦凍という人物に興味がある、ただそれだけ。

「あの、」
「なぁに?」

「………いや、なんでもねぇ」

自分のこんなに甘い声も、ふわふわと全て手放してしまいたいような思考回路も、全部全部初めてだった。
冬の空がこんなに綺麗だと思ったのも、男の人にこの先の台詞を期待してしまったのも、初めてだった。

気まずそうに落ちていった言葉に、酔いが覚めてしまいそうになる。
まだ、気付きたくなかった。

「そっか。」

私はこの人を好きとかじゃない。
この人は、私を揶揄いたいだけで、別に本気で付き合いたいとか好きとか思っていない。きっと、一般庶民に触れたいとか、手っ取り早く抱ける相手が欲しいとか、ただそれだけ。


爪先だけを見て歩いていたら、いつの前にか駅に着いていた。改札を通るとここまで繋がれていた手がするりと解かれて、焦凍は私を見下ろす。その表情はいつもの澄ました表情で、なにを考えているかなんて一般市民Cの私には一ミリも分からなかった。

「じゃあ、またな。気をつけて。」
「…うん、またね」

今日は、送ってくれないんだ。
ここから一歩、踏み出したりしないんだ。

別に傷ついてなんかいない。私は焦凍のことを好きなわけじゃない。ただ、アルコールのせいで少しだけ思考回路が鈍っていて、少しだけ可笑しくなってしまっただけ。

24歳の冬、ジクジクと心も身体も蝕まれていくような音を初めて聞いた。
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