小説 | ナノ
わたしが好きだった太陽の笑顔

「君って、いつも幸せそうだよね」

 ふと、本当に無意識に、ぽつりと呟いたらしい彼女の言葉に、俺はぱちくりと瞬きをして、そのままいつものように目を細める。

「どうして?」
「だってさ、いつもにこにこしてるから…。なんか幸せそうにさ」

 そう言いながら彼女は、テーブルの上にあるノートを睨みつけた。それをよく見れば、中身は絵(というよりは図と言う感じだろうか)と、数行の文字が並んでいる。それに、そのノートの表紙には“夏休み課題”と書かれてある。そうか、夏休みと言っても、彼女の言う学生にはやらなければいけないものがあるのか…。学生というものは大変そうだ。
 そんな彼女は必死な顔をしているのに、俺はずっとにこにこしていたから気になったんだろう。
 “いつも幸せそう”
 そう彼女は言った。それはそうだ、俺はいつも幸せだ。

「うん、幸せだもん。いつも。毎日が楽しいもの」
「いいなぁ…ポケモンは宿題とか無くて」

 彼女は頬杖をつきながら、口を尖らせてぶーぶーと文句をこぼす。そんな姿はどこか幼くて、彼女と目が合って、俺はにこりと笑みを返す。
 
「……なんか君の笑い、移るんだよなぁ」
「えー? そうかなぁ…」
「そうだよ。なんか変な力があるんじゃないの?」
「変な力って…。そんなのないよ」

 いや、絶対にある。と言いながら、彼女はにやにやと笑みを浮かべている。隠さずに言いなさいよ、というような表情だ。そんな彼女の表情を見て、今度はこちらがつられるように笑みがこぼれる。
 俺の笑みがこぼれる理由だなんて、そんなの決まっているのに。

 早く言いなよ〜! なんて言いながら、彼女は俺に勢いよく抱き付いて、そのままわき腹などをくすぐり始める。それがこそばゆくて、あははと大きな笑い声がこぼれる。
 そんな俺の笑い声を聞いて、彼女もつられて大きく笑い、そのまま俺の上でひいひい言いながらもたれかかった。その体重と温かさが、なんとも愛おしい。

 彼女は笑いすぎて浮かんだ涙を目にためながら、何かに気付いたらしい。視線だけを窓の方へ向けた。それにつられるように俺も窓の方へ顔を向ける。
 涼しくなってきたと思ったら、どうやら日が沈み始めてきたみたいだ。

「……明日にならなきゃいいのに」

 ぽつりと呟かれた言葉を聞いて、ちらりと目だけを彼女に向ければ、彼女の顔は沈みはじめている日の光で、赤く染まり始めていた。

「どうして?」

 明日が来ないと、大好きな友達と遊べないんじゃない。今週末に、友達と遊ぶ約束をしていたじゃない。明日が来ないと、今週末は来ないよ?
 ……あぁ、そっか、夏休みが終わるのが嫌なのかな。そうだよね、ずっと休みが良いもんね。休みだからこそ、俺は君と一緒にずっといて遊んでいたわけだし。夏休みがまだ終わらなかったら、もっと遊びに行きたかったのにね…。俺と似てる花。ヒマワリの迷路とかあったみたいだし。きっと、きらきらと光り輝いて綺麗なんだろうね。
 彼女の顔を見れば、その目は潤んでて、涙がぼろぼろと零れてた。
 やだ、泣かないでよ。そんなに夏休み終わるの嫌なの…? 大丈夫だよ。ずっと一緒だよ。大丈夫だよ。

「……枯れちゃった」
「なにが?」
「お花」

 そういえば、自由研究とか言って、家に咲いていた花を、育ててた。俺に似てるって、満面の笑顔で言ってくれた時は凄い嬉しかった。
 そっか。そんなに、枯れて泣いてしまう程、そのお花が大切だったんだね。そうだよね、一緒に育てて、綺麗に立派に育ってた。俺も嬉しかった。
 でもね、命あるものはいつか、枯れちゃうんだよ。そのお花は、君に育てられて、とても幸せだったよ。夏を、太陽を、いっぱいいっぱい浴びることが出来て、とても幸せだったと思うよ。

 まだ俺の上で横になって泣いている彼女の頭をなでていれば、彼女は最後に涙をぬぐってからゆっくりと立ち上がり、カーテンをシャッと音を立てて勢い良く開け、ついでにと窓も開ける。涼しい風が入り込んできた。普通、この時間になったら閉めるようなものなのに。
 先週までは、窓を開けても涼しい風邪なんて全然入ってこなかった。日ももっと長かった。
 入ってきた風が、俺と彼女の髪をゆらゆらと揺らす。

「夕日がきれいだよ」

 ほのかに笑みを浮かべて、逆光だからあまり顔ははっきりとは見えないけれど。その顔は優し気だ。
 そう…。小さく呟いてから、噛みしめるような欠伸をこぼす。

「夕日って、綺麗なものなの…?」

 あぁ、でも君が綺麗だと言うんだから、綺麗なんだろうね。
 へらりと笑みを浮かべると、彼女は少し顔を赤くして、顔を逸らす。

「……普通な時もあるし、綺麗な時もあるの」
「そうなんだ」
「秋の夕暮れはね、とてもきれいなんだよ」

 本当に、日が沈むのが早くなってきた気がする。彼女やテレビのニュースとか、世間が言うには、夏ももうそろそろ終わり。そして夏休み…私の幸せな時間も終わる、とのことだ。本当、学生は大変そうだ。
 ちらりとカーテンが開けられた窓の外を眺めれば、青からオレンジになるグラデーションが見える。けれど、もうオレンジ色の面積は少なくなってきたような気がする。あのヒマワリは、秋の夕暮れを見ることはできなかったわけか…。少しかわいそうだ。
 半分下がり始めた瞼の中、ずっと開けっ放しだと風邪をひくよと言えば、彼女は少し顔をしかめる。

「風邪なんか、今は良いの」
「だけど…」
「だから、良いんだってば」

 第一、そんな体冷えないよ。とだけ言って、俺の腕を勢いよく引っ張る。彼女が勢いよく引っ張った瞬間に、ふにゃりと体中の力が抜けて、そのまま膝から崩れる。
 彼女が慌てて俺を支えるけれど、正直もう限界だ。

「だからね、キマワリ」
「うん」
「私がまた、夕日を綺麗だと思えたその時はね」
「……うん」

 重く上から降りてくる瞼を、俺は受け入れることしかできない。そのまま、彼女の声が遠くなるのを感じながら、意識を飛ばした。


――…

「隣に居て、一緒に笑ってさ、一緒に“綺麗だね”って言ってほしい…な」


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