小説 | ナノ
真夏のひまわりは太陽しか見えない

水筒をふたつ、鞄に詰めた。黄色のものには氷水を。緑のものには冷やした麦茶を。タオルも忘れずに。長方形の、肌触りのいい柔らかいものをひとつ。

履きなれたぺたんこのサンダルに足をひっかけて玄関のドアを開ければ、むわりとした暑い空気に出迎えられた。熱気と言えばいいんだろうか。日差しに炙られたアスファルトからの照り返しが強い。じりじりと肌を焼かれる感覚が直に感じられて、せっかく踏み出した足を引っ込めたくなる。

それでもなんとか決心して目的地を目指す。今日も彼はいるんじゃないかという予感。いなかったら次会ったとき文句を言ってやろう。なかなか理不尽かもしれないけど、こうして心配して出てきてあげてる分感謝して欲しい。

日差しが強すぎて眩しい。タオルか何かでさえぎれば少しは暑さも和らぐんだろうけど、道のど真ん中でひとりタオルをかぶるのはなんだかためらわれる。できるだけ日陰を選んでさくさく進めば、目的地であるひまわり畑が見えてきた。

いろんな家から種が飛んできて根付いたのか、手入れのされていないひまわりは私より大きく逞しく成長している。一心に太陽を見上げて光合成をする彼らの傍らに、ひまわりによく似たポケモンがひとり、ふらふらしながら太陽を見上げていた。

最近私が気になっている、夏がよく似合うポケモン、キマワリ。


「あー!もうまた!熱中症になるって昨日も言ったのに!」


キマワリの葉なのか手なのか分からない部分を掴んでわさわさ生えてるひまわり畑に飛び込む。大きなひまわりが影の役目をしてくれて、地面に座ればひんやり冷たい。

大人しくついてきたキマワリを座らせて、鞄から黄色い水筒を取り出す。ふたを開いて少し振れば、氷は早速溶けてきているようだった。その冷たい水を遠慮なくキマワリの頭からかける。驚いたのかわたわたするキマワリを無視して水筒が空になるまで水をかけ続ける。なんだか本当に植物に水をあげている気分になってきた。

無心で水をかけ続けていると、日焼けした逞しい腕に水筒を取り上げられた。いったいいつの間に擬人化したのだろう。


「お前遠慮なさすぎじゃね?やめろって俺いったよな?」

「学習しないキマワリが悪いと思う」


正直聞いてなかったけれども、私がそう返せばキマワリはうっと押し黙った。毎回同じことをしている自覚はあるらしい。キマワリは外見だけでなく、その特性までひまわりに瓜二つだ。だからと言って倒れる寸前まで太陽に体を晒すなんてどうかしてると思う。日差しから栄養を作ると言っても限度があるだろうに。


「はいお茶!とにかく水分補給して!」

「おっ悪いな!うあー生き返る……」


水が入っていたのとは別の、麦茶が入った緑の水筒を差し出せばキマワリは眩しい笑顔を向けてくれた。水筒を煽る度に、キマワリの喉仏が上下するのが目に飛び込んでくる。私にはないそれを見つめているのがなんだか恥ずかしくなって、思わずそっと目をそらした。そらした先に私が持ってきたタオルが見えてそれを片手で引っつかむ。


「ほら髪拭かないと風引くよ」

「水かけたのお前だけどな?」


けらけらと愉快そうに笑むキマワリは自分で髪を拭うつもりは皆無らしい。終いには私の方に頭を預けて拭いて?なんて上目遣いで見てくる。仕方なく持ってきたタオルでキマワリの細い髪を拭えば、キマワリは心地よさそうに目を細めた。


「ひまわりだって水がないと枯れちゃうんだからさ。キマワリも体調悪くなる前にちゃんと水分補給してね」


今日も三十度を超える暑さだ。濡れねずみだったキマワリの髪もあらかた乾いて、少し湿っている程度になっている。もういいだろうと思ってそっとタオルをどかせば、キマワリの表情は少しだけ残念そうに見えた。


「んー……でもこうしてればお前、毎日俺に会いに来てくれるだろ?」

「……うん?」


タオルを鞄にしまっていれば、キマワリはお茶を煽りながらそうこぼした。今聞いたことを噛み砕くように数度瞬きを繰り返す。お茶を飲んでいたキマワリは一口二口飲み込んで、そして急に動きを止めた。

何かを思い出すように視線が宙をさ迷って、そして私を振り返る。


「いや!なんでもない!やっぱ今のなし!」

「え!?なし!?」 


私の目前に五本の節くれだった指が広がる。キマワリが目隠しするように自分の手を私に翳したのだ。大きい手がすっぽりと私の目を覆って隠している。キマワリの手は熱があるのかと疑うほどに熱かった。

最近私が気になるキマワリは、夏が好きで、太陽が好きで、晴れ渡った空が好きで、ちょっとおばかで学習しない、夏を詰め込んだようなひと。そして、少々計算高いかもしれない。


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