小説 | ナノ
消えてしまえよ、磁場なんて

 好きな人に意識してもらえない。そう言って悩んでいる人は物語の中でも現実でもよく見掛けるものだ。一般的に同情される立場のその人たちを、自分が羨む立場になる日が来ようとは露とも思っていなかった。恋愛に現を抜かす人々を鼻で笑っていた過去の自分に、未来のお前はもっと馬鹿で惨めだよと言ったところで一ミクロですらも信じやしないのだろう。
「おはよう、足利」
「あ、引間くん。おはよう!」
 クラスメートに声を掛けられた女の子、足利さんは、他の女の子たちと楽しそうに話していたにも拘わらず一旦体をクラスメートに向けて律儀に挨拶を返した。学年で人気者の足利さん。彼女の今のような律儀さも、きっと人気の由来になるのだと思えば少し憎らしかった。
 彼女に声を掛けたクラスメート、引間は自身の席であるわたしの隣に歩いてくる。毛先に入っている水色のグラデーションが窓から差し込む光に照らされて、惚れた弱みかそれがとても綺麗に見えて意図せず目を細めた。引間が目を細めて視線を向ける先には、赤のグラデーションが入った髪を光に照らされた足利さんがいる。
「おはよう引間」
「ん」
 少しでも気を引きたくて声を掛ければ、帰ってくるのは一文字の相槌だけ。視線の一つももらえずに、彼女のように名前を呼んでもらうことも出来ない。
 好きな人に意識してもらえない。そんなことは幸せな悩みだと、言ってしまえば批難されるだろう。けれど、好きな人に視界の端にすら入れてもらえない、そういうわたしの遣り場のなさは一体どうすれば良いのか。羨望せずにいるのは土台無理な話だった。
「ねえ、引間」
 時折足利さんに目を向けながら本の世界に向かってしまった引く間に声を掛ける。けれど返事は貰えない。わたしは何故こんな奴に恋をしてしまったのか。それは自分だけしか知らないことである。
「……なに」
「え?」
「さっきからこっち見てるけど、何」
 この沈黙を破ったのは、意外にも引間からだった。たったそれだけのことで胸が弾んでしまうのだから、わたしも末期だろう。相変わらず視線を向けてもらうことは出来ていないけれど、今それを気にするのは野暮というものだ。
 彼がわたしに応えてくれる内に、聞かなくては。どういう女の子が好きなのか。それを知れば、足利さんではなくともわたしだって視界の端くらいには入れるはずだ。
 そう、思って口を開いたのに。現実はそう甘いものではないらしい。
「引間って、足利さんが好きなの?」
 わたしの口から勝手に飛び出したのはそんな身も蓋もない言葉だった。好きな人と思うように話すのは、わたしには酷く難しい。引間はそんなわたしの焦りに興味もなければ気付いてすらいないのだろう。
「マイナスがプラスに惹かれるのは、いつだって世の節理だろ」
 淡々と告げた彼の視線の先には何があるのかなど、見なくたってわかりきっている。引間の目には、光に照らされた彼女が見惚れるくらいに綺麗に見えている。わたしにとっての引間がそうであるように。
 自分には勝ち目の有無どころか、土俵に上がる程のものを持ち合わせてすらいない。悪足掻きにすらならないとわかっていながら問わずにはいられなかったわたしは、自分が思っていた以上にこの恋に本気であったのだろう。
「マイナスがマイナスに惹かれる、って可笑しいことかな」
「マイナス同士は反発するのが世の節理だ」
 あっさりと告げられた最後の最後まで、彼の視線がわたしに向くことは、一度としてなかった。


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