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終焉を告げるのは私

彼女は、死を恐れていた。そして私も、死を恐れていた。


私は人に死を告げる役割を担っている。……というのは少し違うか。
私たちヤミカラスそしてその進化形であるドンカラスという種族は、生き物の死の匂いを事前に嗅ぎ付けて群れる習性があった。というのも私たちは雑食であり、人間たちが出すゴミや自動車に轢き殺されてそのまま放置されているポケモンを食べて生きている。つまり、私たちが生き抜くために食べているものの中に死体が含まれているため、餌を求めて集まっていたにすぎない。
餌にありつけるかどうかなんてわからないが、とにかく行かねば餌を得るチャンスすら捨てているのと同じであって、これは私と同じ種族みな同じ考えを持っているようだった。


「ママあ、あのおうちの上、ヤミカラスがいっぱいぐるぐる回ってるよ。あっ、ドンカラスもいる。なんでだろう?」
「なんでかしら。……そういえばあの家のお婆さん、病気でずっと入院しているって……。いやねえ」


向かう途中、飛びながら人間の会話を聞いた。
私たちの習性を、人間たちや他の種族の中では「死を呼ぶ不吉な現象」と解釈されていることはとうの昔から知っていた。過去に私たちを見かけただけで排除しようと襲い掛かってくるものもいたからだ。忌み嫌われていると言った方が分かりやすいだろうか。
しかしながら私たちにとってこれは習性であり、やめたいともやめようとも思わなかった。けれども確かに、何とも言えない感情は皆持っていた。


『よう兄弟、今日の収穫はどうよ?』
『やあ兄弟。いつもの道路で死にたてを一体食べただけさ。いつものことながら、腹ペコだよ。そちらは?』
『俺もまあ、似たような感じだ。だから大物狙いにあの屋敷に行くんじゃねえか』
『……だね。まあ室内だからありつけないとは思うけど』
『そりゃな、頭じゃ分かっているんだが身体が自然に行っちまうんだよなあ』
『同じくだ』


よくある世間話をしながら空を飛んでいた。
その時だった。乾いた銃声が空高く鳴り響いたのだ。一斉に屋敷を旋回していた仲間たちが飛び散る。が、再び空高く旋回を始める。そこにまた銃声が鳴る。……音の出どころは、屋敷の庭だった。一人の老人が顔を真っ赤にしながら叫び狂っている。その横、真っ白い少女が老人の腕を抑えては何か大声を出していた。


『おお怖い怖い。お互い撃ち落とされないようにしねえとな。まっ、あんなボケ老人の手元の狂った弾にゃ誰も当たらんだろうけどさ』
『そうだな、それじゃあ』


二手に分かれて屋敷を目指す。―……美味しそうな、死の匂いがする。腹の虫を鳴かせながら、未だ空に向けて発砲している老人を上空から眺めた。


「おじいちゃん、もうやめて!ヤミカラスさんたちが可哀想よ!」
「いいややめん!婆さんはまだ生きとる!そうだろう!散れカラスども!!お前さんたちが死ねばいいんじゃ!」
「っきゃ、!」


少女が後ろに転ぶ。それに見向きもせずに老体に細長いライフルを構え続けている老人。その姿を信じられないという眼差しで地面に座り込んでいる少女は見つめていた。そうして静かに立ち上がり、諦めたようにあからさまに肩を落としてなぜか家ではなく森へ向かうではないか。
その姿を見て、私は、……なぜか彼女を追いかけていた。今まで自然と屋敷に向かっていた身体が、彼女に方向転換したのである。今度ばかりは頭でも分からず、しかし追った。


「あのままじゃヤミカラスさんたちが、」


低空飛行に切り替えて彼女を追う。そして彼女の言葉に驚いた。なんと彼女は人間でありながら私たちの身を案じている。なぜだ。分からないことが増えた。……と思ったが、ここでふと気づく。屋敷とは別の、はっきりとした死の匂いがする。だから無意識に彼女を追っていたのか。とにかく腹を満たすのが優先だ。木の枝に止まりながら様子を伺う。

瞬間。

パンッ。乾いた音が聞こえたと同時に、片翼に鋭い痛みが走った。前のめりになり、木の枝から落ちながら老人の顔を見る。……まさか、私が撃たれたのか?
落下の衝撃に耐えながら素早く身体を起こすが、案の定片翼から赤い液体が溢れ出ていて動かすと強い痛みが走る。逃げる間もなく、老人に鷲掴みされた私は握りつぶされそうになりながらその表情を見た。―……ひどく、恐ろしくて悲しいものだった。


「お前たちが死ねばいいんじゃ、婆さんは死なん、絶対に婆さんはやらんぞ!」


地面に叩きつけられる。両腕が伸びてきて、無理やり広げられた羽の色んなところからぶちぶちと鳴る変な音が頭に響く。忙しなく動いている老人の血管が浮き出た腕と、たくさんの真っ黒い羽がふわふわと宙を浮いているのが見えた。

死とは何か。
私にとって、死とは満腹になることであり、また空腹であることだった。しかし今、それが変わってしまった。
―……死とは、これ以上ない恐怖だ。


「やだ、死なないでヤミカラスさん……っ!」


霞む視界の中、白いワンピースが赤く染まってゆくのが見えた。血が抜けていって身体が冷える中、別の温かさを感じていた。どうやら死の匂い元は、自分自身だったらしい。

私は、死を恐れていた。そして彼女も、私の死を恐れていたという。



それから彼女により私は救われ、ドンガラスになった今。
彼女は、死を恐れていた。そして私も、彼女の死を恐れていた。
彼女は、病に蝕まれている。


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