ダーズンローズ
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さて、今日は恋人が、夫婦が、愛を贈る日。
つまりバレンタインデーだ。
そして嬉しいことにブルースとウェイン邸での食事の約束も取り付けた。

あとは時間に間に合うように彼の家に行けば良いだけだったけれど。

せっかくの記念日にちょっと良いワインを買ってきたのだけれど僕にとってのちょっといいワインでは彼のデイリーワインにすらならないかもしれない。
はたと気づいた事実に僕は困ったように足を止めた。
きっとブルースのことだから喜んでくれるのだろうけれど、それはとても何というか勿体ないような気がする。
どうしたものかと足を止めるとふと、視界の端に鮮やかな色が溢れる一角に気づいた。
あまり規模は大きいとはいえないけれど昔からある花屋。
今日はバレンタインと言うこともあって店は愛する人へ贈る花を選ぶスーツ姿が目立っている。

うーん、ブルースは女の子じゃないぞ。

自分で自分にツッコミを入れつつも足は自然と花屋の店先に向いていた。
思い思いに花を選ぶ客を避けながら店先に並ぶ花を眺める。
すでにアレンジがなされているものも、まだ切り花でこれから花束になるのを待つ花も、どれもこれもとてもきれいだ。
さて、いざ花束を買おうと思うとどんなものを選べば良いんだろうか、悩んでしまう。
すでに作られた花束もとてもきれいで、けれどせっかくなのだからここはオリジナルで作ってもらいたい気もする。
けれどあいにく、僕はこういう事に関してあまり褒められた事がない。
困って悩んでいるうちにも花束はどんどん売れていき、どんどん新しいアレンジが追加されていく。
決めあぐねて悩んでいるといつの間にか僕は店の奥に押し出されにこやかに店員さんに微笑みかけられてしまった。

「次のお客様どうぞ」
「えっあ、あっはい」

しまった、何も決まっていない!

まごつく僕に気がついたのかテキパキと店員さんは聞いてくれた。

「バレンタイン用でよろしいでしょうか?」
「そうなんです、でもどれを選んだらいいか分からなくて」

困ったように笑うとそれでしたら、と店先に並ぶ薔薇のアレンジとバケツを指した。

「でしたら定番は赤い薔薇の花束でしょうか。お好みの花があれば加えてアレンジすることもできますが、深紅の薔薇だけでも素敵なプレゼントになると思いますよ」

ブルースならきっとどんなものでも喜んでくれるだろうけれど、ここはやはり僕らしさが必要だろうか。
て、そんなことを考えて迷っているうちに時計の針がだいぶ進んでいる事に気づいてしまった。
もうのんびり考えている時間はない。

「じゃ、じゃあ薔薇の花束を」
「本数はどうなさいますか」

本数。考えていなかった。
僕は咄嗟に財布を開き、中の紙幣を確認する。

こうなったら買えるだけ買おう。

「え、っと、一ダースお願いします」
「はい、今お包みしますので少々お待ちください」

バケツから引き抜かれた薔薇はあっという間に店員さんの手できれいな花束へと姿を変える。
よし。
豪華な薔薇の香りを胸に抱くと、僕は一直線にゴッサムのウェインマナーを目指した。

幸い、僕を呼ぶ声もなく、時間に間に合った僕をブルースが出迎えてくれた。
僕は一応持ってきた僕基準のちょっと良いワインをアルフレッドさんに手渡し、そして花束を取り出す。
鮮やかな赤い薔薇を抱き締めブルースは嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとう、嬉しいよ」

整った指先が優しく赤い花弁を撫でる。
ブルースがするとまるで物語のワンシーンのようにすら見える。

なんだかんだで薔薇買っていって良かった。

そうほっとしているとブルースはおもむろに花束から一本を抜き出し確かめるように高い鼻先を一本へ近づけた。
すん、と形の良い鼻が芳香を嗅ぐ。

「それで、僕はこれを君の胸に挿せば良いのかな?」

ふふ、といたずらっ子のように目を細めブルースが首を傾げる。
思わず僕も同じように首を傾げてしまった。

僕の胸に挿す、とは。

ええと、と咄嗟に困る僕。
ブルースは声を上げて笑った。

「ふふ、どうやらまだ早かったみたいだ」
「そのようですね。なにせまだお付き合いして最初のバレンタインですから」
「残念だなぁ。期待しちゃったのに」


戻ってきたアルフレッドさんがこほんと咳払いしながら現れ、ブルースは笑ったまま11本と1本になった花束を渡す。
そして僕の手を引いて何でもないよと言った。

「それじゃあ、食事にしよう。今日はアルフレッドも気合いが入っているから」
「あ、ああ。ありがとう」

こうして僕たちのバレンタインは穏やかに過ぎていった。


*****


あるバレンタインが過ぎた平日、デイリープラネットのデスクにて。

キーボードに齧り付き記事の概要をまとめ終えた僕はふと、あの時のブルースの反応が気になった。

――それで、僕はこれを君の胸に挿せば良いのかな?

ブルースの事だからきっと何かしら意味があるはず。
僕は軽くのびをしながらスマートフォンを取り出すと気になったいくつかのキーワードを検索エンジンに打ち込んだ。


って!

「えええ!?」

すぐに出た答えに思わず立ち上がり叫び声を上げてしまう。
向こうのデスクで編集長がうるさいぞ!と怒鳴っていたけれどそんなことより今はブルースの方が大事だ。
僕は慌ててオフィスから飛び出すとまっすぐウェイン邸を目指す。
そしてそよ風に揺れる窓からブルースの部屋へと飛び込むと驚いて目を丸くする彼の手を握りしめた。

「ブルース、もう一度!もう一度12本薔薇を買ってくるから!僕の胸に挿してくれ!」

必死に縋る僕の声とおかしそうに笑うブルースの声がウェイン邸響き渡った。

【終】

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