人類最強。人類の希望。たった1人で一師団並みの戦力を持つ男。瞬く間に巨人を2、3匹削ぎ落とすと恐れられるその男は目の前で無防備に寝入っていた。白いシーツに頬を埋め長い睫毛を伏せた貌は恐ろしく整っていたが、消えることのない眉間の皺は如何なモノだろうか。

「このチビの何処が希望なんだか…」

冷血漢で潔癖性。小柄な体躯で人目ではそうと分からないけれど実力は人並外れている。それも当然だろう。思う存分貪り満足気に眠るこの男は、

正真正銘、吸血鬼なのだから。

ちなみにこの真実はエルヴィン、ハンジ以外私しか知らない。壁の外の情報を異常なまでに排除してくれる憲兵団のお陰でお伽話や神話は既に廃れてしまっていた。まさかまさか、かの有名な兵長様が吸血鬼だなんて誰が思い付くのだろうか。

およそ100年ほど前に巨人出現の混乱に生じ地下街に紛れ込んだリヴァイはゴロツキとして名を馳せ食事は商売女などで腹を満たしていたらしい。いくら無法地帯といえ年を取らねば不審に思われるため幾度か名を変えていたらしいが、リヴァイと名乗ってからは地下から壁内までその名は知れ渡っていた。


その名を聞きつけたのが慧眼を持つと名高い我が団長様である。それほどの実力、地下に埋もれさせるのは惜しいと。

数年前、エルヴィン兵長(まだ団長じゃなかった)の部下だった私は兵長に付いて地下街最強と呼ばれていた彼を調査兵団にスカウトに行ったのだ。学のない地下街の生まれの奴だ、金積んでエルヴィン兵長の営業トークにコロリと引っかかるに違いないと楽観視していたあの頃の私を殴りたい。観光気分に地下街に行った私は間違いなく愚かだった。

財布をスられかける事数回(兵長が助けてくれた)
怪しい薬を売りつけられそうになる事数回(兵長に呆れられた)
拉致されかける事数度(犬みたく背中のベルトに紐繋がれた)

下水の匂いとカビの匂い。地下独特の狭苦しい空間にうんざりしてきた時、兵長はようやく足を止めた。看板を見る限り酒屋のようだ。中に入れば明らかに凶悪なツラをしている輩が群れている。その中でどこか場違いのように小さな影。一瞬子供かと思ったが違う。小柄な男が、偉そうに椅子に座っている。各々武器を持った筋肉ダルマと思しき男たちを一瞥で下がらせた様子からけっこう偉いらしい。

「君がリヴァイだね?」

陶器のような青白い肌に薄暗い路地裏を持ってしても黒々と浮き上がるような漆黒の髪。きっと整った顔立ちをしてるんだろうが、巨人さえ射殺せそうな程の凶器的な眼光が全てを台無しにしていた。無茶苦茶柄が悪い。なるべくなら関わるどころか一瞥たりとも向けたくないような男に何事も無かったかのように話かけた上司を尊敬しながらもひっそりと背中に隠れておく。あの視線を直接受ける自信はない。ただ気配で噂通り強いんだろうなと漠然と悟った。

「…悪いが興味ねぇな」

あれま。エルヴィン兵長の営業トークを持ってしても陥落しないとは珍しい。調査兵団団長他国王をもってしてもその舌で上手く手の平で転がすと専らの噂なのに。兵長意外に対した事ないな、と考えていたのがいけなかったのかもしれない。くるりと完璧な笑顔がこちらを向いた。

「リリア?今度は君が説得してみるかい?」

上司は読心術すらマスターしていたようだ。容赦なく前に押し出され、射るような視線に晒される。男たちの視線よりも兵長の目が全く笑っていなかったのを私は一生忘れないだろう。狼のような(見た事ないけど)眼光にビビりながらとりあえず愛想笑いを浮かべておく。何故か食い入るように見つめてくる男に後退りを試みるがウオールマリアの如く背後には上司が聳えているために叶わない。

「えーっと…何で興味ないんですか?」

多分相当の金と身分とかを餌に誘っていると思うのだが男は欲しくないらしい。もしも侍っている男に声をかければ即座に頷くであろうに。地下街では貧困の差が激しく治安は法など無いに等しい。ここに来るまでに何度スリに会ったか…何度拉致られそうだったか…リリアは思わず目を遠くした。

「生憎だがこれでも金には困ってねぇし、俺は此処を気に入ってるんだ」

「…そんな顔には見えませんけど?」

あなた、視界に映るモノ全てゴミにしか見えないって顔してますもん。心の中で呟いたつもりがうっかり口に出していたらしい。目の前の男が目を見開いた。やば、説得どころか喧嘩売っちゃったよ背後のウオールマリア陥落しそうだよ振り向いたらきっと殺られる。

「…なぁ、あんたさっき調査兵団とやらに入れば何でも手に入るって言ったよな」

眼光が上に逸れエルヴィン兵長に問いかけた。私を挟んで会話すんな怖いから。頷く兵長を見上げ男は口角をつり上げた。ゆっくりと向けられた視線にぞわりと背筋が粟立つ。狼に狙われた兎はこんな気分なんだろうとどこか心の片隅で考えた。

「この女を寄越せ」

「・・・はぁ?」

あろう事か指差されたのは私。振り向いても分厚い兵長の胸筋しか見えない。視線を上げれば笑顔の上司。この爽やかな笑顔の時にはロクな事を考えていないのだ。過去の教訓から即刻逃げるべしと即座に走りだそうとしたが足は虚しく空を蹴るのみ。立体起動の背のベルトを掴み持ち上げられたため首を持たれた猫よろしく逃げる手段はない。

「こんなので良ければ構わないよ」

「…ちょ?!兵長!!部下を売っちゃいかんでしょ何血迷ってんだコラァァアアア!!」

もはや敬語すらかなぐり捨て叫ぶ。当たり前だ。容易く我が身を捧げられてなるものか。人身売買、ダメ、絶対。しかもさりげなく兵長「こんなの」って言ったよな。可愛い部下になんてことを。普段の自分の振る舞いをよそにリリアは憤怒した。犬の子を渡すように人生捨てさせられて堪るか。

「分かってくれリリア」

これも人類の為だと輝くような笑顔で窘められた。くっそ聖者のような顔しながら地獄へ突き落とそうとするなんて恐ろしい奴だ。なんでこんな奴が上司なんだろうか世の中おかしい。精一杯抵抗するも宙に浮いた状態でろくに抵抗できるわけもなくブラリと情けなく揺れるしかない。

「残念な事に団長から何を引き合いに出してでも勧誘して来いと言われてるんだ」

ハイ、と猫を譲渡するが如く手渡された私はその日から彼のモノとなった。もちろん一切の反論も抗議も聞き入られる事なく、だ。吸血鬼だと知らされたのはその暫く後。私を条件に出したのは「都合のいい餌」が欲しかったから。もちろん猛抗議も猛反論も聞き入れられることなく私は餌としてリヴァイに差し出された。同期のハンジに「吸血鬼!?研究してぇぇぇぇぇ!!!もちろん吸血されたリリアもね!!」と一切ブレのない発言をされ私は遠い目をしてひたすら現実逃避をするしかなかった。

この世に神なんていない。



prev next
back


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -