※ グロ注意 !
















今日は美味しそうな肉が手に入った。新鮮なリブロース。香辛料をかけて香ばしく焼き上げ滴る脂に舌鼓を打つのも良し、甘く蕩ける生のまま頬張りスペアリブの軟骨の砕ける感触を楽しむのも良い。考えるだけで涎が出そうだ。

肉を調達する際に我慢できずに間食してしまったというのにこの食欲は如何なものか。兄が仕事から帰る前に調理してしまおう。きっとお腹を空かせているだろうから。

ユッケにしようかと悩んだがやはり家でくらいは調理された物が食べたいだろうとの考えに至った。フライパンで焼き上げられるハーブと肉の芳醇な香りを胸一杯に吸い込む。この匂いは調理者にしか与えられない特権だ。少食な兄に比べて私は大食いだと思う、女の子なのに。逆なら良かったのにとイトリさんによく笑われるが、本当にそう思う。

「あ、お帰り」

「…ただいま」

外は雨だったのか濡れた髪にタオルを被せてあげた。身長差で背伸びじゃ足りずジャンプしなければならなかったので少し間抜けなのは否めない。無言でタオルを両端から引っ張り無理やり頭を下げさせ髪の水分をタオルで拭い去っていく。眉間に皺を寄せながらも兄は黙ってされるがままだ。水気が切れてた頃に頭を上げて髪を掻き上げた。

「…シャワー行って来る」

「ご飯出来てるからねー」

その間に残った材料を仕込んでしまう事にしよう。ガラス瓶にオリーブオイルを満たし野菜スティックのように2つ関節のある肉を浸していく。これを鳥で例えるなら手羽先にあたるのだろうか。臭みが出る前に新鮮なレバーは食べてしまわなければ。筋張って固い部分はじっくり煮込んで柔らかく蕩かしてしまおう。余った部分はミンチにしてソーセージを作ろう。骨はカラリと揚げるとパリパリと美味しく食べれる。ベーコンやハムも作りたいところだが室内で燻すことは流石に難しい。精々生ハムくらいか。骨は煮込めばスープに変わる。長く持つ保存食は重宝する。

なぜなら材料を手に入れることは極々簡単だがそれこそが難しいからだ。

なるべく誰にも気づかれないように、静かに、素早く行わなくてはいけない。人の世界では展示されている商品を窃盗することを万引きとも呼ぶらしいがそれではない。きっと彼らにとっては万引きよりも性質が悪いと思われているに違いないがこちらも生きるためだから仕方ない。所詮彼らも食物連鎖からは逃れられないのだ。頂点捕食者は人類ではない。ヒエラルキーの頂上に立っていると奢るなかれ。連日ニュースで騒がれる人外の化け物は何食わぬ顔をしてすぐ傍に潜んでいるのだから。

この獲物はきっと行方不明者のリストに入り永遠に見つかることはない。なぜなら骨の一片すらこの世には残されないのだから。または転々とばらまいた遺留品により事件として扱われるかも知れないが確実に迷宮入りすることだろう。白鳩にばれるヘマはしない。バレて狙われても返り討ちにする自信もあるが、やはり穏便に事を進ませることに限る。喰種のせいに限らず世間には事件が溢れている。人同士で争うことも多々あるのだ。まあ、喰種も気性が荒い者が多くて共食いするからお互い様かもしれない。

「今日は獲れたて血の滴るような新鮮生レバーと蕩けるこんがりリブロースのハーブ焼きですよ」

リストランテのようにメニューを仰々しくしてみる。人間の料理本は実に面白い。人と同じように野菜や魚など食べることが出来たならそれは一体どんな味がするのだろうか。人肉しか受け付けない喰種はその他の食物を味わえばそれはそれは恐ろしい吐き気に襲われる。下水の味のソレを無理やり嚥下しても体は拒絶する。毒物に等しいそれらを無理に摂取すれば著しく身体能力が劣ってしまうそうだ。董香ちゃんにはまたキツく言っておかなければ。喰種であることを後悔したことは無いが、もしもこの料理本にあるような材料を豊富に使った料理を作って仲間に美味しく食べて貰えたらきっとそれは幸せなのだろうと思う。

「…まあまあだな」

「お粗末さまでした」

何を作ってもそうとしか評価してくれない兄にいつもの返事を返す。綺麗なままのお茶碗と炊飯器はただのカムフラージュのためだけに存在している。今日処理できない残りの肉は冷凍しておこう。前回作っておいたオリーブオイル漬けの肉は食べごろになっていて、瓶から取り出し口に含めばオリーブの豊かな香りにしっとりとした肉の旨味が引き出されている。パキリと奥歯で儚く砕けたのは骨か美しくチアノーゼした爪か。明日になれば大家が集金に来るはずだ。いつものように長い長い世間話の後に「喰種に気を付けて」と心配してくれるのだ。眉を顰めて「怖いですね」なんて返す少女がその喰種だなどと思いもせずに。

人に紛れるだけでなく、溶け込むように生活するこの生活を綱渡りに例えたのはウタさんだったろうか。実に的を射ている比喩だといつも思っている。外見は人と変わらない喰種が人ごみに隠れるのは簡単だ、だが人に違和感を感じさせないように生活することは難しい。避けることの出来ない食事が一番の問題だ。親切な隣人はよく差し入れをしてくれる。大家も来るたびに飴玉をくれるのでその度に舌を焼くような苦味の塊を舐めながら談笑し、暫くして砕いて飲み下さなければならない。人間の子供が嫌がる薬もこんな味がするのだろうか。ならば泣くのも仕方ないだろうなといつも考えてしまう。だが喰種にとっておぞましい味のする塊も泣く子に与えればたちまち笑顔になってしまうものだから人間とは面白い。

いつ落ちてしまうか分からない綱渡りはきっと恐ろしいのだろう。だが自分にとって人間に紛れて生活するのは酷く魅力的な事だった。そのためならいつ深淵に落ちるかもしれない細い綱でバランスを取ることを厭わない私たちを嗤う喰種もいるけれど気にならなかった。むしろ落ちることを恐れていないからかもしれない。それはきっと董香ちゃんのように大事な人間が居なくて失う恐れがないからかもしれないし、人間が喰種をそう評価するように結局は人間を食物としか見えていないのかもしれない。

それでもこの生活がずっと続けばいいな、と思ってしまうのだ。

きっと兄に聞けば答えのない事を考える必要はないとアッサリ論破されてしまうのだろう。週に2回は通ってしまうあんていくでいつものように菫香をからかいいつものカプチーノを味わいに訪れて、初対面の眼帯の少年に年齢を遥か下に見られてしまうのはもう少し後で、元人間であったときに感じていた味覚にひどく興味を持つまであと少しだった。




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