…ふと、男が足元に視線を落とすと小さな菫が咲いていた。道端の岩に隠れるようにひっそりと、鮮やかな紫の花弁を広げて咲き誇っている。百合のような華やかさはないが健気で微笑ましい愛らしさがあった。

本来自分には花を愛でる趣味はない。だが何故だかこの小さな花から目が離せず、自問していて気付いた。

…似ているのだ。つい最近自分が捕まえた小鳥に。愛らしい声で囀ずるそれを気に入り、見つけたその日に鳥籠へ追い込んだ。突然大空を奪い去ったせいなのか、今はちっとも鳴いてくれない。

この菫を与えたら少しは機嫌を治すだろうか。可愛らしく囀ずる様子を思い出しながら、男は菫を土ごと掬い取って器に移した。

――――姿を消した男の足元には、抉られた地面だけが残されていた…





「…またか、」

真っ直ぐ鳥籠へ向かうとガタガタと物を揺らす音が響いていた。また抜け出そうと暴れているらしい。暴れる小鳥は檻で足を折ったり、首を挟んで怪我をすると聞いていたので対策はしていたのだが…甘かったか。

『!』

扉を開けるとビクリと肩を跳ねさせた小鳥が後ろに数歩下がった。両手からポタリと血が垂れている。無理やり手錠を抜いて、皮が剥けたのだろう。

近付けば怯えてずり下がって行く。そんなに広くない鳥籠では逃げ場などなく、背中についた壁の感触に小鳥が顔を歪める。

『やっ…やだぁ!!』

手当てしてやろうと手を伸ばせば逃れようとするので傷に触らないように捕らえると悲鳴を上げた。嫌がって暴れるのを無視して片手を持ち上げる。

「暴れるな、」

『いっ…!?』

赤の滲む手首に舌を這わす。痛みと恐怖に震える小鳥の血は甘く感じた。丁寧に舐めとるとその上に包帯を巻き、後ろ手に手錠を嵌め直した。もう外れる事はないだろう。

『や…やだッ外して!』

ガチャガチャと手錠が音を鳴る。パニックになったように手を動かす小鳥を抱き留め、ベッドに座らせる。怯えて体を固くさせた小鳥を見下ろしながら、懐に入れた菫を思い出した。

「…好きだろう?」

『すみ、れ…』

ついこないだまでは花屋で色鮮やかな花を世話しながら軽やかに囀ずっていた。微笑みながら歌う姿に見惚れたのだ。だから、この手で捕らえた。

『かえして…帰してよッ!!!』

哀願する声はもはや悲鳴だった。それすらも耳に心地好かったが、菫を与えたのは失敗だったか。鳥籠の外を思い出させてしまったようだ。もう二度と自由にする気は更々ないのだから、青空を焦がれさせるのは酷いだろう。

「お前を帰す気はない」

『嫌!私の居場所は彼処なのよッ……帰してよ…』

涙混じりの懇願も男の心には届かない。そうか、と呟いた声に解放されるのかと希望を持った小鳥が顔を上げた。

「…元の鳥籠など不要だろう?」

『な…に、言ってるの?』

理解出来ない、という瞳で見上げる小鳥に背を向け扉を開ける。待って!と必死に止めようとする小鳥は愛らしいが、可愛がってやるのは後にする。

「大人しく待っていろ」

『…や、だッ!』

両手で頬を包み、視線を合わせる。何をされるか気付いた小鳥が視線を逸らすがもう遅い。忍ですらない彼女は容易く幻術にかかり、瞳が虚ろになって行く。

小さな唇に口付けを落とし、ベッドに寝かせる。帰ってきたら、どんな顔をするのだろうか。閉じられた瞳から零れた一粒の涙を眺めながら男は鳥籠を後にした。


一仕事終えて、鳥籠へ戻るとまだ小鳥は眠っていた。力の抜けた体を抱き上げ、膝に乗せる。涙の残る頬を撫で、少し癖のある髪を撫でる。意識のあるうちにすれば、怯えて暴れるだろう。

マダラが可愛がっても、怖がってちっともなつきはしない。

暫く髪を弄んでいると、ゆるりと瞳が開かれる。寝起きの色の薄い瞳がぼんやりと見上げてくる。逃げ出そうとしないのが目覚めきってない事を証明した。

―――――焼けた、臭いがする…

ゆるりと薄い唇がそう呟いた。その言葉に知らず口角がつり上がったのが分かる。この衣から煙の臭いがする訳はないのだが、小鳥はそれを感じ取ったらしい。

『かえして』

「…」

無言で小鳥をベッドに座らせ、鳥籠を後にする。わざと、鍵はかけなかった。すぐに気付くよう、僅かに風が通るくらいの隙間を開けて。

「フッ…」

鳥籠から恋い焦がれた大空に飛び立った小鳥はその目に何を写すのか、何を思うのかマダラには手に取るように分かる。

躾として、帰る場所など此処しか存在しないのをを解らせてやらなければならない。

小鳥がこれから味わうであろう絶望を思い、男は目を細めて口角を吊り上げた。




予想通り小鳥は鳥籠から飛び立って元の巣箱に戻っていた。唖然と見つめる先では最早原型を留めていない建物が荒れ狂う炎に焼き付くされている。とうとう立てなくなったのか、赤に照らされた地面に座り込み、俯いた。

『どうして…』

音もなく涙が頬を伝い、落ちていく。虚ろな瞳で失われゆく居場所を眺めるしかないのは。絶望に打ち拉しがれる小鳥の隣に立ち、瓦礫となりゆく様を見届けた。

『どうして、私なの…』

涙に塗れた瞳が此方を射抜く。いつも怯えてばかりだったため、直接感情をぶつけられたのは初めてだ。上着の胸元辺りを握られ、力なく揺すぶられた。

『私より綺麗な人なんていくらでも要るでしょう!?なんで、なんでわたしなの?』

詰られながら小鳥の頬を伝う涙を見詰める。ポロポロと焔の色に染まりながら滴る様子はひどく美しかった。

「…外見の美しさに何の価値がある?」

小さく震える身体を優しく抱き締め、耳元で囁く。抱擁を拒むように身を縮めた小鳥を包み込みながら、ゆっくりと耳に言葉を吹き込んだ。

「噎せ返るような薔薇など要らぬ。」

『やっ…離してッ!!』

「・・・」

暴れて腕から逃れた小鳥を追うことなく見送る。恐慌状態になって理性より本能が勝っているのだろう。危険から遠ざかるために無我夢中で走っていく。自分から逃れようと向かう先がどこかマダラは知っていた。


赤い瞳に惑わされ、小鳥は自ら鳥籠へと向かう。


『はっ…はぁっ…はぁっ…』

閉じ込められて体力の落ちた体は呆気なく限界を訴える。息を切らしながら近くの木の幹に寄り掛かる。少しでも彼より離れただろうかと不意に見上げた世界に小鳥は凍り付いた。

『う、そ…』

見慣れた無機質。ベッドしかない空間。狭い狭い鳥籠。振り向いた扉は無情にも閉じられた。

「お帰り」

見上げた赤い眼は、楽しそうに歪んでいた。





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