巨人に怯え、自ら3重の壁の中に閉じ籠った人類。檻から飛び出していく調査兵団の新兵は5割が初回の壁外調査で死亡する。生きて帰って一人前と呼ばれる程死亡率が高く巨人と直接対峙する調査兵団は新兵が最も希望する憲兵団とは真逆であり、生き残り続ける歴戦の兵士とは別に毎回多くが死んでいく。


調査の度に誰かが巨人に骨を砕かれ四肢をもがれ貪り食われる恐怖。それらに怯え精神が病む者も少なくない。次に食われるのは自分かも知れないのだから。


「いやだぁ!!離せ!!離せよくそっ!!」


例え食われるのでも直ぐに意識を失う事が出来たならどれだけ幸福なのだろうか。生きたまま下肢を咀嚼される痛みに絶叫する者も居た。不運にもそれらを見る事となった兵士は巨人への怒り、恨み、恐れを膨らませ涙を流す事しか出来ないでいた。例え助ける事が出来ても最早腰から下が無い彼は助からないだろう。今すぐ巨人が彼に止めを刺してくれたならどれだけ良いだろうか。


「…たのむ、」


ころしてくれ、と呟かれた彼の哀願に仲間達は戦慄した。涙と唾液でぐちゃぐちゃになった彼の瞳は虚ろに此方を見つめている。一番年嵩の男が震える手でブレードを構える。これ以上苦しみを長引かせるのは見るに耐えなかった。


彼の首を落とすため立体起動のアンカーを発射する寸前、突如馬の?きが聞こえ巨人の項から血が吹き出し、巨大な蛞蝓のような肉塊が地に転がる。口から吐き出された男は足が無く、止まる事無く血が溢れていた。


「ああ…か、みさま…」


音も無く地上に降り立ったのは一人の女。短く切り揃えられた赤髪が風に靡き、宝玉の如き緑の瞳が慈悲深く細められた。頬に散った蒸発しつつある巨人の血液を気にもせずゆっくりと男に近寄っていく。


「エルセオ・ベルガラ…貴方は良く耐えてくれた。貴方のお陰で私は巨人を撃つ事が出来た」


巨人に抵抗した際に付いた血液や唾液に塗れた掌を厭う事もなく握り占めてやる。


「あしが…、痛い…」


彼の下肢は失われている。無い筈の脚が痛むと訴える彼は眉間に皺を寄せ呻いていた。死を間近にして苦痛に苛まれるのはどれだけ辛いのだろうか。


「先に逝ったマリー・エリクソンも貴方を待っている」


「…マリー、とっても…いたいんだ…」


痛いと呟く虚ろな瞳は最早誰も見てはいない。目を逸らし涙を流す仲間達を余所に女はそっと白い指を首筋に這わし穏やかに微笑んだ。


「エルセオ、ヴァルハラで会いましょう」


ミシリ、と頚椎が悲鳴を上げた。男はぼんやりと微笑む女を見つめている。そうっと女の手に自分の手を重ね、何事かつぶやくと瞳は虚ろに黒い円を拡大させた。女が手を離した首筋にはまるで真っ赤な蝶が留まっているような跡が残っている。


「彼を頼んだ」


真っ白な布を広げてエルセオだった亡骸を包み込み、声も無く泣き続ける男たちに託して女は再び馬に跨り飛ぶように去って行った。


「エルセオ…」


冷たくなりつつある骸を抱き締める。彼は最後に何を呟いたのか。青白い唇は神様、と囁いていなかっただろうか。年嵩の男は思う。今は禁書とされる神話を幼い頃読んだことがあった。その本に彼女の事が書かれていなかっただろうか。


戦場において死を定め戦死者の館へ迎え入れると伝えられるヴァルキリー。


「確かに、女神かもしれないな」


たった今、俺たちの目の前で彼は彼女の手によって運命を定められヴァルハラヘ送り出されたのだから。






壁外調査から帰還し門を潜ると割れるような歓声で迎えてくれる民衆達。不機嫌そうな兵長様を横目に何気無く馬の歩みと共に後方へ流れて行く人々を見つめる。5年前とはえらい違いだ。税金の無駄使い、巨人の餌やり係とまで呼ばれ蔑まれた調査兵団はエルヴィンの団長就任、リヴァイの入団によって生存率が上がり民衆からの期待も戻って来たのだ。それでも狩った巨人よりは犠牲者の方が多い事はざらにある。だから生き残り続ける者達は更に結束を深めるのだが。


「げっ…」


過ぎ去りゆく人々の一画に白いローブの集団が此方に手を合わせているのが目に入る。目を閉じたその様は神に祈る姿そのままで慌てて目を逸らした。


「手を振ってあげなよロタ様?」


「ゴーグル割られたいならそう言ってよハンジ」


目敏く一連の流れを見ていたのだろう女が覗き込んで来た。楽しそうに笑いやがって、こっちは真剣に参ってるのに。


「…その乙女、天馬に跨りて戦場を駆け、主神の選びし戦死者をヴァルハラへと誘う者。だったっけ?」


「私は知らないから彼らに聞いたげて」


死に損ないもがき苦しむ仲間の息の根を止めてやったのはいつだったのだろうか。もう覚えていやしないけれど。それから何人手にかけたのか数えてもいないが、それから私は一部の人間から崇められている。不本意だが。


「人殺しの何が神なんだか」


ヴァルハラへ送ってくれと頼まれたので望み通りに口上を述べた。もちろん意味など知らなかった。後日ハンジに聞いて教えてもらったのだが神話に携わった事がいけなかったのか、何故かロタと呼ばれるようになる。


「誰だって死ぬのは怖いさ」


それが巨人との戦いならば尚更、とハンジが笑う。お前絶対巨人怖くないだろ寧ろ大好きだろ。


「今際の時に苦痛を長引かせないようにしてくれるのなら藁でも掴みたいさ」



思い出したくもない記憶。地下街の物乞いの婆さん。浮浪児の自分達によく歌や飯をくれた、変わった人だった。棒でしこたま殴られ血の泡を吹いている時に哀願されたのだ。


そうして、私は初めて手をかけた。


「例え私がロタだとして」


ロタは誰がヴァルハラに送ってくれるんだろうか。戦の帰結をもたらす存在でありながら戦死者を誘うのなら神話の時代から勝利には犠牲が付き物だったというのか。毎回の作戦で喰われていく仲間たち。ヴァルハラはどこにあるのだろうか。


「チッ…下らねぇ」


眉間に皺を寄せたリヴァイが不快そうに吐き捨てる。鋭い目が射るように私を抉った。ああハンジにもっと詳しく聞いておけば良かった。リヴァイは神話に例えるならば誰が相応しいのだろうか。


「安心しろ…テメェが死に損なったら俺が」


殺してやる、と言葉を残して人類最強と呼ばれる男は馬を掛け先鋒へと消えていく。あんまりな言葉のようだがロタに例えられた彼女が目を輝かせて頬を染めたので良いのだろう。


いつか巨人に勝利する日か、屈してロタに招かれる日が来るのだろうか。もしもヴァルハラがあるのなら雫に誘われるのも悪くはないだろう。

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bkm
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