「だんちょーこないだの壁外調査の報告書を…ってあれ?」
書類を届けた先の上司の部屋には誰も居らず首を傾げているとたまたま通りかかったペトラが声をかけてくれた。
「今日は貴族の披露宴に呼ばれてるみたいよ」
「へぇ…団長結婚式に呼ばれてんの」
喰っていくのにも苦労するこのご時世に豪勢な事だ。地下街出身の自分としては貴族を見ただけで卒倒しそうになったのだが、貧富の差って凄い。見栄の張り合いとかありそうで羨ましくはないが。
「ま、コネ作りに行くんだろうけど…」
あの遣り手の団長のことだ。ただ付き合いで行くだけに留まらないだろう。ペトラはウェディングドレスに思いを馳せて頬を赤らめているようだ。貴族の服ってただでさえ動き難そうなのに裾を引き摺るドレスはどうかと思う。女の子って分からない。女だけど。
「そういやよく結婚式ごっこしたなぁ…」
「子供の頃はやるわよね」
シロツメクサで花輪作ったり、指輪作って交換したりしてましたと笑うペトラ。地下街にはもちろん原っぱはないため商売女が身を飾る紙の造花、花売りが落とした花を拾って遊んだ。意味も分からず結婚式に憧れよくリヴァイとやってた気がする。
「指輪ってなんで左手の薬指なんだろうね」
「心臓に一番近いからだよ」
「そうなんですか…知らなかった」
いつの間にかハンジが現れ会話に割り込んできた。ニコリと笑う彼女は背も高く中性的な顔のため相変わらずよく男と間違えられるらしい。そして本人は本人で「面白いから」と否定せずに居るから余計に質が悪い。一緒にハンジと風呂に入ったとリヴァイに知れた時には恐ろしかった。1日はベッドから動けず1月は魘された。
「雫も結婚式に憧れるんだねー」
「いや今更ねー何回もリヴァイとやってるし」
「?!何を言い出すのいきなりっ!」
「え?ごっこなら何回もしてるから今更結婚式ねーって話だけどおかしかった?」
なぜか耳まで真っ赤にしたペトラがハンジに慰められていた。しかも何か私が悪いみたいな言われ方してるし。解せぬ。
「おっとごめん…てリヴァイじゃん」
ペトラになんで顔を赤くしたか問い詰めようとしたら誰かにぶつかった。謝ると同時に我らが兵長様だと気付き目を丸くする。
「ちっちゃいから気付かなかったわー」
「ぶっ殺されてぇのか雫」
今にも切れそうなリヴァイは160p私は170p。既にここにいる女2人に負けてるってどうなんだろうと思わず噴き出すと容赦無く足を振り払われ肩を踏まれた。地味に痛いし動けない。ハンジ笑ってないで助けろ。
「リヴァイも書類出しに?」
「急ぎでもねぇから置いておこうとな」
「いやー床から見たら流石にリヴァイも大きいたいいたいいたいいたい!!」
無言で頭を踏み躙られて抗議するも兵長様は我関せずと話し続けている。いやお前チビの癖に筋肉で重いんだよ!!!頭パーンってなったらどうすんだと暴れるが全く逃げれず、流石人類最強の名は伊達ではなかった。もうしません許して下さい兵長様と唱えたらやっと足を退かされた。ムカつくので立ち上がる時嫌がらせにリヴァイの手を引っ張ってやった。
「そういや流石に跡は残ってないね」
「…当たり前だろ」
何年前だと思ってやがる、と呟くリヴァイの左手をまじまじと見つめる。かさついた手の平は硬く指も太く男らしい。肝心の薬指には赤黒い跡は全く見当たらなかった。
「なになにー?二人で指輪交換した話?」
ずいっと顔を寄せてきたハンジはキラキラと瞳を輝かせている。なぜか興味を惹かれたようだ。この状態のハンジからはまず逃げられない。リヴァイは諦めたようにため息を吐いた。
「んー地下街に花は咲かないし、よくこうやって指輪作ってた」
そのまま薬指を口内に差し込んで歯を立てる。珍しくビックリしているらしいリヴァイから目を逸らし、2人を見つめるとハンジは何故か恍惚としておりペトラはぶっ倒れた。何がどうした。
当然餓鬼の頃と比べ指が太くて噛みにくい。手を動かし噛む位置を変えていく。満足するくらい満遍なく薬指の根元を噛み、口を離す。唾液でぬるりと光るリヴァイの手にはしっかりと赤い鎖を巻いたような指輪が残されていた。
「お互いこうやって…あれ?」
いつの間にかハンジとペトラの姿は消えていた。2人に説明しようと思って頑張ったのにねーと呟きながらリヴァイを振り向く。その顔を見た瞬間に背筋がピシリと凍った。
「…随分と挑発してくれたなぁ雫」
挑発って何がですか兵長様待って下さいお顔がベットの上専用の躾する顔になっておられますよ。身(貞操)の危険を感じ即座に身を翻したがあえなく2度目の足払いで地に転がる羽目となった。
「久々にやるか?結婚式ごっこ」
「ゴエンリョシタイデスワー」
勿論断れる筈もなく貴重な休日の大半をベッドの上で過ごす羽目となる。左手の薬指にはガッツリともはや万力に挟まれたレベルの青痣が残り全身にも楕円状のリングが残された。運悪く脱衣所で出会ったハンジに見られ涙が出るほど笑われたのは一生忘れない。
「エルヴィン、報告書だ」
「ああ、入ってくれ」
丁寧にノックをしてから入ってきたリヴァイから書類を受け取る。さらりと目を通した書類が彼自身の物ではなく、書いた人物は今日体調不良と聞いていた筈だ。何気なく見つめた彼に思わぬ物を発見して口角を吊り上げる。
「私の優秀な部下を酷使するのは辞めて欲しいものだな」
「馬鹿いえ元々俺の部下だろ」
さり気なく指先で撫でた先に赤い指輪を見付け少し声を上げて笑ってしまった。リヴァイに変な顔をされたが咳払いをして誤魔化しておく。
彼の耳の後ろに赤黒く残された跡はきっと彼女の唯一の反撃に違いない。本人が気付くまで黙っておいてやろう。
これから食堂で大衆に見られるだろうが人類最強に進言出来る強者はおるまい。彼女の復讐にそっと手を貸しておいた。
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