厳重にワイヤーと杭で拘束された巨人。いくら動けないと言っても近付き過ぎれば洩れなく奴らの胃袋行きだ。せめて壁内くらいは巨人に近付きたくないと思うのは至極まともな判断だと思う。
正常な人間ならそう思う筈だ、正常なら。


「班長!近付き過ぎです!」


「ちょ、ハンジだめだってば!」


新しい玩具を与えられた子供のように目を輝かせ、巨人にハグしかねない勢いで突撃をかます上司を必死に抑える部下達。ちょ、いま服の裾食い千切られたんだけど?!


「ああ何て大きい瞳なんだデビット!!可愛い瞳の君とは長い付き合いになりそうだ!私と仲良くしてくれるかい?!」


「ひいいい近い近い近い!!」


「班長生き急ぎ過ぎです!」


大の大人数人で抑えているのに怪力で巨人に接近するハンジ。ずりずりと巨人に近づく馬鹿力は半端ない。また巨人に名前付けて!つか仲良くしてたまるかよ!涎拭けよ!


「止めんかいっ!」


巨人に頭ごと持って行かれるような飛び切りディープなキスをかまされる前に平手でハンジを吹っ飛ばす。ぜえぜえと喘いで呼吸を整えていると、おい班長動かないぞとか囁き声が聞こえてきた。


「ぎゃっハンジどうしたの?!」


「「「いやアンタの仕業だよ」」」


仲の良い突っ込みを無視し、地面で我が一生に悔いなしと言わんばかりの良い笑顔を浮かべて失神しているハンジを見つめる。またやっちまった…これではハンジの面目が立たないじゃないか。


「流石っす雫さん!」


「班長の暴走を止められるのはあなただけです!」


「ああ…そりゃあどうも…」


私を崇め奉りそうな勢いの班員達に困惑の視線を送る。そうだよね…あの状態になったらハンジは巨人の餌志願する勢いで突っ込んで行くもんね。部下だから私みたいに上官を張り手で沈める訳にもいかないし、実験は実験で精神をリンゴの摩り下ろしレベルで消耗されるし可哀想だなこいつ等。


そう哀れんでいた雫は知らない。このハンジの恋人である雫の事を「班長が愛するなんてまさか…巨人?」「いやきっと毎晩実験されてるんだよ」「班長って好きなタイプ巨人、って言い切ってたからな」などと不名誉な噂が飛び交っていることを。知っていれば平手の数発をお見舞いしていたに違いない。


あの人類最強ですら平手で倒す彼女はそこをハンジに惚れられたとも誠しやかに囁かれている。ちなみにハンジはドエムではない。彼の名誉のために言っておこう。


「…ハンジは部屋で寝かせておくからそいつのデータを集めておいてね」


そう言い残し、自分より背の高い成人男性を軽々と抱き上げて立ち去る彼女に(雫さんに抱かれ隊)メンバーは打ち震えた。彼女こそ、真の漢であると!












「あーあ、子供みたいな顔してるし」


自室兼研究室というよりは割合からして研究室兼自室のハンジの部屋はベッドしかまともな生活用品が置いてない気がする。慣れた雫はどうとも思わないが巨人のデータが壁一面に貼り付けてあるのは気持ちはよくない。班員さえ入るのを躊躇う上司の部屋ってどうなんだろうか。日々巨人より班長が原因で死にそうな彼らを労わってやろうと雫は心に誓った。


「…」


恋人の写真くらい置いてくれれば良いのに、と書類と筆記用具で散らかる無機質な机を眺める。まぁ巨人のデータの代わりに私の写真が壁一面にあったらそれも怖い、怖すぎる。班員は泣くだろうし私も逃げるかも知れない。いや、巨人の代わりに私がワイヤーで括られて監禁されそうだ。ハンジならやりかねない所がまた恐ろしい。これでも班長だから実力は確かだし。


「巨人に嫉妬って馬鹿みたいだわ…」


何処ぞの性悪チビ兵長に聞かれれば鼻で嗤い飛ばされ強烈な皮肉を叩きつけられそうだ。だが私を見る時の目より巨人を見つめる時の方が熱っぽいってどういう事なんだろう私に魅力がないって言うよりもハンジの感性が狂い切ってるんだと思う。絶対そうだ。


「ハンジのばーか、あーほ」


人の気も知らないで安らかに眠るハンジの頬を突ついてやる。プスーとか寝息が漏れて何でこの馬鹿のために悩んでるのか余計に腹が立って来たので平手してやろうかと馬乗りになる。


「…雫、」


「うひょっ!?」


突如名前を呼ばれて変な声が漏れたが跳ね回る心臓とは裏腹に真下の男は寝言を言っただけのようだ。しかし寝言とは言え名前を呼ばれたからって少し収まった怒りはどういう事だろうか。惚れた弱みか…本当に、


「馬鹿みたいだわ」


仕方ないこのまま熟睡しても困らぬように楽な格好をさせてやるか。ジャケットを脱がしシャツのボタンを数個外し、ズボンのベルトを緩めてやる。なんだかハンジを襲ってるみたいで恥ずかしいな。そう思ってるいると聞こえてきたキイイと不快な蝶番の悲鳴に扉に目を向ける。


「…リヴァイ?」


開口一番皮肉が飛び出してくる兵長様が鉄面皮と名高い表情を珍しく崩している。目を見開き此方を凝視する視線を辿れば自分の手元。ハンジのベルトを抜き去ったまま静止する私の右手。左手はズボンに手をかけ正に脱がせようとしている状態だった。そして私は気絶したハンジの上に馬乗りになっている。


「…邪魔したな、」


お互い思考停止したまま数秒間たっぷり見つめ合い先に我に返ったのはリヴァイの方だった。滅多に口にしない謝罪を述べて彼は何事も無かったかのように扉を閉めて立ち去っていく。


「違う!違うから!そういう事じゃないから!待ってリヴァイお願い話を聞いて?!」


端から聞けばまるで恋人に浮気現場を見つかってしまった女の台詞だが本人は至って真剣である。絶対に誤解したぞあのチビと内心罵りながらも雫は大混乱していた。いつの間にかハンジが声を殺して大笑いしている事に気付かなかったのだ。腰掛けているハンジが笑い過ぎて痙攣するまで気づかなかった。


「…ハンジ、いつから起きてたの…」


「巨人に嫉妬してるって暴露した所くらいかな?」


私って愛されてるねぇと笑う馬鹿に頭を抱えた。羞恥で頭が爆発しそうだ。その後も色々してしまった気がする。顔を伏せた恋人の真っ赤になった耳にハンジが機嫌を良くしているのにも気付けなかった。


「名前呼んだら顔真っ赤にするし、服脱がす時もなんだか目が潤んでるし余りにも可愛過ぎて何度起き上がろうとしたか分からないよ…」


「いや潔く起きてよ!恥ずかしいから!」


「…その時に起きてたらリヴァイに見られてたと思うよ?」


何を、と問う前にハンジが急に体を起こした事によってシーツに後ろ手を付いた。しまった、と思った時には既に天井とハンジが見えてるし両手はあらぬ所にそれぞれ侵入し始めていた。


「私は見られても良いけど、」


「ぜったいに嫌!!!」


「あのまま可愛く脱がせてくれた時に押し倒そうと思ってたんだよね」


「!!ハンジはどうせ巨人の方が可愛いんでしょっ」


つい本音がポロリと口から溢れれば同調して涙がぼろぼろ落ちてきた。ハンジは優しく抱き締めた。自分の前だけで晒される雫の本性が可愛らしくて愛しい。平手で巨人さえ倒すと噂される彼女とて女だ。弱い部分だってある。他者の前では素っ気ない彼女も2人きりだと甘えて抱き付いて来るくらいだ。


「巨人より君が好きだよ」


「…比較されても嬉しくない」


「おかしいな…最大級の告白だったはずなのに」


「それハンジだけだからね?」


馬鹿、と首に手を回した彼女はぺたりと肌同士がくっ付く自分の胸とハンジの胸板を見下ろした。おかしい。ハンジは軽く脱がしていたとしても何故私はパンツを残して全裸なのだろうか。私はいつ脱いだ、いや脱がされたのか。


「いやーもう雫が可愛過ぎて我慢出来なかったんだよねー」


「ちょ、待って!え?今から?!」


「大丈夫、夕飯までには終わらせるから」


「それ後5時間以上あるんだけど?!」


顔を真っ赤に染めながら叫ぶ拒絶の言葉を唇で塞いで舌を這わす。次第に蕩けてきた瞳に見つめられ知らず知らず口角を吊り上げた。この顔は泣いても叫んでも失神しても止めない時の顔だ、と半分飛びかけた意識の中で雫は明日の任務に支障が出る事を確信した。












「やぁリヴァイ、さっきは悪かったね」


夕食を囲む人達があふれる食堂で聞き慣れた声がかけられる。何時もの口調から隠し切れない機嫌の良さが伺えた。予想通り、隣には雫の姿はみられない。


「お前最初から失神なんてして無かっただろ」


「いやー君ったら良いタイミングで来るから焦ったよ」


口笛さえ吹きそうなテンションで話すハンジは基本他人の話は聞いていない。艶艶と輝く頬にリヴァイは本来は天敵である女の冥福を祈った。リヴァイが部屋を訪ねてハンジに会うまでは6時間くらい開いている。恐らく、意識はあるまい。


「リヴァイと喧嘩する時なんて男前過ぎて惚れそうな位なのに私の前では兎みたいなんだよ可愛くて可愛くてもう私堪らなくて何回も何回もぜ「黙れハンジ」…もうリヴァイは短気だなぁ」


性悪のこいつのどこが良いんだか、とリヴァイは考えたが平手で人類最強と謳われる己を張り倒す女が相手だ。案外お似合いなのかもしれない。


「さて、雫のご飯持って帰るから。また明日」


さっさと食事を済ませトレイに夕食を乗せ立ち去る男を無言で見送る。恐らく自分しか聞こえなかったであろう「朝まで何回出来るかな」との呟きを聞かなかった事にしてリヴァイは食事を再開した。

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