ザァザァと木々の葉が風に叩かれて音を立てる。その音に包まれながら、身を丸める。目を閉じればまるで、胎内に還ったかのよう。優しく絶対的な母という温もりに守られている。

――――ここは1人で、寂しいから…

独りは寂しい。溜め息を付きながらも片腕でぐりぐりと撫でて欲しい。無精髭に頬を擦り寄せるのを許して欲しい。生き物の温もりが恋しい。ここでは久しく生きている温もりを感じてない。感じるのはこの手で奪われて冷める熱だけだ。

「・・・寒い」

心地よかった筈の初夏の日差しを凌ぐ木陰が、今は酷く冷たく感じた。



「Hey!アオ!」

名を呼ばれて眼を醒ます。下を見ると鮮やかな青い衣に身を包んだ青年が見上げていた。隣に変わらず鋭い視線を向ける男が立っている。別に取って喰やしないのに…

『なぁに?』

「出かけるぞ」

面白い物を見せてやると青年は笑う。鋭い隻眼に悪戯っぽい光が瞬いていた。すぽりと上着のフードを頭に被せ、地上に降りる。初夏の光とはいえ夜兎の肌には厳しい。

戦かと思ったがどうやら違うらしい。馬に乗る主の横に着く。付いて行く幾人かの部下も鎧を纏わず馬に跨がっている。走って付いて行こうとすると両脇を掬うようにヒョイと持ち上げられた。

「…政宗様」

「Ah?なんだ小十郎」

ストンと馬に乗せられて目を丸くする。背中には主の体温…目の端に呆れと焦りが混ざったような顔をした小十郎様。わぁ怖い怖い、私何もしてないのにね。

「お止めください」

「No!何だって餓鬼だけ走らさなきゃならねェ?」

「ならばこの小十郎が…」

「お前アオ嫌いだろ?途中で振り落としでもしたら事だからな」

行くぞ、と言うよりも早く馬の腹を蹴り風に乗る。初めて乗る馬の速度に目を見開く。振動キツいキツい…腰が死ぬ。ガックンガックン揺れる頭を優しく撫でる武骨な指に上を見上げる。

「悪く思うなアオ…小十郎も悪い奴じゃねェんだが…」

『知ってるよ』

ただ、小十郎様は自らの命より遥かに重い主を守ろうとしているだけ。異分子のアオを忌み嫌い、排除しようとするのは極正常な反応。彼は何一つ間違えちゃあいない。

『小十郎様は何にも悪くないよ』

彼にとって悪いのはアオ自身なのだから

『だから、小十郎様をあんまり困らせたらいけない…?』

隻眼を見開いた主が寂しそうに顔を伏せる。鋭い眼光は揺れる髪に隠されて見えない。何でそんな表情をするのか分からずアオは不思議そうに首を傾げた。

「お前は寂しくないのか…?」

人に忌まれ、疎まれ、冷たい視線に晒されて悲しくないのか。低くか細い声が鼓膜を揺らす。そうか、この人は・・・

『今は寂しいよ?でもね』

私を理解してくれる人が居る。頭を撫でてくれる人が居る。だってそれはとても素敵な事だから。

『だから政宗様も寂しくないよ』

青い衣の向こうに刺すような視線を送る男が居る。取って食やしないって言ったのに、疑い続けるのも疲れるだろうに…信じ続ける事と同等に。



視界に己の色よりも薄く澄んだ青色が映った。キツい陽射しが反射し煌めく海。港には大きな船が留まっていた。夜兎に生まれて初めての海だと思う。潮風が鼻を擽った。磯の匂いと…懐かしい…

『!!』

「アオッ!?」

走る馬の背を蹴って飛び降りる。眼下が絶壁だろうか知った事か。後ろからの静止の声は耳に入らなかった。身投げの如く飛び降りてから番傘がない事に気が付いたがまぁ大丈夫だろう。

崖を走る様に足を付け、思い切り蹴り飛ばす。綺麗な曲線を描くようにして目的の船へ転がり混んだ。

「な、なんだこの餓鬼ィ!!」

「どこから来やがった!?」

騒ぎだす男たちに用はない。鼻を頼りに奥へと進む。慌てて刀で立ち塞がる男達を飛び越えて匂いを辿った。

「なんだよアイツっ!!」

「アニキィイイイ侵入者ですっ!!!」

匂いが濃くなって自然と口角が上がる。小走りで進んでいると太陽に煌めく銀髪が見えた。足音に気付いたのか鋭い隻眼がアオを射抜く。

「・・・なんだァ?どこの餓鬼だ?」

褐色の肌に髪と錨の銀がよく映える。不思議そうに見下ろす男の横を抜け、匂いの元に抱き付いた。

「オイオイ…何だと思ったらお前さんか」

『阿伏さんッ!!!』

傘で手が塞がってるので思い切り首にかじりつく。伸びた無精髭に頬を擦り付けてうっとりと溜め息を吐いた。間違いなく阿伏兎だ。前にぶら下がり続けると邪魔だからマントの下に潜り、背中からよじ登って顔を出した。

「アンタの餓鬼か?」

「まさか、俺に子供は居ねェよ…」

部下だ、と溜め息を吐いた男は残念ながら一児の父にしか見えなかったが元親は黙っておいた。ドタバタと部下が駆け付ける音に振り向く。

「アニキィイイイ餓鬼が来ませんでしたかッ!!」

「逃げ足が恐ろしく早い餓鬼でしてっ!!」

「…嗚呼、ソイツなら此処に居るぜ」

親指で背後を刺すと驚いたように部下が目を見開いた。

「阿伏兎さんのお子さんっスか!?」

「通りでスゲェ身体能力だったッス!!」

「違うって!!部下だよ!!」

「父ちゃんに会いに来たのか〜偉いな坊主!!」

「聞けよっ!!!」

「そら、甘いモンは好きか?」

『好きっ!!』

綺麗な形の金平糖を1つ差し出されて口に放り込む。細やかな甘さに頬を緩めた。

「ふぅん、面白い髪してるなァ…朝方の海みてェな」

疎らに揃った髪触りながら銀髪が呟く。

『お兄さんも綺麗な髪してる』

手を伸ばして銀髪に触れる。太陽が少し痛かったけれど短い髪は艶やかで暖かかった。

「アニキっ!!独眼竜が来やしたぜっ」

「オウ!野郎共ォオオ!!荷を卸せっ!!」

「「「「アニキィィィィイイ!!!!」」」」

鼓膜をビリビリと震わせる声に驚いたが、阿伏さんが呆れた顔をしていただけだったから普段からこうなのだろう。肩に顎を乗せていると視線を動かさないまま小さく囁かれた。

「いつから此処に居た?」

『2週間くらい』

「俺も同じだな」

戦争の後に部屋で休んでたらいつの間にか海に浮かんでいたらしい。不憫だ。私も気付いたら山ん中に転がってたけど。

「此処は何処だ?」

『違う世界…って言ったら信じる?』

日本の過去に良く似た違う世界。伊達政宗が英語喋ったとか聞いたことはないし、猿飛佐助は架空の存在だ。存在した戦国武将も雷やら炎が使えたという事も聞いたことがない。ただし、全ては“前世”の記憶だ。銀魂の世界の過去は知らない。

「違う世界だとォ…?」

まーた意味の分からん事を…と溜め息を吐かれた。けっこう真面目に考えたんだけどなぁ。まぁここが過去であれ異世界であれ帰る方法が分からないのは変わらない。



私は別の世界に来たのは2回目で、本来の世界では死んだからもう戻れない。春雨にも未練もない。でも阿伏兎は違う筈だ。帰る方法を探さなくては。


・・・そういえば、阿伏兎に会うまで“帰る”って発想すら無かったなぁ


他人事のようにアオはそう思った。何故かさっきの俯いた主の顔が浮かんできて、寂しくないかと問われた気がした。



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