忍のお兄さんは猿飛佐助と言うらしい。さっちゃんと呼ぼう。バナナ好き?って聞いたらバナナが分からないらしかった。あんまり有名じゃないらしい。

「アオちゃん、人じゃないって本当?」

『うん、そうだよ』

正宗様と小十郎様、そしてさっちゃんの4人だけになった部屋。夕陽が照らして眩しい。退屈なので足をブラブラさせて縁側で庭を見ているとさっちゃんが隣に座って聞いてきた。

「俺様、あそこから見てたけどビックリしたよ」

楽しそうに殺すんだもの、と硝子の瞳がこっちを見た。嫌な目だ。モルモットを、不可思議な物を観察する目だ。

『お兄さんは違うの?』

楽しくないの?と聞くと眉をしかめられた。演技臭いな、男は瞳は1mmたりとも揺らがずに偽善の言葉を垂れた。

「…楽しいって思うようになりゃお仕舞いだって」

『ふぅん…』

忍なのに、殺しは嫌いだという。別に私だって殺し自体を楽しんでいる訳ではない。強者を求めているのだ。戦いは楽しい。強い奴、例え自分の実力よりも上の奴でも良いから戦いたい。

「アオちゃんは、殺す事に何も思わないの?」

『戦うのは、楽しいよ?』

部屋の2人が耳を傾けているのを感じる。だから、それに気付かないふりをしてニッコリ笑ってやった。

『修羅が血。自分と同等、それ以上の剛なる者の血を持って初めて魂は潤う』

歌うように呟く。ま、団長の受け売りだが…その通りだと思う。戦場に夜兎ありと言われたのは昔の事らしいが、今もその本質は変わらない。現に自分は戦場の匂いに誘われたのだから。

『私は夜兎。人が同族を殺せば人殺しと蔑まれるけど…人間が猫や犬をいくら狩ったって罪にはならないでしょ?』

―――――それと、いっしょだよ?

「…そう」

『うん』

これで会話は終わり。3人の視線が突き刺さるのを無視して空を見上げる。ゆっくりと…だが確実に夕空を青が侵食していく。これからは自分達の時間だ。夜を冠する、一族の。

腹が満たされれば眠くなる。欠伸をひとつしてコロンと横になった。板の冷たさが気持ちよく、体を丸める。まぁ、何かあったら起きるだろう。誰かの咎めるような声は聞こえなかった事にした。





青い瞳が閉じられ、穏やかな寝息が聞こえてきた。演技かと思ったが、眼球は動かないし寝息は乱れないしで熟睡してるようだ。

「…え?ホントに寝たの?」

試しに恐る恐る頭を撫でてみる。僅かに湿り気を帯びた青い髪に触れても子供はピクリとも動かない。手袋越しに感じた温かい皮膚の感触に少し驚く。人どはなく夜兎という生き物だと名乗る少女。姿形、体温、声も何もかも瞬きすら人と相違ないというのに…

―――――あの気配の悟り方、戦い方、動き、それらが常人を遥かに凌駕している…

佐助は気配を消していたのだ。当然、一般人は勿論の事他国の忍にすら気付かれぬほど完璧に気配を絶っていたというのに…アオは当たり前のように話かけてきた。

「…参ったね」

大将に何て報告しようか?ありのままに報告するには不確かすぎる。調べてみるか。春雨、十二師団、夜兎…初めて聞く単語ばかりだが。

「Han…アオは寝たか」

「政宗様、油断召されるな」

隻眼が子供を映す。警戒する侍従に対しその瞳には穏やかだ。

「落ち着けよ小十郎…コイツはまだ餓鬼だろうが」

「ただの餓鬼ではありませぬ。戦場での此奴の動きをその目で御覧になった筈…」


――――――間違いなく、化け物です…


男は忌むものを見る目で子供を見下ろす。その目に一切の情はない。

「俺はコイツが気に入ったんだ…You see?」

「政宗様ッ」

「Ha!!髪も眼も俺の色…Blueなんて最高にCoolじゃねェか」

―――――化け物?上等だ…

「小十郎、テメェの主は誰だ?」

「奥州筆頭、独眼竜と恐れられる貴方様です」

「その男は人外の餓鬼1人飼い慣らせないような情けない奴か?」

「…いえ、決してそんな事はございません」

「なら口出し無用だぜ小十郎。アオは俺の部下だ」

「…分かりました」

不適な笑みを浮かべて場を去ろうとする主に頭を垂れる。部屋に案内してやれ、と言い残し姿を消した主を見送り子供に向き直る。青い髪を興味深そうに触る武田の忍を睨み付けた。

「…退け」

顔を青くして苦笑いをしながら直ぐ様姿を消した忍には見向きもせず、子供に手を伸ばす。忍に触られても起きないほど眠っているからには運んでやらなければならない。全く手間の焼ける…

「!!」

指先を僅かに風が撫でた。青い髪が視界から消える。理解出来ない状況に思わず固まった小十郎の背後から間の抜けたようの欠伸が聞こえた。反射的に刀を振り抜くと、刃が止まる程の固い手応えがあった。

『うー、部屋…どこ?』

「テメェ…ッ!!」

子供は刀の峰を片手で握り締めて固定している。反対の手で目を擦る子供の腕から刀は一切動かない。押しても引こうとしてもピクリとも動かなかった。

「ッ!!」

『刀を納めて』

「誰がテメェの言うことを…」

『…良いの?刀は武士の魂じゃないの?へし折っても良ければそうするよ?』

「!!止めろっ」

言うが早いか、刀がミチリと不穏な音を立てる。慌てて静止すると徐に刀を放られた。自由になった刀を再び子供に向けると青い瞳がじっとこちらを見つめた。

『殺すの?』

「テメェは政宗様にとって危険だ…」

『実に理不尽で妥当な判断だね。部下の鑑過ぎて涙が出そう』

「ほざけ…化け物が」

『そう、私は化け物。人間は同族を屠る生き物を化け物と呼ぶんだよね?』

――――――なら、貴方も一緒だね?

「!!」

『貴方も、政宗様も血の匂いがするわ』

『私は化け物。貴方も人殺しの化け物。貴方に罵られる理由はないよ』

ぞっとするほど澄んだ無垢な瞳がただただ真っ直ぐにこちらを見つめている。反論を許さないほど、子供の瞳に一辺の曇りはなかった。

「・・・大変お待たせ致しました。お部屋に案内致します」

『お願いしまーす』

廊下から現れ、すっと頭を下げた女性に子供も向き直って軽く頭を下げた。小十郎の事など忘れたかのように子供らしい笑顔で案内する女性の背に付いて行く。

「ありゃー振られちゃったねぇ…右目の旦那」

「今すぐ降りて来い。そのよく回る舌を引き抜いてやる」

「目が据わってるよ…冗談だからね!?」

「チッ…」

「(舌打ちしたよこの人)…しっかし不思議な子だねアオちゃん」

「あの餓鬼…信用ならねぇ」

「アハハ、同感」

旦那には会わせたくないなぁとぼやく忍の暢気な呟きとは反対に目付きは鋭い。

「でもあの子、僻んで歪んで捻れた性格って訳じゃなさそうなんだよね…」

「…どういう意味だ?」

「子供の無邪気って本当は恐ろしいんだよ。」

―――――右目の旦那だって覚えがあるんじゃない?

「蝶の羽をむしってみたり、蛙を握り潰して見たりとかさ?無表情でするじゃない」

「…大昔に蟻の引っ越しを踏み潰しながら辿ってる旦那を見たときはゾッとしたね」

子供は無邪気とは誰が言った?興味さえあれば平気で簡単に生命を千切り取る。無垢な瞳を揺らがす事などない。そこに善悪の区別なく、悪意が一切ないからこそ邪気に溢れているのだ。

「あの子もきっとそうだよ」

「・・・」

「蟻を踏み潰してた、旦那と同じ目をしてる」

一番質が悪いよ、と呟いて忍は姿を消した。





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