まる1日は足りない血の分を補うため食べまくってたっぷり寝たら次の日には綺麗に傷は消え、体のだるさは無くなっていた。やっぱり夜兎凄いな。

『おはようございます』

遊郭の座敷を覗くと既に2人はご飯を食べていた。その隣に座り肉を掻き込む。団長の周りには既に大皿が積み重ねてあり塔が出来上がっていた。

『そういや阿伏さん、次の仕事はいつ?』

「あぁ、1週間は地球で待機だそうだ。そのうち嫌と言うほど仕事は来るから今のうち休んどけ」

『へ〜い。外に出ても良いよね?』

「…別に構わねェが、お前さん何処に行く気だ?」

『その辺ぶらぶらしてくる。遊郭に居たってつまらないし煩いし』

流石にここまでは聞こえないが他人の情事の声は耳障りで仕方ない。廊下とか歩いてると聞こえて来るんだよな。

「アオ」

『…っと』

徐に投げられたのは1つの財布。渋い柄の財布には重たいくらいの札が詰まっていた。斑な染みがあって鉄くさいって事は…こないだの奴等のか。

「それでお土産買って来てネ」

忘れたら殺しちゃうぞ、と微笑まれて背筋が凍った…忘れないよう脳に刻んで置こう。

『…何が良いんですか?』

「美味しいモノ」

『…具体的に?』

「美味しいモノ」

『・・・・・・・・・分かりましたよ』

ちくしょう東京○ナナ買って来てやるからな!美味しいんだからな東京バ○ナ!あ、でも江戸にあるかな?大江戸バナナとかないのかな?まぁ良いや美味しそうな物買ってこよう。

『行って来ま〜す』

日の差し込む吉原の天井に向かい跳ね上がる。太いパイプを踏みつけ、兎のごとく天を目指した。暖かい程度の日差しが肌を刺激する…やっぱり太陽ダメなんだなぁ。

傘を差してブラブラと地上を歩く。時代劇のセットにところどころ現代の物が紛れ込んでいるような世界。侍に着物、その中に天人。つくづくここは異世界なんだと痛感した。

「いらっしゃいませ〜!!団子は如何ですか?」

売り子のお姉さんが愛想よく声をかけてきた。店内には甘い匂いと楽しそうな声で賑わっていた。ぐう、とお腹が鳴る…甘い物は別腹ってのは科学的に証明されているらしい。

『じゃあみたらし団子50本に餡蜜10皿。あと柏餅20個に和風パフェ10個で』

「えぇ?!?お、お客様お一人でですか!?」

『よろしく〜』

後ろで叫んでる店員を無視して適当な席に座る。あ、ここ外がよく見える。ゆっくり人間観察でもしようかな。引きつった笑顔で山と盛られた団子を持って来た店員から皿を貰い外を眺める。

あ、あの天人は魚みたいだ。地上で息が出来んのかな?あの娘の着物可愛いな。着物ミニにボーダーのニーソって可愛い。1着買おうか?簪とかの小物も見てみたいし…

モグモグと口を動かしながら物思いに耽っているといつの間にか全て食べ終わっていた…パフェ食べた記憶ないんだけど。空の器で埋め尽くされたテーブルとクリームの味が残る口のせいで食べた事は確実なんだが。

『・・・ん?』

ふと感じた違和感。路地裏からこちらを窺う影…あれジミーじゃね?餡パン食ってるし。自分の存在がバレたかと思ったけど店内を見回すとその理由を理解した。

見るからに柄が悪く刀を持った攘夷浪士の連中が店の奥にたむろっている。店員も慣れた様子で対応しているし…グルかな。ちらほらと見える隊服の奴等も居るし、真撰組もそれを嗅ぎ付けて突入する気か。

さてどうしようか?此所に居ればいずれ奴等が突入して来るだろう。面倒になるのは確実だが、この席は店内もよく見える。

『お手並み拝啓、といこうかな?』

店の回りを圧し殺した殺気が囲む。店内の誰もが気付いていない中、 アオはうっすらと微笑んだ。



「御用改めである!!真撰組だっ!!」

副長の声と同時に刀を持った男たちが入り込む。一般人は逃げ惑い、攘夷志士どもは狼狽えながらも刀を構えた。統率された部隊と油断していた浪士達との力量の差は火を見るよりも明らかだった。

『・・・』

雑魚しか居ないのか。片っ端から切り捨てられる奴等と縛られている店員達。店内が荒れに荒れ、血が天井から壁から異質な模様を描いていた。各隊長が刀を振るう中、副長と一番隊長の姿が見えない・・・あ、居た居た。

「何者でィ、アンタ」

背後から首筋に刀が添えられる。赤に塗れた銀から滴が滴り、小さな音を立てていた。

『ただの夜兎だよ。観光に来た』

「…夜兎」

『そ、だから刀離してくれない?服が汚れる』

嘘。戦場で頭から血を被る私が服が汚れる事を嫌がる事はまずない…一張羅だったならありえるかも知れないが。

「観光客なら、なんで逃げなかったんでィ?」

『…もちろん、“観光”してたからさ』

「・・・どういう意味でさァ」

ちらりと浪士たちが倒れ伏した店内を指差す。誰も彼も美しく赤に塗れた世界。

『江戸の名物でしょう?チンピラ警察24時』

未だに添えられた刀に顎を乗せるようにして振り向く。栗色の髪は赤いメッシュが入り、白い方に紅が散っている。紅い眼が禍々しいほどギラギラと光っていた。身の内が歓喜に沸き立つ。戦いたい。

『ねぇ、一番隊長さん…』

―――――――遊ぼうよ?

傘に手を伸ばすと一切の躊躇いなく刀が横に引かれた。それを潜るようにしてかわし、傘を降り下ろす。壁に穴が空いて路地裏に貫通した。向けられた刀を受け止めると思い切り腹を蹴られた。バランスを崩した所に刀が落とされる。楽しい楽しい楽しいタのシイたノシい楽シいタのシイ。

「…化け物が」

『褒めてくれてありがとう』

でももう良いかな。さっきよりスピードを上げて頭を狙う。刀で弾こうとしても間に合わない。紅い宝石のような眼に傘が突き刺さる…

    ぴるぴるぴる〜

        ぴるぴるぴる〜

『…もしもし?』

刀を眼前で止め、ケータイに出る。間抜けな電子音に隊士達の視線が突き刺さるなか聞こえたのは呆れたような阿伏さんの声だった。

「アオ、今何処に居るんだ?」

『甘味屋』

「そうか…お前さんに釘をさしとく事があったの忘れてたからな」

『なぁに?』

「まずは騒ぎを起こすな、目立つな、暴れるな。面倒を起こすな」

『全部一緒じゃない?』

「とりあえず全部守れ。あとは真撰組と関わるなよ…」

『ごめん、もう全部やっちゃった☆』

「ハァァァアアアア?!?!?!」

『釘刺すの遅いよ』

「…真撰組に何した?」

『何もしてないよ、遊んだだけ』

その言葉に目の前の少年がピクリと反応した。燃えるような瞳が貫く。

『お土産買ったら帰ります』

電話を切ると同時に後ろから思い切り刀が降りおろされる。横に体をずらしてかわした所に少年の刀が突き刺さった。うん、やっぱり副長と仲が良いんじゃんか。

「何者だテメェ…」

『だから観光に来た夜兎だって』

「ほぉ…人間を殺しにか?」

『まさか、たまたま入った店で勝手に殺しだしたのはアンタ達でしょ?そんで刀を向けて来たのもそっちからだし…』

売られた喧嘩を買っただけ。と両手をひらめかせて笑った。実際に手を出す気はなかったんだけどね。

『さてと、じゃあ帰るわ』

「…そう易々と見逃がすと思ってんのか?」

『えぇ〜せっかく見逃してあげたのに』

うん。血の匂いに煽られてるからさっさと帰ろうと思ったのに…止めたのはそっちだからね?ゾクゾクした感覚に笑みが溢れる。こないだの奴等より遥かに手応えがありそうだ。

脳味噌から指先まで流れる全ての血が叫ぶ。殺せって。本能の叫びに身を任せて傘を構える。怯えたように後ろに下がる隊士達の前で刀を構える副長から隊長格。さあ1歩、と踏み出しかけた瞬間に足元に撃ち込まれた銃弾。

『残念…また遊んでね?』

くるりと背を向けて路地裏に飛び込む。後ろから制止の声が聞こえたが、すぐに聞こえなくなった。






『阿伏さんっ』

「ったく、このすっとこどっこいが…」

『へっへっへ…』

頭を小突かれたが気にせず腰にかじりつく。溜め息を吐かれたが頭をグリグリと撫でてくれた。

「強い奴が居ても手を出すんじゃねぇ…団長じゃねェんだから」

『私から手を出したんじゃないもん』

「だからって殺そうとすんな」

路地裏から出て適当な店で土産を買う。マジであったし大江戸バナナ。20箱くらい買っておく。すぐに真撰組が捜索してくるだろう。手配書が配られたら動けなくなる。この髪は目立つから。

「自分の買い物は良いのか?」

『またズラ被って来るから』

なんなら真反対の赤にしてやろう。男装するのも楽しそうだ。うきうきと色々考えているとまた呆れたように溜め息を吐かれた。

「良いなぁお前さん、何でも楽しそうで」

『だってね、阿伏兎さん…いつか皆死ぬんだよ?殺すか殺されるか、はたまた事故か病死か、もしかしたら自殺か。とりあえず生まれた瞬間に生物は死を背負わされる』



だからせめて、悔いなんか残らないように


『楽しまなくっちゃ、全て』

ニコリと阿伏さんを仰ぎ見ると驚いたような顔をしていた。きょとんと見上げると頭をぐりぐりと撫でられる。

「お前さん、やっぱり変わってるな。まるで1回くたばった事があるような台詞じゃねぇか…」

『へっへっへ…』

「…褒めてねぇんだがな」

背中に飛びついて首に手を回す。体重全てがかかっているのに、阿伏さんは全く気にした様子もなく歩き出す。

『楽しいなぁ』







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