『う、ぇ…』

体のだるさと冷たさに覚醒させられる。眠っていたいのに、暖かい掌が首筋を優しくなぞる感触が眠らせてくれない。その温度が死にかけた体で唯一生命を感じさせてくれた。

『けほっ、おぇ…』

…何だか体が苦しくて、足掻いて、手を伸ばす。近くにあった暖かい腕にすがり、爪を立てる。固く締まったの腕が徐々に気道を狭め、息が詰まってきた。

ぼやけた視界に映るのは、鮮やかな…

『だ…ん、ちょ…?』

「…あり?生きてた?」

『えッ、ゲホッ!!』

急に空気を吸い込んで肺が悲鳴を上げる。全身を使って咳き込んで、涙が溢れた。ガンガン痛む頭でベッドに座った男を睨み付ける。首に巻かれた包帯が痒くて苛立ちのままに引き剥がした。

乾いた血が付いたガーゼと包帯を団長に向かって投げ付けてやった。軽く交わすかと思いきや、片手で受け止められる。凝固した血液をまじまじと見詰められ、何をするのかと首を傾げた。

『ゲッ…』

「うーん、やっぱり甘くないよね」

『美味しい訳ないでしょうが…』

ガーゼに貼り付いた血の塊を歯で削ぎとり咀嚼する団長を半目で睨み付ける。危ない、この人危ない。あ、人じゃなかったねお互い。

「あの男に殺られかけたんだってね」

『・・・ああ、そうでしたね』

狂気と憎悪に塗れた隻眼。その眼光と同等の鋭さを秘めた刀の切れ味は身を持って味わった。あのほんの瞬きのような一瞬に感じたのは、恐怖ではなく・・・

「アオ…何で、」

―――――――笑ってるの?

『ふふっ…うふふふふふっ…』

アイツと戦うのは楽しかった。戦いというにはまともに相手になってないと言うか、相手にはされなかったけれど。あの一瞬に感じた本物の殺気に、眼光に魅了された。

「ふぅん…惚れちゃったって顔じゃあないね?」

『いんや、惚れちゃったかなぁ〜』

片手で両目を塞ぎながら天井を仰ぎやりたい、と呟いたら団長が瑠璃色の瞳が見開かれた。アオの口が楽しそうに笑んでいる。指の隙間から覗いた空色の瞳の底で狂気の炎が揺れていた。

『ね〜?阿伏さん?』

「へーへーそいつに殺られかけてたってのに女ってのは分かんねェもんだ」

両手に肉が山盛りの皿を持った阿伏さんが溜め息を吐きながら入って来た。芳ばしい匂いに自然とお腹が鳴った。差し出される前に両手を伸ばして皿を受け取る。ジワリと唾液が分泌され、流し込むようにして胃に入れた。

「うん、良い目してるね」

『?』

「早く強くなってよ、アオ」

ニッコリと微笑んだ団長に阿伏さんが嫌そうな顔をした。確か団長て…殺す相手に笑顔を見せていた気が、

『・・・殺るんですか、私を』

「ねぇアオ…強くなったらヤろうよ」

『嫌ですよ痛いの嫌いですモン』

「大丈夫、優しくシてあげるから」

見事に会話が噛み合ってない。2人の会話を見詰める阿伏兎は口をひきつらせた。同音異義語って恐ろしい。つかもしもアオが(殺り合う意味で)了承したのなら嬉々としてこの場でおっ始めそうな団長が一番怖い。


『いえ団長と殺り合うんなら阿伏さんの方が良いです』

「・・・・・・なんで?」

『上手そうだから』

手加減が、と付け足したと同時に団長が物凄い目で阿伏さんを睨み付けていた。冷や汗をかきながら片手を上げて降参の格好をした阿伏兎がじりじりと下がっていく。団長と阿伏兎に物凄い爆弾を投げ付けたアオは不思議そうに首を傾げながらご飯を掻き込む。

「へぇ…阿伏兎の方が良いの?アオは」

『団長だと殺されそうなので優しく殺ってくれそうな阿伏さんが良いです』

「おい止めろアオ!!!俺が団長に殺される!!」

制止の声は虚しく部屋に響き、爆弾を投げまくる本人はさっぱり意味が分かってない。くるりと振り向いた団長は、すこぶる良い笑顔だったと阿伏兎は後に語ったと言う。

「そっか…阿伏兎、覚悟は良い?」

光速で襖を蹴って逃げ出した阿伏さんを追う団長を横目で見送りアオは布団に横になる。撫でた首筋にはもう瘡蓋さえなかった。ふと、痕は残るのかどうか気になった。

『…あ、団長』

「なに?アオ」

何故か血塗れの団長に首を傾げつつ疑問を問い掛ける。

『首に切り傷は残ってますか?』

「・・・残ってたら、どうするの?」

『いや、綺麗に消えてたらそれはそれで良いんですけど…なんか残念だなって、』

薄く桃色の線を指先でなぞりながら笑うアオに神威は思う。いずれその傷は消え失せるとしてもあの男によって付けられたのは体の傷と、もう1つ。

「うん、傷物にされちゃった礼はしないとね」

雛の刷り込みの如くアオの網膜にはあの男が強烈に焼き付けられている。自分が銀の侍に惹かれるように、アオもあの男に惹き付けられるのだろう。予感ではない、確信だ。

…悪い事に自分達とは違いアオは雌だ。あの男に良いようにされかねない。なんだかお気に入りの玩具が横から取られるような感覚に神威は陥った。

「ねぇアオ…あの男とヤり合う前に俺とヤろうよ?」

『え?順番関係あるの?』

「何言ってんの、大有りだよ」

『殺り合ったって言ったら一番最初の戦場が1番最初じゃないですか?』

「…え?アオ、ヤられたの?」

『…え?殺られたって言うか殺ったじゃないですか私が』

「・・・なるほど、そういう事か」

団長が目を見開いた直後、溜め息をついた。意味が分からないと項垂れる団長を見下ろす。しかし暫くした後、思い付いたように笑顔を向けた。

「ねぇアオ?手加減して優しくしてあげるからヤろうよ」

『…痛くしませんか?』

あまりにしつこいので了承しかけると素敵な笑顔で両肩を掴まれた。団長、目が怖いです。食われそうです。2つの意味で身に危険を感じます。殺し合いで貞操の危機ってどういうこと。

「…何してんだ団長」

「あ、邪魔しないでよね〜阿伏兎」

『阿伏さん良いところに!』

何故かボロボロの阿伏兎の登場に貞操の危機!と両手を伸ばして救いを求める。呆れたようにガリガリと頭を掻いた後に抱き上げてくれた。安全地帯に逃げ込んだ事に安心して団長を見下ろす。何だか不服そうな表情の団長。

「…アオは俺より阿伏兎が良いの?」

『阿伏さんの方が、フガッ』

良い、と呟く前に阿伏さんに口を塞がれた。手は塞がっているので頭を胸に押し付ける形だ。体温と鼓動が嬉しくて首に手を回す。それと同時に背後から殺気、阿伏さんが硬直したのを感じた。

「阿伏兎、俺をおちょくってんの?」

「ほ、ほらアオ降りろって…!」

『嫌〜だって団長降りたら殺るでしょ?』

「もちろんヤるよ」

『だから嫌です』

「いやそしたら俺が殺られるから、命の危機だから」

「阿伏兎なんかヤらないよ気持ち悪い」

『ほら団長殺らないって、安心だね』

「お前ら…」

なんだかんだで会話が成立してるのが怖い。お前ら筆談しろ。嬉しそうに首にかじり付く青の髪の向こうに夕日色の修羅が見える。阿伏兎は逃げ出した。鬼ごっこにキャッキャと喜ぶのはアオだけである。





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