『・・・なんだかなぁ、』

硬いながら妙な軟らかさを持った物に腰を掛ける。溜め息を付いて足をブラブラさせて空を見上げた。青空の欠片もない見事としか言えないような曇天。

『意味が分からないって、の!』

「ぐえふっ!!」

背中から襲って来た変な生き物の喉に手に持っている物を突き刺す。まるで生き物のように吹き出した赤黒い血を横目に汚れた傘を降り下ろした。歪んだ赤い線が地面に引かれる。

『死んだよね多分、』

ドシャリと音を立てて落ちた肉の塊。数秒前には生き物だったものは既にただの蛋白質とかに成り果てた。

魂が存在するのかどうかなんて知ったこっちゃないし、興味もない。だけども魂が思念体として存在するのなら、この不可解な現象にも説明が付くような気がする。

『夜兎だよなぁどう考えても』

くるりと右手で回すのは赤い番傘。たぶん元は青かったんだと思う。微妙に紫っぽくなってるから。周りに散らかったのは大量の肉の塊たち。襲って来たのでビックリして殺した。気が付いたら立っていたのは自分だけだったからそれにもビックリした。

『う〜ん…輪廻転生か、はたまたトリップなのか』

学校帰りに寄ったカフェ。友達の恋愛談を聞くのは実に楽しかった。甘い甘いラテを飲みながら笑いあう私達。その上に降り注ぐのは柔らかい黄昏だったはずなのに、

建設中の高層ビルから落ちた鉄骨が吸い込まれるようにカフェに刺さった。私の上に。うん、確実に即死だ。ニュースは大騒ぎに違いない。キャスターがきっと無感情に私の死を悼んでくれるだろう。

死んだ私はここで息をしてる。心臓は定期的に脈打ってるし、頬の上で生暖かい血が固まる感触も感じ取れる。

確かに、生きてるんだ。

『多分、銀魂の世界だよなぁ…』

番傘に、蒼白に近い肌。他者を圧倒的に淘汰出来る力。チャイナ服だし、さっき襲って来た奴らも天人だと思うし。

意味が分からないけど、生きてるって事は素晴らしい。

『あれか?やっぱり夜兎って事は春雨の団員なのか?』

不意に感じた疑問と共に自分がこの状況に対して柔軟に受け入れている事に驚く。普通はもっと嘆いたり悲しんだりするんじゃないんだろうか。

そういえばさっき天人を狩り殺した時も恐怖は全く無かった。

―――感じたとすれば、獲物を追う興奮と…命を奪う歓喜

いやマジで夜兎って戦闘種族なのね。前はスプラッタ全然ダメだったのになぁ…やっぱり人間じゃなくなったのか。もんもんと考え続けていると不意に体が勝手に動いた。

『…!!』

「ありゃ?避けられた」

「おいおい団長、ソイツ仲間だから止めてくれよ…殺そうとするの」

『…団長?』

「ね、これ全部アオがしたの?」

いつの間にか椅子代わりにしてた死体は赤い番傘に砕かれていた。本能的に危険を感じ取った体は間一髪で飛び退き現れた彼らと対峙している。やはり見覚えのある2人。

「確かお前さん、夜兎のくせに今まで殺しをした事無かったって言ってたのな…嘘だったのか?」

「事務専門って言ってたから期待してなかったけど…面白いね、アンタ」

つまり私はやっぱり夜兎で春雨団員なんだけど、事務専門だったと。それで多分今回が初任務だったのに、この惨場を作りだしてしまったのか。

この夜兎は随分と優しい性格だったらしい…何歳か知らないがこの年まで殺した事が無かったと。“元”人間な筈の私は夜兎になって数分で殺したんだけどね、本能のままに。

「使い物になるんなら文句はないでしょ?阿伏兎」

「へーへー文句はありませんよ。初めてにしちゃ上出来すぎて釣りが来らぁ…さっきまで兎らしく震えてたと思ったが、アンタもちゃんと夜兎だったんだな」

「確かにさっきまでとは別人みたいだ…ちゃんと夜兎の目をしてる」

―――――戦いたくて、殺したくて堪らないって目だ…

「アンタ、気に入ったよ…」

「おいおい団長…まさか」

「最近世話係うっかり殺しちゃったし、丁度良いでしょ」

うっかりって何ですか手が滑って世話係にでも刺さったんですかコノヤロー。

「はぁ…団長の気紛れに付き合ったら日が暮れちまう。アオも災難だと思って諦めろ」

『…災難、ですか』

「アンタは俺に寄ってくる馬鹿女とは違うし、戦えるし、一石二鳥って奴でしょ」

なるほど、確かに神威はイケメンだと思う。血筋万歳…あ、お母さんに似たんだねパパは禿げだったから。でも残念ながら私の趣味は…

『阿伏兎さんが良いな』

「…なんか言ったか?」

『いえ、何でもないデス』

おい何だ神威さんその驚いた顔は。聞こえたのか今の台詞。そうさ私は年上のお兄さんからオッサンが好きだ。同級の草食系より三千倍カッコいいと信じてる。

「アオ…頭打って本能に目覚めたのは良かったけど、趣味が悪くなった?」

まるで塵を見るように見上げる神威に苦々しい表情の阿伏兎。

「趣味が悪いって団長…どういう意味だ」

「そのままだよ。」

「・・・」

『めげないで阿伏さん、応援してるから』

「あ〜ありがとよ…」

「アオ、腹減ったし帰ってご飯食べようよ」

『賛成〜』

「まてこのすっとこどっこい、次の任務が入ってんだよ」

「え〜どこで?」

「地球だよ、ここからじゃ近いからな」

「地球のご飯は美味しいからね」

『やった〜地球!』

「あり?アオ地球行った事があったかな?」

くるりと不思議そうに振り向く団長にとびっきりの笑顔で返事を返す。

『私、地球が大好きなんです…多分前世は日本人だったんですよ』

「…なんだそりゃ?」

「アハハ!夜兎になる前は侍だったの?アオは」

『そうですよ〜』

「へーへー何でも良いが仕事だけはしっかりしてくれよな」

『は〜い』

「アオ、何が美味しいかな」

「仕事だって言ってんだろうが!」

『お寿司食べましょう団長!』

「・・・はぁ、飯食ったらきっちり仕事してもらうからな」

やれやれと溜め息をついた阿伏兎に従い歩き出す。いつしか雨が降りだしさした傘から赤が流れ落ちる。あ、やっぱり青い傘だった。

「アハハ、アオが紫になってるネ」

『?』

「ったく、団長じゃあるまいし頭からどっぷり血を被るんじゃねぇ」

『…ああ、髪ですか』

ポニーテールになってる先を摘まむと確かにガビガビで斑の紫になっていた。戦いの興奮覚め行く今は空腹と休息が欲しくなった。お風呂入りたい。

「さて、地球に着くまで5時間だ…それまでに準備しとけよ」

『はーい』

もすっと軽く頭を撫でられ頬が緩む。やっぱり阿伏兎好きだ。おっさん大好き。

神威が塵を見るような眼で阿伏兎と私を見てくるが気にしない。傘を背負ってもぎゅっと右手に抱き付いておく。

『へへへっ…』

「ったく、しょうがない奴だな…」

ずるずると引き摺られるようにしながら船に向かう。雨に流されて髪の元の色が現れた。水色とも海の色とも解らない青色。

―――――生まれたての青…

「ん?なんか言ったか?」

『いんや、何でもないです』

人間は母親の血を身に纏ってこの世に生まれ落ちる。ならば、自らの血に塗れて死んだ私はこの世界に産まれ直したのだ、他者の血を浴びて。

『楽しいなぁ…』

「おいおい、もう殺しの味を覚えたってか?お前さんもどうしようもなく夜兎だな…」

『へっへっへ…』

「誉めてないって」

「アハハ、目の前でイチャイチャするのは止めてくれないかな殺したくなるんだけど」

何故か笑顔で傘を振り上げた団長からダッシュで逃げる阿伏兎の腕に捕まったまま空を見上げる。

『楽しいなぁ…』

この世界で、何をして遊ぼうか?





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