身を斬る様な冷たい風のなか、深い紺色のコートの中で眠る幼子は酷く温かく感じる。息はしやすいように、だが風には当たらないように注意を払って抱き直す。


無垢な寝顔、愛しい男の面影を残す娘。脳みそにもあの馬鹿の面影が残っていないかどうかが心配だったが、どうやら杞憂だったようで安心した。


一見ただの崖にしか見えない場所を飛び上がり、小さな窪みに身を滑らす。固い土の感触はせず、中には水路があった…自然の地形と幻術が組み合わさり、敵にバレにくくなっている。


『・・・帰ってるのか』


奥にあるの気配は2人。気配があるといってもどうにか感知出来る程度で、2人の忍の技術の高さが知れる。


激流と言っても過言ではない水路を歩きながら進んでいく。気を抜けば押し流されそうなこの水路に暁のアジトがあると誰が思うだろうか。


『ただいま』


「…帰って来たか」


身の丈ほどの刀を持つ背の高い男に珍しく素顔の男。冷たい岩の壁を寂しげに蝋燭が照らしている。薄闇の中、紅い光が瞬いた。


「…敵地に墓参りとは酔狂な事をする」


『残念だが、墓参りだけが目的じゃねェよ』


「おや?他に何をしに行かれたんですか?」


『何だと思う?』


「ククク…楽しそうですねぇ…」


S級犯罪者に相応しい顔をしてますよ、と背の高い男が笑う。


「まあ良い…だがいい加減に決めて貰おうか、」


――――…その子供、どうする気だ?


「いままでの様にアジトには置いて置けんぞ」


『分かってる…』


優しく銀髪を撫でる女の顔に先程までの嘲笑など欠片もなく、ただただ慈愛に満ちた瞳が娘を見下ろしていた。


「…ふん、まあ良いだろう」


――――早速仕事に取りかかって貰おうか?


「やれやれ、人使いが荒いですねぇ…」


呆れた様な呟きとは裏腹に、男の口元には残忍な笑みが浮かんでいる。ザワリと刀がうごめいた気がした。


『・・・』


…いつも水の匂いがする男から、僅かに漂う香りに眉をしかめる。嗅ぎ慣れた、けれど慣れない香り。


『鬼鮫…墓だけは作ってやるからなァ?』


首を傾げてわざと上級の笑みを浮かべてやる。弾かれたように振り返った2人の男が酷く滑稽に見えて更に笑みを深くする。


「・・・やれやれ、怖いですねぇ」


―――――貴女のその死刑宣告、当たるんですよ…


「…相変わらず恐ろしい女だな」


『お褒めに預かり光栄です』


「飛段の時もイタチさんの時も当ててましたからねぇ…」


怖い怖いと肩を竦めた男の顔にはしかし、恐怖など微塵も感じられない。


・・・死など今更だ。他者を狩り殺す者達が穏やかな死を望む事などおこがましいにも程がある。


思い出せない程に奪った命の行方を考える。忍はもちろん一般市民を殺した事など数えきれない。


…善良な人々は死ぬと天国に行くらしい。


ならば、悪事を尽くした我々は何処へ行くのか。


・・・地獄だろうか?


数人の仲間が先に行き、待っているのならば地獄すら楽しみに思える自分はとっくに狂っているのだろう。


・・・飛段も、待っていてくれるだろうか?


無性にあの馬鹿笑いが聞きたくなって来た。


「ん・・・まぁま?」


眠たそうに目を擦りながら目を覚ました娘を抱き直し、鬼鮫に手を振らせる。


『ほら、鬼鮫おじさんにバイバイしな』


「・・・おじさん、ですか」


「ん〜?ばいばい?いってらっしゃいなの?」


『ん、ちょっと違うかな…さよならだ』


「なんで〜?」


『パパん所に行くから、な?』


「きさめもねんねするの?」


『そうだなぁ…』


「きさめ〜パパにはやくおきてって言ってね!!」


「・・・ええ、良いですよ」


死を理解出来ない娘…幼さ故に当たり前か。この子が大人になれど鬼鮫の優しさを知る事はないのだろう・・・永遠に。


子供は無邪気で怖いですねぇ、と呟いた鬼鮫と男が薄闇に消えた後に残されたのは腕に抱かれた娘と自分と…地下の男の3人だ。


『…ゼツ、久しぶりだな』


「あ、やっぱりバレてたね」
「ケハイハケシテタノニナ」


地面から生えて来た男。半身と半身が語り合う様子はいつみても不思議だ。


「ぜつ〜!!だっこ!!」


普通なら怖がりそうな物だが、銀はゼツをえらく気に入っている。…お母さんはちょっと将来が心配だ。


「銀久しぶり〜相変わらずちっさいね」
「アイカワラズウマソウダ」


黒いゼツの聞き捨てならぬ言葉に軽く睨みながらため息を吐く。


『食うなよ?』


「食べないよ〜怖いお母さんに殺されちゃうだろ?」
「スクナクトモイマハクワナイ」


上で交わされる物騒な会話を気にする事なく銀は上機嫌にゼツに抱かれている。


「そういえばどうするの?」
「ココニハオイトケナインダロ?」


主語を言わずとも視線の先を見れば何の事か分かる。


『良い事考えたからなァ…』


「わぁ、悪い顔だね〜」
「シカシドコニアズケルキダ?」


暁の情報を知る子供をマダラが放置する訳がない。もちろんそれを理解した上の話だ。


『…まだ内緒だ』


「え〜気になるよ〜」
「ココニオイトケヨ、セキニンモッテクッテヤルカラ」


『どんな責任だよ…』




「・・・何を遊んでる」


不意に影から現れた男に視線をやる。素顔のまま紅い目を不機嫌そうに細めている。


『はいはい行きゃあ良いんだろ』


ゼツから娘を受け取り滑らかな頬に口付ける。擽ったそうに笑う娘と額をくっ付けて抱き締めた。


『なぁ銀…』


―――――愛してるぜ?


「銀もまぁまあいしてる〜!!」


『・・・そっ、か…ありがとうな?』


「…まぁま?」


『俺も父さんも、お前の事愛してるからな?』


「銀もパパとまぁま愛してるよ??」


『それだけは忘れないでくれ…』


不安げに見上げてくる銀の真ん丸な瞳をチャクラを込めて見つめる。銀の瞳孔が暗闇の猫の様に拡がり、グッタリと倒れ込んできた娘を抱きしめる。


「・・・それがお前の答えか?」


『嗚呼・・・これが俺の答えだ』


力の抜けた体は酷く重く感じた。これこそが命の重さなのだろう。今まで自分が無造作に狩り殺して来た人々の命に重さなど感じた事などないというのに。


『…さて、最後のお仕事だなァ?』


「・・・ほう?お前、」


―――――自分からも死臭を感じたか?


『そういう事だ』


愛しい娘に母親としての最後の愛を





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