木漏れ日の鮮やかな風の心地いい昼時、立派な樹の幹に背を預けて足をブラリと足らした。けたたましい蝉の合唱が耳に痛い。

世間は夏休みだ。山の中にはクワガタとカブトムシを取りに来た少年達が走り回っている。虫籠の隣にDSがぶら下がっているのがなんともミスマッチだが実に現代らしい。

そんな子供達を見下ろしながら欠伸を一つ。高い樹まで蚊は来ないし、なかなか快適に暑さから逃れられる。

――――ただし、雫がここにいるのは避暑のためではない…

ふと、少年の1人が雫の座る樹の元に来た。カブトムシを探す瞳に遥の姿は映らない。目眩ましの法によって、少年の目には周りの樹と同じように見えている筈だ。

例え雫の姿が見えたとしても、少年には見えない。一般人である彼らの目には足元に肉片が散り赤黒い血の池が広がっていても、見えないのだ。

雫の片手に握られている血塗れの小刀も、夏のセーラー服を汚す赤も彼らには見えない。

血の池から走り去った少年達を見送る。足跡すら赤くなかった。対し、自分にこびりついた赤と腐臭は風呂に入っても取れないのだろう。

「長期休暇の正しい過ごし方とはああではないのか?」

『阿呆、女子高生が森で虫を追い回してたら可笑しいだろうが』

側の枝に立つ八雲が呟く。木漏れ日の中でも男の影が弱まることはない。境界線すら曖昧にそこに佇んでいた。

「ならば、妖を完膚無きにまで返り討ちにするのが正しい過ごし方だと?」

『…そりゃあ良い。夏休みの間だけで綺麗に妖がいなくなるだろうな』

少女が口元だけで笑うのを見下ろす。転がっている妖は雫の匂いに惹かれ、襲ってきた連中だ。幼少の頃から奴等に命を狙われ続けた雫が妖を嫌うのは至極当然の事だろう。

『・・・夏目だ』

熱く焼けたアスファルトの上を汗を流しながら歩く少年が目に入る。汗を流しながら、友達とアイスを食べて笑っていた。

「…楽しそうだな」

『そうだな』

ちなみに八雲が楽しそうと評したのは夏目の事ではない。友達と歩く少年を眩しそうに、でも愛しそうに見つめる雫の事を言ったのだ。雫自身は夏目の事だと思ったのだろうが。

「羨ましいか?」

『…羨ましいとは思わんな』

負け惜しみでもなく、雫はそうは思わない。単純に、夏目とは根本から違うのだと感じるからだ。

「妖力が強く、妖が見え、妖に追われる…性別が違えど同じだと思うが」

心を読んだように八雲が静かに問う。確かに立場は近い。けれど全く正反対の道を選んでいる。

『鳩と鴉、違いが解るか?』

不意に振り向いた雫が問う。瞬く瞳の強さは変わらない。少し考えてから、八雲は答えた。

「同じ鳥と言え…色からして違う」

『そうだ。同じ見鬼でも夏目と私は違う。綺麗な夏目と汚い私は違う。』

真っ白と真っ黒。子供でも簡単に見分けが付く。

『私は妖が大嫌いだ。奴等と共存しようとは思わん』

『夏目は苦心して妖と人間の仲を取り持とうとするのは知ってる、けど理解は出来ない』

何か話ながら歩く夏目達の後ろから獣のような妖が牙を剥いた。友達と歩く夏目は気付かない。

『滅せよ』

投げ付けた細い針のような物が妖を貫く。喉元を狙ったので悲鳴すら夏目には届かない。道路に倒れる直前に消え失せた妖を無感情に見つめる。

『夏目なら、多分殴って逃げるんだろうな』

襲われようと、命を狙われようと夏目は妖の命を奪おうとはしない。そこからして雫とは違うのだ。

「…護衛か」

いつの間にか現れた猫がこちらを見つめていた。目眩ましを無視し雫の瞳を真芯に射抜いている。ニコリと血で汚れた頬を歪めてやった。

猫を肩に乗せ、夏目は去っていく。木陰に座る雫に気付くことはない。

太陽の似合う夏目、血塗れの日陰に立つ自分。この状況が何よりも夏目との違いを表していると感じる。

『綺麗だね、夏目。』

いつか、妖を切り捨てる姿を見られるだろう。その時に夏目はどんな顔をするのだろうか。怒り、悲しみ、哀れみのどれか…いや全部かもしれない。

『帰ろう八雲。血生臭い』

ストンと高い樹から器用に飛び降りた雫の背中を見つめる。雫が少し離れてから、口を開いた。

「所詮、遥も墨を被った鳩だ」

――――――アンタと違ってな…

「おや、気付いていましたか」

「白々しい。最初から居ただろうが」

鮮やかな番傘を木漏れ日が照らす。太陽から身を隠すような男は酷く暗闇に映えた。

「アンタは根っからの鴉だ」

「知っています」

雫は夏目とは違うと言ったが、八雲から言わせれば2人は近い存在だ。この男と比べれば、2人はかけ離れている。

「夏目くんと雫…」

――――――強い血を持つ子供が出来そうですね

「・・・」

戯言か本気か、八雲には判断出来ない。確かに2人の血が混じればそうなるだろうが。

この男は鴉だ。妖を消すことも、邪魔になる人間を消すことも躊躇しない。一族の繁栄のため、手を汚す事を嫌わない。

「早く雫にもなってもらわないと…」

―――――お前の言う、鴉とやらに。

「いつまでも墨の鳩のままでは困る」

「・・・“アンタ”が困るのか?」

「ええ、あれ程の能力…捨て置くのは惜しい」

実に一族の当主らしい台詞だ。親族の情とやらは一片たりとも感じない。この男に比べたら妖のほうが余程人間らしいと思ってしまう。

「アンタは嫌いだ」

「奇遇ですね、私もです」

ニコリと感情の失せた顔は雫に似ているが、全く別の物だ。八雲は一瞬眉を寄せて、影に消えた。男も歩き出す。





残されたのは、赤い血の池だけ。





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