「愛してる」

これがたとえば星の見える夜景で告げられていたり甘いデートの後の台詞だったりするのなら、私の胸は大いに高鳴っただろう。ともすれば恋に落ちたかもしれない。

「…どけ、マダラ」

それが自室兼仕事場である部屋で隈が出来るほど根を詰めている最中であり尚且つ夜泣き寝小便の頃から知っている相手でなければ、の話である。

「なぜ、受け入れてくれない…」

「お前が私の弟だからだ」

何千、何百回と繰り返された問答にも関わらず弟でありうちは頭領であるマダラは項垂れてはいるが納得してはいないようである。しつこい。しつこすぎる。哀愁に満ちた顔は我が弟ながらまるで丹精込めて作られた芸術品のように美しいが騙されてはいけない。ここでスッパリ拒絶しておかなければこの場で即座に始めかねない。何を?ナニだ全く。

「兄さん…またここに居たの」

軽くため息を吐きながら下の弟のイズナが部屋を訪ねてきた。このどうしようもない弟を回収しに来たらしい。デスクに押し倒された私の上から兄を引き摺り落とし、2人の弟は去って行った。あとで可愛いイズナには羊羹やろう。甘い物は良いぞ。

「なぜ、雫は姉上なのか」

「天国の両親にでも聞いてくれ」

おおロミオ!どうして貴方はロミオなの?そんな答えようのない質問をする恋人だったら百年の恋も冷めかねない。理由は簡単。そう生まれてしまったからである。古ぼけた紙に綴られた運命に呪われた恋人達はそれでもお互いを愛し続けている。

「…で、たとえば私がお前の姉で無ければどうするつもりだ?」

自室のソファで寛ぎながら趣味である読書の片手間の暇潰しだった。文字から目を話さずに聞いてみるとゾワリとすぐそばでチャクラが渦巻いた。本は読んでいたページを閉じ、膝に落ちる。頬を自分とよく似た硬い髪が擽り、霞むほど近くに滴るような血の目があった。

「…分からないか?」

赤い目に悍ましい光景が見え隠れする。犯される私、泣き叫ぶ私、腹の膨れた私、子を抱いた私。絶望しかない私の傍らには必ずこの男が居た。

「馬鹿者」

ガン、と本の角で頭を叩いておく。一瞬で目の前の男の願望とも妄執ともいえる其れが消え去り不満げに眉を顰められた。

「お前が弟で無ければ、」

とっくに殺すなり逃げるなりしているよ。真ん丸になった赤い目に嗤う自分が映る。

「私はお前を愛してるよ、イズナと等しく」

弟として。そう告げると困惑したような視線が向けられる。可哀想な弟。生憎と私はお前のジュリエットにはなれない。抱き締めてやるとおずおずと腕が背中に回された。恋人達のそれに比べたらなんて幼稚で、拙い抱擁だろうか。私たちは子どもである前に、忍であることをうちはの一族であることを求められてしまったのだ。長子だが女である私に比べ、この弟は頭領たる器のために育てられてしまった。

愛を語る千手
力を語るうちは

長年争う我らの行く末はどうなるのだろうか。私はうちはが好きだ。マダラが、イズナが好きだ。千手柱間は強大であり、一筋縄で行く相手ではない。続く戦いに我らは倦んでしまった。

「私は行くよ、柱間の所に」

「なっ…!?」

「もう決めた。異論は許さん」

震える腕からスッと抜け出して部屋を後にする。静止の声も、哀願も聞こえぬふりをした。うちはと千手が手を結ぶ話が出ている。同盟などと言いながらも所詮は敵同士であったため、人質の交換がある。手っ取り早く一族の血の濃い者同士を婚姻させて仕舞えば話は早いのだ。頭領はお互い独身。そしてお互い姉や妹がいる。なんて都合が良い。私は勿論、おそらく千手の妹も覚悟が出来ている筈だ。この時代、我々の結婚は愛で結ばれるのではなく血で繋がれる。そして戦を減らしていくのだ。女は人身御供。子を残す生贄でしかない。そんなものだ。



「姉さん…兄さんは説得出来たの?」

「あの石頭をどうにかしろ」

グッタリとテーブルに張り付いているとイズナがお茶を差し出してくれた。なんて出来る弟なんだろうか嫁にしたい。あ、明日自分が嫁に行くんだった。

「頭領が認めなかったらダメなんじゃない?」

「上部はこの案に大賛成だからな。いくら頭領といえど無効に出来んさ」

「手回し済み、か…怒るよ兄さん」

「戦争が起こるより餓鬼の癇癪のがましさ」

ふうと吐息で茶を冷まし口を付ける。この婚姻が上手く行けばうちはと千手の戦は免れる。平和な時代など我々は知りもしない。だからこそ、その大切さを知っている。これ以上血は流すべきではない。

「姉さんは…」

「ん?」

「姉さんはそれで良いの?」

「…昔から、覚悟はしてたさ」

うちはの為に命を落として来た同士達。私はうちはの為に行くのだ。柱間は温和な男だ。たぶん無体はされないだろう。

「むしろマダラは何が不満なんだ?好敵手が義兄になるのがいやならべつに扉間でも構わんさ」

一族同士の婚姻であるため個人は問わない。夫婦間に愛が無くとも男女である限り子供は出来る。それで上出来だ。

「兄さんは…たぶん寂しいんだよ」

「子供か」

ゴチンとテーブルに沈んで呻く。いい加減姉離れしろ。良い年なんだからお互い。綺麗な嫁さん貰って可愛い子供作れ。ぼそぼそ呟くとイズナが眉を下げて微笑んだ。

「戦が無くなれば平和になる。子らは玩具の代わりに苦無を持つ必要がなくなり、女たちは家族の訃報に泣く事もなくなる。この結婚は平和への礎だ。」

だから、

「私は幸せだ、マダラ」

末の弟の頬を撫でてやるとそこから術が融解し、上の弟に代わっていく。複雑な紋様を描く瞳は 今は息を潜め、地の黒目が複雑そうに細められている。

「お前はうちはの幸せを選ばなければならない」

何よりも。それが頭領の義務だ。と呟けば手を重ねられて頬をすり寄せられる。俯いて表情は見えないが、納得した顔をしてない事は確信していた。どうした物かと溜息をひとつ。この弟の同意なしに行く事はなるべくしたくない。

「…姉上、」

勝てる気はしないがいっそ幻術でもかけてやろうかと考えていると小さく声をかけられた。相変わらず顔は見えない。

「なんだ…ッ!?」

一対の血が瞬いたのを目にした瞬間強制的に意識が剥がされていく。抗おうと振るった手が花瓶を倒し、破片と水がテーブルを濡らした。反射的に尖った欠片を握り込んで痛みに意識を集中して今にも閉じてしまいそうな瞼を開くように命じる。掴まれた腕を振り払って壁に寄りかかる。

「…行かせん」

「阿呆がっ!」

幻術でも体術でも頭領に叶う訳がなく、瞬身でなるべく遠くまで逃げ出した。ぐらぐらする視界に吐きそうだ。森の奥深くで苔むした木の根に倒れ込む。気配を消し、身を丸めた。チャクラを辿られればバレるのも時間の問題だ。

「…雫?」

「!」

突如話しかけられて苦無を向ければ目を丸くした千手柱間が居た。いつも戦場で見慣れた防具はなく夜着のままであり、そういえばこの森はうちはと千手の真ん中当たりの森だったなぁと思い至る。

「…なんだ、明日のわしとの婚儀がいやになって逃げてる最中か?」

傷付くなぁと笑う男に溜息を吐く。逆だ逆、と呟けば黒い目が細められた。昔っからこいつは苦手だ。嫌いな訳じゃあないが。

「…お前こそ婚儀から逃げてるんじゃないのか?」

フン、と鼻を鳴らせば口角を緩められた。そうではないらしい。幻術が解除しきれずくらくらする頭を木の根に預け男を見上げる。

「何から逃げてる?」

弟、と正直言うのも憚られて(あのバカ弟でも一応うちは統領だし)口を噤んでおく。このままこいつに頼んで千手に連れて帰って貰おうか。「明日が待ちきれなくて」とか適当に理由を付けたら大丈夫だろうか。だめだろうか。このままマダラに捕まったら監禁じゃすまない気がする。こないだ幻術で透かし見た事が現実になるのはごめんだ。

「ああ、お前には本当のことを言っておかないとな」

私、うちはの直系じゃあないんだよね。そう吐き出せば柱間が目を見開いたのが分かった。そう、私はうちはタジマの実の娘ではない。うちはタジマの弟の娘である。赤子の頃に両親を戦の最中に失い養女として引き取られた形になる。当時はマダラはまだ生まれて居なかったし当時の統領であるタジマは口外せず実の娘として育ててくれた。その事実を現在知っている人間は当事者である私しかいないだろう。イズナは勿論、統領であるマダラもその事を知らない筈だ。イズナはともかくマダラがその事実を知っていたらきっと普通の生活は出来ていないだろう。実の姉だからと過激なスキンシップで収まっている訳であって、従姉妹であると知られればきっと容赦はされていない。戦争真っ只中であり女の身でもそれなりに腕に自信はあるものの残念ながら弟たちの足元にも及ばないからだ。マダラがその気になれば歯が立つ訳がないのである。

「…初めて聞いたが、まさかマダラも知らないのか?」

その通り。無言で頷いておけば考え込むように片手で口を覆った。ああ、この仕草は戦の流れを考えるマダラとそっくりだなあとぼんやり見ていた。一族の頭領は皆そんな仕草をするのか、はたまた六道仙人から伝わる遺伝なのかも知れない。そろそろ長く意識を保つのが難しいかもしれない。掌の陶器の破片を力いっぱい握りしめる。

「千手から来る花嫁はお前の実妹だろう。真実を知って私との婚儀を断っても構わないがうちはと手は結んで欲しい」

「なぜ、俺に教えて弟には言わなかった?」

「…マダラは真実を知れば婚儀を断固認めやしない。理由は聞くな色々だ。お前は言い触らすメリットもないし、婚儀の後に伝えるのも卑怯だろう。」

この婚儀が上手く進めば戦争は消える。

「戦は嫌いだ。お前も平和を望んでいる。利害の一致で協力しろ」

お前に恋人が居るなら愛してくれなんて言わないから。血の交わりだけで文句はない。

「随分と寂しい事を言うんだな」

「自分の身の振りようで仲間の生存率に大いに影響するんだから寂しいも糞もあるか」

視界のピントが合わない。目の前の男の姿が弟にダブって見える。もう限界かも知れない。

「ここで真実が知れて良かった。もう少しでお前を手放す所だった」

話している途中で声が柱間とは違うものに変わっていく。聞きなれた声にぞっと血の気が引いて逃げ出そうとするも指1本すら自由に動かせない。やってしまった。一番知られたくない相手に自分から喋ってしまうとは忍び失格と言っていいだろう。覆水盆に返らず。力の抜けた体を大事そうに抱き上げられた。頬を擽る髪は漆黒に染めた絹糸のように柔らかくはなく、硬い毛先が撫でていく。

「愛してるよ雫」

「マダラ…よせ」

真紅に輝く瞳の中で紋様が揺れる。ああもう目を開けて居られない。背に回った腕が震えているのは歓喜故にか。目覚めた時に私はどうなっているのだろうか。冷たい唇に拒絶の言葉は吸い込まれて意識が遠のいていく。

「血の繋がりがないなら、作れば良い」

気を失う直前に、そんな言葉が聞こえた気がした。

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