「…」

『…』

見つめ合うこと数秒。獲物を見つけて細められた獣と逃げる事しか考えてない獲物の勝負は目に見えている。

「ククク…」

「晋助様…どうしたんスか?」

不思議そうに男に近寄る女は目に痛いようなピンクの着物を纏っている。2人並ぶと実に目が痛い。

「!小娘…またお前っスか!!」

『あ―、1日ぶりお姉さん』

射抜くような視線を生温く受け止める。その手が銃にかけられた瞬間に素早く荷物の影に隠れた。すぐ横の鉄板に綺麗な円の穴が空いたのを見つめ、溜め息を1つ。

『八雲、とりあえず銃をどうにかして』

「御意」

「っ…何したんスか!!」

命じた数秒後には八雲の手に綺麗に使い込まれた2つの銃が乗っていた。それを徐に片手で掴み、物陰から出て女に向ける。テレビや漫画などではありふれたソレは、予想以上に重かった。

「チッ…!!」

『さて、形勢逆転かもよ?お姉さん』

「素人が簡単に打てると思ってるんスか?甘いなっ…」

お姉さんの言う通り両手で構えてみても照準は合わないし、撃ったって当たる可能性は限りなく低い。ましてや人は動く。雫の弾に当たる確率は0に等しいだろう。

『的は大きければ大きいほど良いよね』

「!」

カチリと照準を合わせたのは倉庫に積んであった船の燃料。壁一面に並ぶそれらは素人が狙っても当たるだろう。悔しそうに睨みつける女に対し、男は楽しそうに口を歪めたままだ。

「自分達ごと吹き飛ばす気っスか?」

『あ―、私は痛いのが嫌いだからさ』

逃げるよ?と首を傾げるとお姉さんは忌々しげに目を細めた。もしも手元に銃があったら今すぐにでも撃ち殺したい気持ちでいっぱいなんだろう。目が殺意に燃えている。

『アンタだって犬死はいやだろ?』

「ククク…殺す気もないのにほざくな、糞餓鬼」

悠々と煙管を取り出して唇に挟んだ男が笑う。余裕綽々を絵に描いたように優雅に紫煙を蒸かしだした男に全て面倒臭くなってしまった。

『あ―、もう良いや』

逃げさせて貰う、と呟くと今度は男がゆるりと首を傾げた。いっそ妖艶な程の笑みに目を細める。男の考えが全く読めない。

「テメェはソイツと逃げりゃ良い…後ろの奴らがどうなるかは知らないがなァ」

『!』

思わず目を見開いて男を見つめる。その直後、ニヤリと男の口角が吊り上げられたのを見て悟る。カマをかけられたか。

「図星かァ?お嬢ちゃん」

『・・・』

自然な動作を心がけてローファーで地面を擦り付け、音を2回鳴らす。恐らく、彼方なら気付いてくれる筈だ。

ガコン、と鈍い音を立ててトタンの壁が蹴り破られる。顔を隠した2人と4匹の妖がそこから逃げて行く。ちらりと夏目の心配そうな目と合ったが、早く手で行けと促す。

「良いのかァ?一緒に逃げなくて」

『追いかけてくるだろ?ソイツら』

男の背後にある扉をゆっくりと指差す。驚いたような女とは対称的に男は楽しそうに笑みを浮かべたままだ。

「…ハハハ!!この俺に気付くとは小娘!!誉めてやろう!!」

物陰から何故か勝ち誇った表情で飛び出して来た男。晴明とは対称的に黒い狩衣を纏っている。側には嫌そうな顔をした犬が従っていた。

「稀代の天才、結野晴明を越えたこの俺に勝てると思うのか!?勝負を挑んだその心意気は認めてやる!!」

なんだか一方的に話が進んで行っている。しかもこっちが喧嘩を吹っ掛け行った感じなんだが。味方であろうピンクのお姉さんもウザそうな顔をしているぞオッサン、気付いてくれ。

「まずは小手調べだ小娘!喰らえ!」

札が何枚か男の手から放たれ、獣の姿を取って飛び掛かって来る。狼のようなソレの見た目は立派だが、ただの張りぼてだ。全く中身がない。

八雲が手を出す事もなく、手で叩き落として踏み潰す。紙風船を潰したような音が漏れた。

「…ハハハ!!まぁ加減してやったからな!!次はどうかな!!」

また飛んで来たのは燃える狼。焦ったのか火が強すぎてこちらに届く前に灰になって燃え尽きた。

『・・・』

「・・・」

半目で生暖かく男を見つめ、横目で八雲を見る。いつも無表情な筈の八雲も若干面倒そうな顔をしていた。

「・・・フッ、油断大敵だぞ小娘!!」

両手で数えられる程の札が飛んでくる。模様から動きを封じるような物が、体に貼り付いた。

「ハハハハ!!!もう動けまい!!泣け、叫べ!!許しを乞うが良い!!」

『・・・あ、剥がれる』

いつも通り動く指で簡単に札を剥がし、地面に落とす。地面で火を纏い灰になったソレを男は唖然と見ていた。

「クッ!!ならば虎の子!!行け!!犬神!!」

『…犬神?』

「ハハハハ!!良くぞ聞いてくれた!!コイツは俺が三日三晩かけて調伏させた犬神だ!!貴様の式なぞ足元にも及ばん!!」

「ワンワン!!ハッハッハッ・・・」

尻尾を降り愛想をしながらやってきた白犬の額には何かペンで模様が書いてあった。当たり前だが妖気は一切ない。

「ただの犬、だな」

『…だよね』

お座り、と命じるとキチンと側に腰を降ろしていた。最早冷たい目で男を見つめると冷や汗を垂らしながら新たな札を取り出していた。

「おのれ小娘!ならば貴様の式を調伏してやろう!!」

八つ当たりとしか思えない男の行動に溜め息すら出ない。封印らしき札が飛んでくるが八雲に届く前に灰になっていた。

「な、何故だ!!何故効かない!!」

『・・・ねぇオジサン、帰って良い?』

「小娘!!俺を無視するな!!」

『え、まだ付き合わなきゃいけないの?』

「おのれ!!馬鹿にしおって!!ならば仕方ない!!この俺を敵に回した事を後悔するが良い!!」

「・・・お嬢」

『…本領発揮、って所かな?』

何か呪文を呟きだした男の影からじわりじわりと闇が滲み出している。妖気の濃い匂いが鼻に届く。

「ハハハハ恐れるが良い!!奈落の底の妖だ!!」

『…オジサン、格好つけてる所悪いけど、後ろ後ろ』

「む!…何故だッ!!何故呼び出した俺を狙う!!」

あんぐりと口を開けた妖が男を喰らおうとしている。焦った男が慌てて逃げているが術者形無しだ。全く御し切れてない。男がどうなろうが知った事じゃないが、野に放たれた妖が悪さをするのはいただけない。

『あー、仕方ないなぁ』

取り出した札を投げつけて妖の動きを封じる。ギョロリとした目がこちらを射る。

『闇底に住まう者よ、光の世界は住処ではない。もとある世界に帰られよ』

ガリガリと落ちたコンクリートで鳥居の絵を書き、指差した。その絵を見つめた後、妖の巨体が揺らぎ倒れてくる。

思い切り地面に倒れたと思われた妖は一切の衝撃すらなく鳥居に吸い込まれて行く。妖が消えた後は鳥居の上に大きくバツを書いておいた。

「むむうっ!!まだ出てくるか!!」

唖然と此方を見やっていた男の足元にはまだ影が蠢いている。さっさと封印すれば良いものを…

「っ!!何するんスか!!」

『!』

振り向くと闇から飛び出して来たのだろう妖が女の足にまとわりついていた。牙を剥き、喰らおうとしている。

『…光よ、はるか天上より照らす日輪。闇より生まれしは彼。連れ帰られよ』

バチリと光が弾け、妖が消える。女に傷はないようだ。まだ男の足元には闇がある。

「なっ何をする!!」

『自分の尻拭いくらい自分でしろっ!!』

お清めの塩を足元にかけ、闇を浄化する。思い切り男の顔面にも塩をかけて怒りを発散させた。

「…誰っスか!偽物陰陽師連れてきたのは!!」

『もう帰って良いよね?お兄さん?』

「ククク…面白いモンが見れたからなァ、今回は見逃してやらァ」

「晋助様!?」

『帰ろう、八雲』

「御意」

少女と男が手を繋いだ瞬間、闇に紛れて姿が消えた。妖の祓い屋と言うのは本当だったらしい。残されたのは落書きのような鳥居だけだ。

「ククク…面白ェ餓鬼だな」

面倒そうな無表情が一瞬だけ崩れた瞬間があった。来島が妖に襲われるのを見た瞬間、苛立ちに紛れた怒りを滲ませ、即座に妖を祓った。敵であろうと、妖が人を襲うのは許せないらしい。

「来島ァ、万斉に伝えろ」

「はいっス!!」

久々に面白いモノを見付けた。暫くはそれで楽しめるだろう。飽きたら、また次の玩具を探せば良いだけだ。

「あの餓鬼、捕まえろ」



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