「来島ァ…何してやがる、手足ぶち抜いてでも動きを止めりゃ良いだろうが」

「!!す、すいません…」

『登場も台詞も物騒だねェお兄さん』

「…お嬢、俺の後ろに」

八雲の背中に隠される。漆黒の着物からは森の匂いがした。後ろから金髪の女だろう足音が聞こえる。八雲はともかく、雫は戦えない。

『あー、くそ…相手が妖なら容赦なくぶちのめすんだけどな』

生憎と雫は祓い屋であって、人殺しではない。邪魔な人間を躊躇いなく害するあの男とは違う。

「捕らえろ」

命じられた部下達が雫を目掛けて走って来る。うんざりと溜め息を吐きながら取り出した墨で描いた紙に吐息をひとつ、手を離した。

ニュルリと影が顔に模様の書いた紙を付けた人形になる。それなりに高度な術である彼らを敵に向かわせ、雫は路地裏に走った。

「待つッス!!」

人形に銃を捕まれた金髪の女が叫ぶ。八雲と晋助様とやらが斬り合いを続けていた。アイツは放っておいても大丈夫だろう。戦力外の自分がいない方が戦いやすい。

スカートから長い足を閃かせ、路地裏の暗闇に飛び込む。遠くに見える光を目指して走り出した。

「…お主は不思議なリズムを奏でている」

『!!』

不意に聞こえた男の声。振り向こうとした遥の項に衝撃が走り、呆気なく身体は倒れた。徐々にボヤける視界にサングラスの男が見えた。

「調度良いでござるな…晋助への土産にするか」

人を土産にすんな、と思いつつ遥は意識を手放した・・・




「!」

時同じくして、八雲はグレーの瞳を見開いて路地裏を見詰めた。相手の異変に男も刀を下げる。人形は形を失い、ハラリと紙が舞い落ちた。呆然とした八雲を見つめ、次に路地裏を眺めた。

「・・・万斎か」

「雫…」

現れた男の腕の中に少女の姿を見付け、射殺さんばかりの視線を向けた。憎悪と殺意の込められた視線に万斎は総毛立つ。今にも斬りかかりそうな八雲に向かい、男は呟いた。

「殺しはしねェ…お前が此方の言い分を聞けば、なァ?」

「雫を殺す前にお前ら全員食い殺す。傷付けても殺す。楽に死なせて貰えると思うなよ、人間」

唸るように呟いた言葉はどこまでも低い。地の底から獣が呻いているようで、高杉以外全員が後ろに退いていた。高杉はただ、唇を歪めているだけだ。

「何、簡単な事だ…船に乗れ」

「晋助様ッ?!」

「テメェらも見ただろうが、コイツの実力を…気に入った」

「・・・」

「餓鬼の子守にしとくにゃ惜しい…まァすぐにとは言わねェよ」

―――――直に狗が来る…

遠くでサイレンの音が聞こえる。徐々に近付いてくるソレに八雲は素直に頷いた。今の状況ではこの男に従うのが得策だと悟ったのだ。

先ほどまで雫が腰掛けていた木箱を部下たちが船に詰め込んでいる。取り引きの品があの木箱だったようだ。

少女を男の腕から奪い返し、怪我がない事に安堵する。気絶させられただけなのだろう。呼吸も落ち着いていた。

男に誘われ…八雲は鬼兵隊の船へと足を踏み入れた。




とりあえず、と与えられたのは牢獄の一室…座敷牢だ。本当は雫と八雲を別々に入れる予定だったようだが、八雲の無言の抗議に部下の男は顔を青くして去っていった。もしかしたらあの色眼鏡の男か煙管の男に殺されるかも知れないが、八雲にはどうでも良いことだ。

夏の真夜中だが、檻の中は酷く寒い。布団に転ばせて置いたらすぐに風邪を引いてしまうだろう。暫く迷った後、薄い掛け布団を巻いて抱き抱えた。八雲は妖なので本来体温などないのだが、温度調節など容易い事だ。

さて、これからどうなるのか…八雲の腕を買ったあの男は人殺しを命じるだろう。しかし雫は人間を傷付けるのを嫌う…むしろ恐れている。あの男の立つ位置まで堕ちるのを拒んでいるのだ。

八雲の主は雫だ。あの男が脅そうが何をしようが雫を死なせる気はない。それが契約、八雲の全て。

腕の中で眠る少女は暫く眼を覚まさない。慣れぬ世界でいままでろくに休んではいないのだから。暫しの休息も必要だろう。

「せめて夢の中では安息を」

右目に口付けを落とし、八雲はゆっくりと瞳を閉じた。




『・・・』

ぼんやりと辺りを見回す。見慣れない景色に首を傾げつつ、欠伸をひとつ。久しぶりゆっくり休めた気がする…

「目が覚めたか」

覗き込んできた灰色の瞳を見つめて数秒…漸く目覚めてきた脳味噌が最近の出来事を思い出す。拉致られたか…

「とりあえず飯を食え、何も入ってない」

視線で示された所にあったのは2つの膳。ご飯と漬物のみだが、食わぬよりはマシだろう。八雲の毒味の跡が残るそれらを平らげた頃、金髪の女がやって来た。

「晋助様がお呼びッス」

錠を外され2人で外に出る。大人しく付いて行きつつ、辺りを見回す。当たり前だが出口らしきものは見当たらない。船に横穴開けるしかないか、と物騒なことを思いながら徐々に奥に進んで行く。

「ここッス・・・オイ小娘」

振り向いてギッと睨み付ける女を無感情に見返す。

「晋助様に何かしたら許さないッスよ!」

『あー、私から人間に危害を加える気はないから』

両手を肩まで上げてヒラリと揺らす。八雲は何も言わない。人間を傷付けるなと言い含めてある。

―――――ただし、契約は優先されるだろうが…

自棄に派手な柄の襖の前に辿り着く。恐らくこの奥に隻眼の男が居るのだろう。紫煙と憎悪と、血の匂いがした。

前髪を掻き上げつつ、溜め息をひとつ。襖を開く。中は酷く暗い。闇が口を開いていた。

『行こう』

「御意」

静かに主の部屋に踏み入れた2人を見送る。また子が入る事は許されていない。主に何かあったら…と心配はあるが、河上と役には立ちそうにないが武市先輩が付いている。

「晋助様…」

また子は暫く、襖の前に立っていた。




「来たか…」

暗闇に行灯、薄暗い部屋に人影が3つ。紫煙を漂わせているのが晋助様とやらだろう。1人はあの時のサングラスの男と・・・

『うわぁ…』

思わず声が出たのは許して欲しい。暗闇も合間って能面のような顔が酷く不気味に見える。むしろコイツ妖だろ…右目に映らないから人間のようだが。

「人の顔を見て声を上げるとは失礼なお嬢さんですねぇ」

『…そりゃあ失礼した』

視線で促され畳に座る。傍に八雲が座った。何かあっても直ぐに対処出来るように。

『…で、何の用ですか?』

単刀直入に、聞いてみた。サングラスと能面が虚を突かれたような顔をする。紫煙の男は愉快そうに唇を歪めただけだった。

「これはこれは…気の強いお嬢さんだ。恐れもせずに、何の用とは…」

3年ほど前なら良かったんですけどね、と呟いた男の表情は変わらない。台詞からしてロリコンだ。大変気持ち悪い。

『アンタらと天人の取引を邪魔した覚えはない。彼処を歩いてたらちょっかい出して来たのは彼方さんだ。部下の躾くらいしといて頂きたい』

「ククク…面白ェ餓鬼だなァ」

気分を害したかと思ったが、男は笑んだままだ。微笑みではない、愉悦と嘲笑に歪んでいる。危険な男だ。あの男と同じか、ソレ以上に危ないようだ。

「ならば、あの晩我々の船に乗り込んで来たのは?」

サングラスの男が静かに問う。虚に呑み込まれ、この世界に墜とされた時だ。言い逃れしにくい質問に、雫は内心溜め息を吐く。

『私は妖の祓い屋だ。』

今の言葉に疑いの眼が向けられる。真実を話す気は更々ない。異世界から来ました、と言われて信じる人間はまず居ないだろう。事実、自分が体験してなければ雫も異世界など信じない。

「ほう?妖とはまた面妖な…」

『信じない信じないはアンタらの勝手だ』

妖みたいな面をして何を言うか。

『あの晩も妖退治をしてたら巻き込まれてな、この船まで飛ばされた。』

「それを我々が信じるとでも?」

『さっきも言ったが信じる信じないは自由だ。私は私の真実を話しただけ』

事実、雫は一言も嘘を付いていない。ちなみに事実とリアリティのある嘘も織り混ぜたら見破られにくくなるのだが、嘘を吐くには雫はこの世界の事を知らなさすぎた。

「ククク…確かに嘘は付いてねェな…」

――――――ただし、

「本当の事を話した訳でもない、だろ?」

バレたか、と内心舌を巻く。表情は一切変えない。翡翠の隻眼が雫を鋭く射抜く。心を読まれるような視線に冷や汗が流れた。

「あの面妖な術からして陰陽師か何かとは思っていましたが…妖の祓い屋ですか」

「話してる間もリズムは乱れておらぬ…事実でござるな」

…お前は嘘発見器か?

「まァ良い…どこかの組と関係は無さそうだ」

『私はヤクザと一切関係はないよ』

「「・・・は?」」

何言ってるのコイツという視線が痛い。え、私何か変な事を言った?思わず八雲に助けを求めると目を逸らされた。テメェ後で覚えてろよ。

「ククク…お前、俺らが誰か分かってなかったのか?」

『え、だってどこの組かって…』

「我々は鬼兵隊…過激派攘夷浪士の集団ですよ」

『あー、なんかテレビで見たことが…』

電気屋の前のテレビで大々的に放送されていた。テロとか天人殺害とか幕府重鎮殺害とかとりあえず物騒な放送には鬼兵隊という名前があった気がする。

――――――とりあえずヤクザよりも危ないって事ですね分かります…

『…まあ、これで用は済んだよね』

帰らして貰う、と呟いた瞬間サングラスの男が刀を抜いた。同時に八雲も刀を構える。一気に物騒な雰囲気になった部屋に溜め息をひとつ。

「ここで見す見す逃がすとでも?」

『今の今までアンタらの存在を知らなかった私達が何か出来るとでも言うのか?』

「何かあってからでは遅い、不安の芽は早めに摘むのが定石でござろう」

『確かにそうだな…だけど素直に摘まれてやるほど殊勝な性格じゃあない』

殺されるのは御免だ。この場を八雲に任せ、襖に手を伸ばす。カタリと引っ掛かった襖に思わず目を見開いた。

「ククク…逃がしゃしねェよ」

背後に回られ両手を取られる。ガチリと拘束され一切抵抗が出来ない。首筋に冷たい物が当たり、温い液体が伝う。少し斬れたようだ。

「動くな、この餓鬼の命が惜しけりゃなァ…」

ククク、と喉を鳴らして笑う男を振り返りながら睨み付ける。整った顔は美しいが黒髪に包帯、着物といいあの男との共通点に不快感が募る。

「・・・」

八雲は目を見開いて固まったままだ。視線の先には高杉に囚われた雫…の首筋。薄く切られた皮膚から流れた赤い血がセーラー服を汚した。

八雲の背後からサングラスの男が刀を降り上げた。八雲が避ける様子はない。刀が背中をパックリ裂こうとした瞬間、サングラスの男が驚いたのが分かる。

じわりじわりと八雲の着物から闇が滲む。刀を絡め取られた男が飛び退いた。その直後に男が立っていた場所に闇が突き刺さる。滲み出した闇が八雲の背後に漂い、異常な風景を産み出した。

「オイオイ…ありゃあ何だ?」

珍しく驚いたような声で男が呟いた。部屋の半分以上が八雲の影で埋め尽くされる。靄のような、影のような、本来は触れられはしないものが確固たる形を成して八雲の背後で蠢いていた。

『八雲だよ。ソレ以上でもソレ以下でもない』

―――――――“影鬼”と呼ばれ、人も妖も食い漁った

『闇から生まれ落ちた、妖だ』




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