「つうか妖の捜索ってどうすんの?」

「網と煮干し持って路地裏探せば良いネ!」

「いや飼い猫探しとは訳が違うからね神楽ちゃん。晴明さんにも分からない事を僕たちが調べるなんて無理じゃないですか?」

「バカヤロー新八、だからお前は新八のままなんだよ!」

「一度受けた依頼はやりきる…それが万事屋銀ちゃんアル!!」

「いやカッコつけたってダメだからね?ただ依頼料使いきったからやるしかないだけだよね?」

数時間前には太っていた封筒も今は中身なくペラペラになっている。目の前の机にあるのは大量の食べ物のゴミだけだ。

「大体俺は信じてないぜ妖とか見えないモンは信じてねェしな」

「銀さん、ジャンプ逆ですよ」

「バババババカヤロー今流行ってんだよ新八知らねェの?」

「知りませんよ今作った流行りなんて」

「…あれ?銀ちゃん後ろに」

「ギャァァァァァアアアアア!!!!!」

ソファからスタイリッッシュに飛び退いた銀時を冷たい目線で見下ろす2人。騙されたと気付いた銀時は誤魔化そうと咳払いをするものの2人の表情は変わらない。

「やっぱり銀ちゃんビビりアル」

「バカヤロー、今のは蚊が耳に飛んできたから避けたんだよ」

わざとらしく蚊を追う仕草を見せる銀時に神楽は巣昆布の空箱を投げ付けた。床で目を閉じていた定春が目を覚まし、吠える。

「どうしたネ定春?ご飯アルか?」

「・・・あれ?銀さん、後ろに・・・」

「新八ィ、さすがにもう騙されないぜ?」

「邪魔をする」

「ぎ…」

第二回目の絶叫に、下から営業妨害するんじゃないよ!と野太い声が聞こえたのは言うまでもない。





「あ、さっきの…」

音もなく銀時の背後に立っていたのは依頼人に付き添っていた黒髪の男性。グレーの瞳が黒い髪にやけに映えていた。

「驚かせてすまない…依頼に来た」

「?依頼はもう聞いたネ」

「いや、」

――――――これは“俺”の依頼だ…

「…聞くだけは聞くぜ?受けるかどうかは内容によるがな」

「簡単な事だ、――――…」








「銀ちゃん…どうするアルか?」

「どっちを受けるんですか、」

「馬鹿野郎、俺だってなぁ混乱してんだよ…なんだアイツ」

机に置かれた封筒。先ほどと同じ位の厚さだ。しかし誰も手を伸ばす様子はない。男は現れた時と同様、いつの間にか消えていた。少女は妖探しの依頼をしたが、アイツも妖じゃないんだろうか?

「・・・」

いつもながら面倒な事になったと銀時は溜め息をついた。












『当たり前だが見付からんな』

「思ったほど妖自体知られてないようだな」

妖を探していると言えば不審がられる事も少なくなかった。自分のいた世界も妖は知られていなかったが、天人と呼ばれる宇宙人が闊歩するこの世界で妖が知られてないのはなんだか矛盾してる気がする。

『嗚呼鬱陶しい…』

苛々と前髪を掻き上げると八雲が灰色の瞳を細める。

「気付いたか…お客さんだ」

夜の船着き場は人気なく、波の音と潮風しか感じられない。そこに隠しきれてない気配が蠢いていた。

「お嬢ちゃん、こんな夜中にどうしたの?彼氏とデートかい?」

「妬けるねぇーそんな優男放って俺達と遊ぼうぜ?」

現れたのは異形の天人達。どうやら何か後ろ暗い事をしてたようで、各々武器を持っていた。面倒事は嫌いなんだがな…

『…一応聞く、虚を知っているか?』

「うろぉ?…ああ知ってるぜ、お嬢ちゃんあの男に捨てられたのかい?可哀想になあ…」

『話にならんな』

「俺ら待ってる間暇なんだぁ〜良いことしようぜ…その前に、」

兄ちゃんは邪魔だぜ、と槍を構えた狗に倣い武器を構えだす天人達。対する八雲はその場に立ったままだ。

波止場にあった木箱に座る。見物に入った少女に苛立ち天人達は一斉に飛び掛かった。八雲は刀を抜かない。

着地したのは足ではなく、頭から。叩き付けられた衝撃で全員が虚ろな眼であらぬ方向を睨んでいた。

『刀くらい抜いてやれ』

「下種に用はないだろう」

八雲は一歩も動いていない。刀を抜く所か指すら動かしていない。けれど天人を叩きのめしたのは間違いなく八雲だ。

『つくづくお前が敵じゃなくて良かったよ、八雲』

「俺はお嬢の下僕だ。それが契約、俺の全て」




「死ぬまでは、雫の味方だ」




僅かに口角を吊り上げた八雲の赤い舌が覗く。薄い唇の奥に白い犬歯が見えた。その奥に、喰われた眼球が見えた気がして無意識に右目を押さえる。

昔々、的場の誰かが契約した。自分に遣えれば右目をやると。しかし、契約に下った妖の口に右目が入る事は無かった。妖にくれてやる物はないて契約を違えたのだ。

いつしか使役した男は死に、他の者が継いだ。ならばと狙った右目は再び、口に入らなかった。その男も死に、次の当主に目をつける。いつしか、的場当主の右目を狙うようになった。

ある日、当主交代の儀があると聞いた。当然乗り込んだ妖が狙ったのは継いだばかりの若い男。まだまだ少年から抜けてないような男だった。

貼り付く呪符をはね除け、右目に手を伸ばす。長い爪が瞼を傷付けた。待ち望んだ極上の餌に喉が鳴る。赤い血は酷く甘かった。

『兄様に触れるな!!』

叫んだ少女は十に満たぬ程。しかし放たれる術は周りの大人達を凌駕した。右目を抉ろうとした腕を止められ、子供を睨もうとした瞳が捕らえたのは、幼い瞳に怒りと殺意を満ちさせた少女。怯える大人を無視し、妖を真っ向に睨み付けていた。

的場の直系だと嗅ぎ取り、今度は少女に手を伸ばす。まさか自分を狙うとは思ってなかったのか、きょとんとした顔が酷く幼かった。



そして、何百年と待ち望んだ右目を…



『私を死なせるなよ、八雲』

「御意」

『寿命が来たらくれてやるから』

真っ直ぐ見つめる瞳の強さはあの頃と変わらない。的場から追われても母親が狂っても澄んだ瞳が濁ることはない。

痩せた体躯は脂が少ない。だが白く薄い皮膚の下に流れる血潮の芳しい甘さを八雲は知っている。残された左目も右目と同じ味がするのだろう。臓物も骨も髪もきっと、甘くて美味いに違いない。

雫の右目は八雲が喰らった。今の右目は八雲が与えた物だ。人間や弱い妖には左目と何ら変わりはしないように見える右目。しかし強い妖には鮮やかな灰色に見える。

…八雲と同じ、冬の曇天の色だ。

雫も知らない執着の証。灰色が瞬く度に八雲の心は満たされる。雫の一部は八雲の中に、八雲の一部は雫の中に。

「アンタはどこも最高に旨そうだ」

『…頼むから摘まみ食いだけは止めてくれよ』

下らない戯れ言を交わしつつ雫は漆黒のうねる波間を除き込む。写り込んだ月が千々に裂け、混ざり合う。虱潰しに虚を探しても一向に手掛かりは見付からない。酷使し続けた脚が怠く感じた。

「しかし、“待ってる間”とは…」

『間違いなくろくでもない事だろうな』

夜中に人気のない場所で武器を所持している天人。面倒事に決まっている。速攻立ち去るのが正しいだろう。

「・・・お早いお着きだな」

『…なんか見覚えある気がするんだが』

低く唸るような音を立てて船が着水する。船に塗られた赤い塗料にやたら見覚えがある…嫌な予感ほどよく当たるのは何故だろうか。

『帰るか』

「御意」

全てを見なかった事にしたくなり雫は船に背を向けた。引っくり返った天人を横目にペタリと一歩。もう一歩進んだ所に火花が散り、小指程の穴が空いた。

「止まるッス!!」

『…やっぱダメだよな』

うんざりと振り向いた先に眩しい金髪。2つの銃口が迷いなくこちらを射抜いている。

「貴様らァ!!どこの組織の回し者ッスかァ!!答えるッス!!」

『…明らかにヤバい組織の奴の台詞だな』

「アレか?ヤの付く自営業か?」

『ちょ、おま、どこで覚えたその台詞』

「何ごちゃごちゃ言ってるんスか!!撃ち殺すッスよ!!」

パンパンと容赦なく足元を撃たれる。これ以上ふざけていたら次に撃たれるのは地面では済まない。

『あー、そちらに撃たれるような覚えはないんだが』

「しらばっくれても無駄ッスよ!!この鬼兵隊の船に乗り込み、今度は取り引きの邪魔をしておいてまで白を切るんスかァ!?」

『鬼兵隊に、取り引き…ねぇ?』

嫌な臭いがプンプンする。口を歪めて笑うと金髪の女が目を細めた。カチリと小さな音を立てて、銃口が上に向けられる。恐らく頭部か胸部などの急所に狙いを付けたのだろう。

「お前は危険ッスね…」

『なんか聞き覚えがあるなその台詞』

ここに堕ちた原因の妖を思い出して眉間に皺を寄せる。

「大体晋助様も晋助様ッス…敵かも知れない女を殺さずに捕まえろって…危険過ぎるッス!!」

『あーそしたらお姉さん…』

―――――――私、撃っていいのかな?

ニッコリと微笑むと金髪の女は顔を青くし、口をパクパクと動かした。鮮やかな赤の着物と相まって金魚のようだ。

「いいいいい今のは嘘ッスよ!!」

『さてと、帰るか』

「ちょ!!待つッス!!」

後ろからの叫び声を無視して街に向かって走り出す。彼女が“殺さずに捕まえる”とは“無傷で捕まえる”事だと信じ込んでいる間に逃げる為に。

もちろん、殺さずに捕まえろとの命令らしいから、手足撃ち抜いても死なせずに捕らえれば何の問題はない。

『…えらくあっさり引っ掛かったな』

走りながら呟く。彼女は根が素直なんだろう。有難い事に簡単な話術に簡単に引っ掛かってくれた。しかしあの格好は女性には良くないと思う。腰が冷えるぞ。

「…雫っ!」

珍しく声を荒げた八雲に驚いて反射的に足を止める。直後に思い切り手を引かれて八雲に抱き留められた。耳元で激しい金属の悲鳴が響いたが、胸元に頭を押し付けられて何も見えない、解らない。

「やるじゃねェか」

これまたつい最近聞いた覚えのある声。何処か楽しんでいるような呟きに、八雲が警戒してるのが分かる。

「…お前は、」

「晋助様!!!」

『おいおい…まさに前門の虎、後門の狼ってヤツか?』

紫煙を靡かせ、ニヒルな笑みを浮かべる男。どこか見覚えがあるような男が、刀を抜いて立っていた。





prev next

bkm
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -