『シンの!?』

廊下の向こうからパタパタと駆け寄って来たのは小さな小鬼。新緑の瞳を嬉しそうに瞬かせながら桐の箱に包まれた色鮮やかで柄の多い着物を見ている。勿論、これは子鬼の物ではない。

「確かに晋助のモノでござるが…」

『シン湯編みだから持ってく!!』

嬉々として着物を奪いさって行った子供の真意は分からないが、仮にも女児(?)が男湯に入るのは如何なものか。子供に向かって「股開け」と言い放った高杉も誉められたモノではないが。いい勝負だあの2人。

「…泣かされなければ良いが」

晋助はあれで大人気ない所が多分にある。小鬼が何をするか見当も付かないが、恐らく晋助にやり返されるだろう。そんな予感がした。







『シン!上がった!?』

「糞餓鬼、入る前に声くらいかけろ」

『見られて困る?』

「後ろ見ろ」

『…あ、』

振り向くと廊下でまた子が倒れていた。鼻血を吹き出したらしく床や壁に赤が散っている。ちなみに高杉は風呂上がりで全裸である。小鬼が開け放った扉から憧れの人の肌が見えたから脳が容量オーバーになったようだ。幸か不幸か小鬼の後ろにいたから下半身は見えてないだろうが。

『よくわからん』

とりあえずといった仕草で扉を閉めた小鬼の腕には新品の着物が持たれている。確かに自分の物だが小鬼が持って来た理由が分からない。

『シン!着替えて!』

何故かそうねだられて新品の着物を差し出される。意図が掴めない行動だが、こないだ仕立てさせたばかりの物だから袖を通しておいた。

「これで満足か?」

『うん!!』

感極まったとばかりに抱き着いて来た小鬼は額を胸の辺りに擦り付けて来た。やけに嬉しそうな子供を怪訝に思いつつも頭を撫でてやる。戯れに陶器のように滑らかな白い角を指先で辿った。

『い〜匂い』

やたら鼻を鳴らしていると思ったら匂いを嗅いでいたらしい。狙いはコレかこの餓鬼。煙草を嫌う子供は今でこそくしゃみはしなくなったモノの、喫煙中は絶対に近寄って来ない。

『シン!毒止めよう!臭いから!いい匂いが勿体ない!』

こいつの言ういい匂いは美味しそうな匂いらしい。死にかけた時にこの餓鬼に食われずに済んだのは長年愛用し続けた煙草のお陰だ。もし喫煙者で無かったらこの餓鬼の腹に収まっていたのだろう。気が付いて早々にこの餓鬼に残念そうにそう言われた。

「煙草止めたらテメェは何する気だァ?」

『もちろん!!』

食う、と元気よく返事をしようとパカリと口を開けた小鬼の頬を両手で包み引き寄せる。薄い桃色の唇に口付け、舌を絡ませた。きょとんと瞳が見開かれた直後に涙がポロッと零れ落ちた。

『うわぁ―――――ん!!!!!』

唇を離した直後に子供が泣き叫んだ。口を押さえて頬を赤らめながら涙を流す姿は正しく唇を奪われて羞恥に見舞われた乙女だが、実際は違う。紫煙に慣れた己でもほろ苦く感じる舌で存分に口内を舐めてやったのだ、大嫌いなヤニの味で相当苦いのだろう。

「ちょ、ロリの泣き声とは何事ですか!」

「…晋助、大人気ないでござるよ」

『おぇ〜ま〜ず〜い〜!!』

鼻から赤いモノを垂らす武市を当然の如く無視した小鬼が万斉にすがり付く。泣く小鬼をあやす万斉から非難の視線を向けられた高杉は全く意に介した様子はない。

『に〜が〜い〜!!』

「ほら、あーんするでござる」

舌を突き出して苦さに泣く小鬼を宥めて口を開けさせる。ぽいっと投げ入れたのは桃色の飴玉。子供が口に広がる甘い味に途端に笑顔になったのは言うまでもない。

『へへ〜万斉は良いヤツ!!シンはいじわる!!ハレンチ!!』

「…何をしたのでごさるか?」

「誰が破廉恥だ糞餓鬼。躾だ、躾」

躾と聞いて鼻血を爆発させた武市を誰もが見ていなかった。腰に抱き付いて高杉を睨む小鬼を撫でつつ万斉は溜め息を吐いた。

『シンに口吸われた!!』

「ぶっ!?」

ハレンチだ!と怒る子供から主に視線を移す。軽く軽蔑を込めた眼差しに気付いたのか鬱陶しそうに返事が帰ってきた。

「俺が喰いたいとか抜かしやがったから口ン中舐めてやったんだよ」

「…それで苦い、と」

方法がどうあれ、煙草が大嫌いな小鬼にはさぞ効果があっただろう。しかし他に手段はなかったのか晋助。お前までロリに走られたら鬼兵隊はどうな…

「…万斉、そんなに斬られてェのか?」

「はて、拙者には何の事か解らぬ」

飴玉ひとつで機嫌が直った小鬼は煙管を取り出した晋助を見て即座に逃げ出した。脱衣場に転がった武市と廊下に転がった来島は放って置こう。

「あんまり苛めては可哀想でござるよ」

「苛めてねェ、遊んでやってんだろ」

「…どちらが子供か解らぬな」







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