『・・・なんかすぅすぅする』
子供の踝まである長い髪をどうするかについて賛否両論あったが、結局は鶴の一声ならぬ高杉の一言で決まった…鬱陶しいから短くしろ、と。フリフリのリボンやらレースつきのカチューシャを準備していた武市はその瞬間に泣き崩れたが勿論みんな無視していた。
ちょうど顎のラインで切られた髪は万斉によって小刀を振るわれた賜物だ。また子の緊張の余り震えるハサミは肌をも切り裂きそうだったため却下された。武市はなんていうかもう…論外だ。
「渾身の出来でござるな」
「ショートボブっぽくて可愛いんじゃないっスか?」
「意外に短髪もe「消えれば良いのに」…突然標準語とは何事ですか猪女」
周囲の騒がしさを無視して昼間っから日本酒を煽る総督。流石に飲酒しながら喫煙は出来ないので子供も傍によってツマミをかじっていた。酒に合うように味の濃いソレに喉が乾いたのかお猪口に手を伸ばす子供を高杉は横目で見ただけだった。
「ちょ!晋助様ダメっスよ!!」
『あぁ〜』
子供が酒を含む前に猪口を取り上げるまた子。子供はひどく悲しそうな声を出す。玩具を取り上げられたような涙目に見上げられ、また子は良心を痛めながら高杉に訴える。
「良いじゃねェか…好きにさせろ」
「子供にアルコールはダメっスよ!!アルコールは成長期の脳にダメージを与えるってこないだテレビでしてたっス!!」
「鬼は酒に強いとも聞くが…」
『飲〜み〜た〜い〜っ!!』
駄々をこねる子供を余所に幹部達の酒論議は続く。勿論高杉は参加していない。
「つかぶっちゃけ何歳なんスか?」
「いやあの子は見た目からして幼女…ごふん、ロr「もう黙って下さい変態」だから標準語止めろって」
「晋助いわく、見た目よりだいぶ長く生きてるそうでござるが…」
「ソレって結局は酒が飲める年なんスか?」
「…晋助、どうなんでござるか?」
振り向いた3人に見えたのは仲良く日本酒を煽る主と子供。心なしか高杉は上機嫌で酒を薦めているようだ。子供も頬を僅かに赤らめながらもお猪口を置いて酒瓶ごと煽っている。唖然とするこちらを余所に2人は楽しそうだ。
『お〜いし〜っ』
「イケる口だなァ、オメェ…」
「晋助様…」 「晋助…」 「晋助殿…」
「あァ?喜んでんだから良いだろォが」
酔ってはいないし…まぁ良いか、と論議がアホらしくなってきた幹部達は諦める。自由奔放というか単に我が儘というか我が道を突っ走る主を持つと部下は引き際を悟るのだ。
『・・・ん、』
早くも酒瓶を空にして手慰みに遊んでいた子供の動きが止まる。同時に高杉も細めた隻眼を襖に向ける。じわじわと翡翠の瞳の瞳孔が拡張していくのを主のみが気付いていた。
「…おやぁ?変わった匂いがするねぇ…」
するりと開いた襖から現れたのは盲目の男。既に子供に気付いているようだ。不穏な空気にまた子が僅かに眉間に皺を寄せる。
「岡田…遅かったっスね」
「お仕事って奴さね」
「それにしては血の匂いがするでござるな」
「ちょいと昂っちまってねぇ…まぁだ納まらないん、だよ!!」
「「「!!!」」」
血油を粗く拭っただけの刀が煌めく。切っ先が向けられたのは、子供。生臭い刀が振られるのに白い喉から赤が噴き出すのが見えた気がした。
「ガッ…!?」
ガヂャン!と鈍い音と共に緑色の破片と朱の飛沫が飛ぶ。子供が酒瓶を岡田の頭に叩き付けたのだと気付いたのは数秒後だった。いつの間にか岡田の後ろにいた子供は容赦なく呻く男の首筋に向け鋭い破片を振りかぶった。子供の顔に表情は皆無で、瞳だけが燃えるような殺意を秘めている。
「…止めだ」
ピタッと動きを止めた子供の首筋に吸い付くように白刃が突き付けられている。恐ろしい程迷いのない太刀筋が目で追えたのは恐らく万斉だけだろう…ただし、その刀を受ける事が出来たかと言うと難しい所だが。
『・・・シン?』
「せっかくの酒を不味くさせる気かァ?」
まだ残りのある酒の名前は「黒龍」。高杉が好むだけあってかなりの名酒だ。比例して値段も張る物だ。ちなみに去年の事だが、この酒をうっかり落として割った男はうっかり首も落とす破目になった。もちろんこの男によって、だが。
『…まだ飲むっ!!』
「いい加減にしろやテメェ何本目だと思ってやがンだ」
ポイッと持っていた瓶の口を後ろに投げ捨てた子供は素早く高杉の隣に戻り中身のある酒瓶を抱き抱える。高杉も刀の代わりに猪口を手に持ち、飲み直し始めた。
「・・・ねぇ万斉」
「・・・なんでござるか?」
豹変した子供。呆気なく昏倒した岡田。畳に散る赤と酒瓶の欠片。何事もなかったように飲み会を再開する2人。うっかり酒瓶の口を食らって倒れている武市。突っ込みたい所は沢山あるが…なによりも。
「今の晋助様って…岡田を守ったんスよね?まさか本気で酒を不味くさせられたくないから止めた訳じゃないっスよね?」
「・・・そうだと信じたいでござるな」
『シンまっかっか〜!!』
「オメェ…ザルか?」
『ざるか?…それよりもっとのんでいい?』
「…餓鬼にコレは勿体ねェ。安酒飲んでろ」
血の海を背後に飲み合う2人を眺める万斉とまた子。この後片付けは一体誰がするのか・・・まだまだ続きそうな雰囲気を察し、そのうち目覚めるであろう武市に片付けを擦り付け楽しそうな2人を尻目にそっと襖を閉めた。
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