「・・・ほう、」

「・・・え?」

『・・・ん?』

「「『・・・』」」

3人の間に奇妙な空気が流れる。片方は浮浪児の成りをした薄汚い子供。もう一方は能面の面をした男と露出の多い女だった。どちらも「え?どなたですか?」と言わんばかりの視線を送っている。

それも当然…ここは世間で恐れられるテロリスト集団の船なのだから。そんな所に子供がいる筈もない。不意に、子供の視線が逸れる。

『あ、その黒いの…』

「!!お前、何者か知らないっスが…」

子供の視線の先には、愛用の銃。それを見て我に返った女はそれを子供の頭に向けた。長く縺れた髪で額なんて見えやしないが、ぶち抜けば確実に命はないだろう。

『ちっちゃいてつはう?』

「!!」

スポッと小さな両手の人差し指が銃口に差し込まれる。細い指は根元まで入り込んでしまった…女の顔が強ばるのを縺れた髪の間からじっと緑色の瞳が見つめていた。

「…この餓鬼ッ!!」

銃口を詰めると暴発するのは周知の事実。この子供の指も千切れ飛ぶが、自分は手首から先が無くなってしまうだろう。

緑の目が静かに見つめている。子供特有の無垢な瞳に酷く居心地が悪い思いがした。ふと何かに気付いた子供が首を回し、薄暗い通路の先を眺める。

「・・・何してやがる」

「!しっ『シン!!』」

んすけ様、と続けようとしたまた子の声に子供の声が重なる。不機嫌そうな主の名前を気安く呼んだ子供に目を剥いた。

「晋助殿…ご無事ですか?」

「お怪我はないっスか!?」

1月ぶりの主の姿に安堵の様子の武市の問いに高杉は答えない。子供が指を抜いて主の側に寄るのにまた子は反射的に銃口を向ける。瞬間、高杉の視線に気付き渋々と銃を下げた。

「シン!!変なのが居た!!」

「・・・あ?」

「ダイブツが居た!!ほらっ」

スッと指を差した先に居たのはもちろん武市。また子は思わず吹き出した。高杉の顔は変わらない。武市は少しだけ寂しそうだ。

「この餓鬼何者っスか?」

『アイツはゆうじょか?』

「!?」

自分に向けられたあんまりな言葉に再び銃を向けても子供はけろりとしたまま続ける。

『おんながきやすく肌を見せるのはそーゆー仕事ってまー君言ってたぞ!!』

「誰が遊女っスか!!」

「そうです猪女が遊女と一緒にされるなんて…遊女が可哀想です」

「撃ち殺すっスよ」

『なぁなぁ、アイツらシンの友達か?』

「・・・」

騒がしい2人を横目に我関せず、と煙管を蒸かす高杉からゆっくり離れながら子供が問う。その背後から現れたヘッドホンにサングラスの男が高杉の横に立った。

「騒がしいでござるな」

『ばんさいのそれもけっこうさわがしーぞ?』

「ふむ、お主も聞くでござるか?」

『ん、ここまで聞こえるからいい』

「・・・万斉殿、その子は?」

鬼兵隊総督、幹部を恐れもせずに話す子供。名前を呼び捨てにしても許されると言うことはどういう立場の子なのか…身形は貧しいが。

「…晋助、何も教えておらぬのか?」

綺麗に視線を逸らしたままの主に溜め息を一つ。クエスチョンが浮かぶ2人に仕方なく説明をしてやった。

「こやつは晋助の恩人でござるよ」

「…この餓鬼が?」

まともに生活さえ送れてなさそうな子供を胡散臭そうに眺めながらまた子は呟く。武市も不思議そうな目で見て…いやいつもと変わらない目だった。

「…信じられないっス」

「まぁまぁ、まずは格好を整えるべきでは?」

「正論でござるな、」

「と、言うわけでお嬢さんこちらへ…」

「待つっス変態!!…てか女の子だったんすか!?なに考えてるんスかロリコン!!キショッ!!」

「ロリコンじゃありませんフェミニストです。私はただ身形を整えるために言っただけです。」

「…女だったのか」

「晋助…お主まで…」

『なぁ!ダイブツが鼻から赤いの出してるぞ!』

変わらない表情のまま鼻血を垂らし手招きする武市先輩は心の底から変態だと思いました。

「はぁ…とりあえず風呂に行くっスよ」

『ふろ?』

「…行ってこい」

『はーいッ』

紫煙を燻らせながら命じた高杉から子供は高速で逃げた。もちろん風呂場とは逆方向だ。

「ちょっ!どこ行く気っスか!!」

追いかけられてきゃっきゃっと喜ぶ子供とそれを必死で追いかけるまた子。不毛なレースが今…始まった。

「さて私は可愛い服の準備を…」

「・・・常識の範囲内で頼むでござるよ」





「ししししし晋助様ァアアアアアア!!!!」

とりあえず部屋に集まった幹部たちの元へ悲鳴と共に喧しい足音が近付いてくる。

障子を蹴り倒す勢いで飛び込んで来たまた子の手にはしっかり子供が繋がれている。破れた障子にひっそりと万斉が涙を流したのは誰も知らない事実だ。

「銀髪でござるか…」

綺麗に洗われた髪は淡く光を反射する銀だ。一瞬、死んだ目の銀が脳裏を過ったが、直ぐに消えていった…磨かれた銀ではなく月明かりに映える薄といった所か。

「“鬼”らしくて良いじゃねェか…」

ククク、と喉を鳴らした主に2人は目を剥いた。万斉は変わらず佇んでいる。張本人の子供は表情を変えた2人を不思議そうに眺めているだけだった。

「…知ってたんスか?」

「知らずに連れて来る訳があるめェよ」

「“鬼”とは…一体どういう事ですか?」

「言葉通りだ…また子、見せてやれ」

「!は、はいっス」

長い長い髪に指を通して持ち上げる。額の近くの肌が表れ、そして。

「角が…」

白い白い鋭利な角。獣の牙のようなそれは正しく額から生えている。高杉と万斉の表情は変わらない。驚きを隠せないのは武市とまた子の2人だけだ。

『…シン、腹減った!』

じっとするのに飽きた子供が空腹を訴える。その表情は普通の子供と変わらない。

「飯を用意させろ…」

――――喰われちゃ困るからなァ?

『やったー!!ご飯ー!!』

自室に向かう主を無邪気な鬼が後を追う。





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