追われた鹿のように勢いよく、不敵な笑みを浮かべた松永の前に飛び込んで来た少女。最早止められない雷を纏った己が刃越しに真ん丸の瞳と視線が交差する。

一瞬だけ見えた澄んだ栗色の瞳には恐怖も憎しみも映ってはおらず、只々決意に燃えていた。

屈曲な男の筋肉や鍛えられた鎧すら抉る刃は容易く少女の薄い腹に吸い込まれて行く。雷と濁った赤に塗れた切っ先を満足そうに眺めた松永の足元にズルリと崩折れた少女を某然と見つめる。仲間であろうに、松永は微笑んだまま見下ろすだけだった。

「っおい!しっかりしろ!」

体の中心から止めどなく溢れて行く命と共に腕に抱いた少女の体が軽くなっていく気さえしてしまう。気にも止めてない様子の松永を睨み付けると虚を見ていた少女が力なく身動ぎをした。

「まつ、な…さま」

「何かね?」

どんどん色の失せていく唇で必死に事の葉を紡ぐ少女を見下ろす松永は笑んだままだ。既に激痛も越したのか綺麗な瞳を松永に向けて

「やっ…と」

笑って下さいましたね。

驚いて紙の様な顔色の少女を見やると確かに微笑みを浮かべていた。松永も表情を変え少女を見下ろしていた。

「いま…で ありが…う ござ…」

「もう喋るな!」

吐息が途切れていく。栗色の瞳はもうどこも見ては居ない。死はもう目前だった。少女は満足したのか、力が尽きたのか動かない。

まだ裳着も終えたかどうかの年頃の少女が死を覚悟している事実が何よりも悲しい。

「風魔」

風と共に少女の姿は消えた。残されたのは流れ落ちた命の名残のみ。気付けば松永も姿を消しており、立っていた辺りに龍の爪が置かれていた。






私は松永様に拾われた孤児でした。ありふれた村のありふれた夫婦に育まれた私はある日ありふれた戦に村を巻き込まれ、たった1人になってしまいました。

この時代、ありふれた出来事です。

幼いながら死を悟った私は腐敗し始めた両親の間に身を横たえその時を待っていました。そこに現れたのが松永様でした。

城へと連れ帰り看病だけでなく女中として居場所を下さった松永様はその時から私の神様でした。

でも私は知っていました。松永様は、決して慈悲で私を生かした訳ではない事を。

松永様は物を愛でる事を好まれます。それが他者の物であろうと手に入れ、心いくまでそれはそれは深窓の姫君のように大切にしておられます。

そして愛で終えたなら、そこでお仕舞いです。価値があろうと無かろうと、飽きればまるで道端の石ころのように地に叩き付け、壊してしまわれるのです。

松永様は自分の愛でた物を決して他者に譲ったりはされないのです。

今まで松永様が愛でていた物は必ず壊されてまいりました。こないだ壊れた物は、私より前に松永様が手に入れられていた物の最後の一品です。松永様は規則正しく壊されます。今では松永様の最古参の物と言っても誤ちではないでしょう。

松永様はいつも笑みを浮かべて撫でて下さいます。きっと、この手に撫でられた茶器も私のように嬉しく思ったに違いありません。

愛でた物を我が手で壊すその瞬間に、松永様は心より笑みを浮かべられます。

私が壊されるのも近いでしょう。ですが不思議と恐怖も悲しみもないのです。

なぜなら、本来の私はあの時両親の間で死んでいるからです。松永様に救われてからその先の私は間違いなく松永様の物です。ですから、壊されるのも通りだと思っているのです。

しかし、楽しみでもあるのです。今までの物と同じく、壊された瞬間のあの心からの笑みを、一瞬だけ私だけの物と出来るのですから。

松永様は少し前に、龍の爪という刀を手に入れられました。そして本来の持ち主がここまでやって来ているそうです。

私より新しい物が来たなら、私は不要になるでしょう。

今、松永様が私を呼んでいるそうです。心なしか探しに来た三好様の瞳が哀れんでいるように感じられます。

いざその時に、言えなかったならいけないのでこの日記にも書いておくとします。もしもの時、すべて捨てられてしまう前に誰かが、松永様が気付いてくださる事を願って。

今までありがとうごさいました。
私は間違いなく、この日の本で一番の幸せものでした。心より感謝をさせて頂きます。

では行って参ります。






「本当に愚かな子供だ」

戦後に気紛れに拾った子供。村を襲ったのは我が軍だとも知らずに言われるがまま小さな手を差し出して来た幼子

戯れに愛で、自分の言葉に容易く一喜一憂する様が面白くて飽き性の自分にしては長く持った方だ。物は愛でても人を愛でたのは子供が初めてと言っていい。

茶釜を愛でるように小さな頭の形を確かめるように触れた時の嬉しそうな顔と言ったら!脈打たぬ彼らと同列に扱われた事も知らずに笑む子供が酷く愚かしく気紛れに側に置いてやった。

奥州の竜には6本の美しい爪があると噂に聞き興味を持った。それはこの手に抱く価値があるかどうか、確かめたくなった。奥州の双竜は調べれば調べるほど正義とやらを大事にしているらしく、思わず失笑を禁じ得なかった。

こないだ割った茶碗は誰の物だったか。不意に思い出し、いつも側に置いている少女の方へ視線をやった。いつものように笑みが返ってきた。

何の罪も持たない無垢な幼子を双竜の爪にかけさせたら彼らはどんな顔をするだろうか。正義とやらを大事にする彼らだ。驚き、悔み、悼み、そして間違いなく怒り狂うだろう。容易く想像出来たが、それらを実際に眺めるのは一興だろう。

親の様に慕う私の窮地に必ずこの子供は飛び込んでくる。幼子にとって、家は世界でありその世界の神は両親なのだという。本来の世界と神を失った子供を拾った私は生憎神でも仏でもないが、子供にとっては違う筈だ。

神に捨てられたと知ればこの笑顔はどう歪に壊れるだろうか。それとも目出度く真実を知らずに死に至るか、どちらでも楽しめるだろう。

叩きつけるならば高ければ高い所から落とすほど茶碗は美しく最初で最後の産声を上げて鮮やかな欠片を散らす。子供もきっとそうだ。表情を柔らかく歪め、優しく頭を撫でてやる。

花の様な満面の笑顔で目を細める幼子の壊れる瞬間に思いを馳せ、男は真の笑みを浮かべた。





戦場に連れてきた少女は思い通り自分を庇う為竜の爪に我が身を晒した。雷を纏った刃を成長途中の柔い肉が遮れる訳もなく、血肉が焼け焦げる匂いが鼻を擽った。甘く子供らしい香りは鉄錆に塗り替えられ体の中心から命を吐き出し続ける肉体を右目はなんの躊躇いもなく抱きかかえた。

これが作戦ならばこの瞬間に右目の命は消えて居た。ほんに愚かな事だ。





少女は全て悟り、自らの意思で男のあらすじ通りに足を進めた。そこに死がある事を知ってなお、恐れもせず受け入れたのだ。

爪に刺し貫かれ、笑みを浮かべ心から感謝する童のなんと愚かな事か。

「見えてなかったのは、私と言うわけか」





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