…何か言い残す事はあるか?


ゲハハッ!!テメェに言う事なんざねェよッ!!


…そうか、


少年が指を組んだと同時にガラガラと土が崩れ出す


あ、1つだけ頼むわ…アイツらに、悪いって言―――――


辺りに土煙が舞い、穴が埋まり終わった


――――下品な笑い声は、もう聞こえない…














…靄のかかる森の奥、鮮やかだった紅葉は色褪せて土を厚く覆っていた。つがいを求め、切なげに鳴く牡鹿の声だけが静かな山に響いている。


木々の間、枯葉の絨毯が広がる場所にポツリと浮かぶ…黒。紺の生地に浮かぶ、鮮やかな紅い雲。


――――ソレは正に、暁…


本来なら身を隠している筈のS級犯罪者の1人が堂々と木の葉を敷きにドカリと腰を下ろしていた…片手には、酒の瓶。


『やれやれ…とんだ所にぶち込まれたモンだな』


不意に女が…雫が喋り始めた。辺りには誰も居らず…所謂1人言に分類されるものだ。返事が返らぬのを気にする事なく、雫は話を続けていく。


『…デイダラも、イタチもそっちに居るか?』


――――リーダーも今日、そっちにいったぜ?


懐かしそうな顔で雫は笑う。片手で乾いた枯葉を退かせ、冷たい土に触れた。


『そっちは余程居心地が良いらしいな』


――――だぁれも還って来やしない…


『不死身とか言ってやがった癖に、バーカ』


…いつまで寝てやがんだ。


『・・・ま、一応埋葬されてるだけマシかもな』


――――サソリの身体は砂の傀儡師が使ってやがったよ


『これじゃどっちが悪か分かりゃしねェよなァ?』


クックックと喉で笑い、おもむろに歯で紐を引いて栓を抜いた。トロリとした酒精漂う液体が瓶の中で揺れている。


『どうせ花なんぞ愛でる情緒なんかねェだろ?』


傾けた瓶から溢れた酒が枯葉の色を濃くし、土へと染み込んで行く。空になった瓶を後ろに放り、濡れた地面を見下ろして雫は笑う。


『下戸なテメェの事だ…これで十分だろ』


パン、とコートを払い木の葉を落とす。いつの間にか回りには牡鹿の群れが輪の形になり、雫を囲っていた。


「暁、か…」


一際大きな鹿の隣に立つ男…歴戦の忍なのだろう、顔に傷があった。良く似た顔の少年も側に居た。


「堂々と来やがるたァ随分とナメられたモンだな…」


『可愛い顔して怖い鹿さんだ』


立派な角に知性を秘めた瞳。どうやら忍が来たのは鹿の報せを受けたかららしい。


「仲間の敵討ちでもしに来たのか…?」


此方の力量を計ろうとする、冷静な瞳。今、少年の頭の中には何パターンもの戦略が考えられているのだろう。


『おいおい…どうやったらそんな風に見えんだァ?』


――――シカマル君は賢いんだから分かるんだろ?


「!!何で、名前を…」


『一応コイツの女だったんでね』


トントンと爪先で叩いた場所にはアイツがバラバラになって埋まっている。少年の顔が僅かに歪んだ。


『今日は墓参りに来ただけだ…』


なァんもしやしねェよ、と肩の高さで両手を広げて見せた女からは殺意が欠片も感じられない。だが牡鹿は角を向けたまま、輪を縮め始める。


「逃がすと思ってんのか?」


『やれやれ墓参り位で物騒なこった…』


肩を竦め、ため息を吐いた女に向けてクナイを放とうとしたシカマルはその恰好のまま、目を見開いた。


「・・・まぁま?」


コートの裾を握る、無垢な手。風に流れる鮮やかな髪の色は・・・


―――――見覚えのある、銀色…


「パパはー?」


『…此処に居るよ』


「んー?どこぉ?」


『此処で寝てるんだよ』


「…ねぼすけさんなの?」


『そ、ちっとも起きてきやしねェんだ』


「ぱぱぁー!!起きてぇー!!おはよぉー!!」


「・・・あぁ、あ、」


シカマルの力の抜けた手からクナイが音もなく落ちる。目の前の母子と膨らんだ腹の黒髪の女の姿がダブった。冷たいコンクリートの壁、雨の匂い。夫の死を知った時の悲痛な女の悲鳴。


―――――正義だと、信じていた…


恩師の敵だと憎しみをぶつけ、この場所に生きたまま埋めた男と同じ銀色が目の前にあった。アイツはS級犯罪者で、先生を殺したのだ…里のため、民のため、揺らぐ事のない火の意思で自ら手を下した。


・・・悲しむ者が居るなど、考えもしなかった。


無邪気に父親を起こそうと名前を呼ぶ幼い少女。その頭を優しく撫でる女…彼女は、泣いたのだろうか…夕日先生の様に。


「…まぁまー、起きないのー」


『そっか…ネボスケだなーパパは』


「もー!!銀と遊んでくれるって約束したのにー!!」










ぷりぷりと怒る娘を抱き、宥めるように頬に口付けてやる。


『さ、帰ろうか』


「パパはー?」


『疲れてるんだろ…寝かしといてやろう、な?』


「はぁーい」


パパまたねー、と小さな手を振る少女を直視出来ず…シカマルは両手で顔を覆う。うずくまった息子を見ても親父は何も言わなかった。


『良いのか?逃して、』


「今やり合ったら此方の分が悪い…」


―――――みすみすテメェを逃がすのは口惜しいがな…


「こんな所で里の未来を担うコイツを死なせる訳にはいかねェんだよ」


『賢明な判断だな、奈良シカク上忍』


女は欠伸をする娘を抱き直し、背中を小さく丸めたシカマルを見下ろした。


『・・・信念持って殺ったんだろ?』


・・・忍やってりゃ殺した相手の身内に怨まれる事なんざザラにある


『それを背負えねェんなら忍止めちまえ・・・忍として生きていたいなら、』


―――――堂々と立ちやがれ人殺し


『ま、俺の言えたセリフじゃねェんだが』


穏やかな寝息を立てる娘の頬を愛しそうに撫でて女は笑う。


『正義なんざねェよ』







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