白無垢に映える銀髪。細やかな紅が酷く艶めかしい白い肌。必要ないだろうに叩かれた白粉が人形の様な端整な輪郭を際立たせていた。
白一色の控室で、準備を終えた雫は1人、夫となる男を待っていた。重そうな着物を物ともせず、ゆるりと椅子に腰掛けてこちらに背を向けている。
「雫…」
新郎新婦の“親友”という立場から此処に入る事を許された自分・・・彼女を思う気持ちは決して、友情などではないというのに。周囲からはそう見えるらしい。当の彼女もまた、その1人だが。
――――滑稽な事だ…
自分の秘めた想いを知るのは、ただ1人…皮肉な事だと心中で嘲る。
『マダラか…』
久しぶりだな、と笑う顔に絶望の影など見えない。ほんの1月前までその澄んだ瞳を虚ろな闇に染めていたというのに。
…嗚呼、お前を笑顔にするのがこの俺であれば良いと何度思った事か。
「晴れて良かったな…」
黒くドロリとした感情を押し殺し、笑顔の仮面を貼り付ける。雫はソレに気付く事なく窓越しに空を見上げる。
『良い天気だ…』
…“神”が彼女の感情に同調してか、ここ暫くは鬱蒼とした曇が空を覆っていた。今にも泣き出しそうな、黒に近い色の濃い曇天。だが決して一滴たりとも雫が落ちて来る事は無かった…溢れた涙を堪える雫のように。
…そんな空が嘘の様に晴れ渡り、爽やかな風がマダラの頬を撫でる。
『皆も楽しそうだな』
下の広場に集まる民。否応なく戦火に巻き込まれる彼らにとって訪れた平和が何よりも嬉しいに違いない。その上、今日は戦を終わらせた英雄の結婚式…娯楽に飢えた人々にとっては祭のような物だ。
ふわりと風が結われた銀糸を揺らす。民を見下ろす優しげに細められた瞳は息を止める程美しい…“神”というのも頷ける。
「綺麗だ、雫…」
『…マダラ、世辞はいい』
恥ずかしげに頬を染めた姿に心から笑みが零れる。
「幸せに…なれよ」
『…ありがとう』
――――これは偽りなき本心だ…
…好いた女の幸せを祈らぬ男が何処に居よう?
ただ、ただ…俺が、雫を幸せにしたかった・・・それだけが俺の望みだったのに。
『・・・マダラ?』
様子がおかしい事に気付いたのか雫が心配そうに見上げてくる…もしも今、彼女にこの思いを伝えたならばどんな顔をするのだろうか?
君が“神”じゃなく、俺も“うちは一族の長”でなかったなら…このまま連れ去ってしまうのに。あれほど誇りに思っていた一族の名さえ煩わしく思えてしまう程、雫に惚れ込んでいた。
『…どうかしたのか?』
それに答える事なく、滑らかな頬に片手を添えて顔を寄せた。驚きに見開かれた藍色の瞳が霞む程に距離が無くなった刹那…扉が静かに来客を知らせるノックの音を響かせた。
「雫、そろそろ時間だ」
『あ、そうだったな…』
「…髪に付いてたぞ」
手の平に乗せた艶やかな真紅の花弁。素直にありがとうと礼を言った雫に柱間が微笑んだ。
「綺麗だよ、雫」
『うっ…あんまり見るな…』
恥ずかしい、と先程よりも頬を赤くしてうつ向いた雫を優しく見つめる柱間・・・ふっと深い闇色の瞳が此方に向けられる。
咎めるでも怒る訳でもなく、静かに問うような瞳…柱間は気付いている、自分が雫に向ける思いを。
「・・・」
…そして沸き上がるこのどす黒い嫉妬心を、見抜いているのだ。
『マダラ、来てくれてありがとうな』
「…当然だろう?」
――――親友なんだからな…
…寄り添う2人の姿にマダラは目を細める…柔らかい筈の木漏れ日の反射が酷く眩しく感じた。
紫音の甘い香りの残る純白の部屋の壁に背中を預ける・・・清らかな白百合が花瓶に生けられていた。
「ふっ…」
手の平に残る、深紅の花弁。白のみのこの部屋でそれは酷く目を引いた。
…グッと拳を握り、再び手を広げると花弁は手の平に溶け込んだかの様に消え失せていた。もしも、あの時柱間が止めに入らねば…そのまま口付けていただろうに。
「くっくっくっ・・・」
罪を犯さぬ様にしてくれた彼に感謝しながらも、心の何処かで余計な事をしてくれたと憎悪する自分が居る。
…どちらにしても、雫が自分の物になる事はないというのに
心の中で渦巻くこの醜い感情の色を例えるならば、最初からこの部屋に存在などしなかった花弁の赤が、相応しいだろう
夢が叶う 夢を見たんだ
…手に入らぬなら、いっそ
壊してしまおうか?
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