雫は滝の音が轟く岩の上に立っていた…岩というよりはむしろ、かなり大きな石像の方が正しいかもしれない。

滝を挟み、向かい合う様に彫られた2つの石像は雫にとって・・・酷く懐かしい物だった。


――――――ここも、変わらないか・・・


飛沫(しぶき)を上げながら流れ落ちていく膨大な水を眺めながらフードを取る。狭かった視界が開け、髪をほどくと風が長い銀髪を舞い上げた。強い風に目を細める。

暫く向かい側の石像を見つめると滝壺から逸れるようにして湖に飛び降りた。結構な高さがある割に着水の波紋は小さく、それは雫のチャクラコントロールの良さを示していた。

水面を僅かに波立たせながら湖の中心に向かって歩く。広い湖の真ん中辺りに辿り着くとクルリと後ろを向いた。視線の先には向かい合う石像。さっきとは違い全体が見えた。

その位置で雫は花束を胸の前で掲げる様に持ち、ゆっくりと瞳を閉じる。木々のざわめきも滝の落ちる音も聞こえない・・・私しかいない世界に響くのはゆっくりとした鼓動だけ。

ブワァッと強い風が花束を拐い空に巻き上げた。バラけた花が四方に分かれ、フワリと霧雨の様に湖に落ちた。

花は優しく水面に波紋を作り、時間の経過と共にゆっくりと沈み始める。


『――――――』


首にかけたネックレスを両手を合わせて握り込む。チャリンと涼やかな音を奏でるそれはかつて、目の前に立つ彼がくれた物。

うつ向いて目を閉じ、胸の前で両手を合わせる姿は一心に祈りを捧げているようにも見えた。




・・・ ド ク ン ・・・





『!?』


――――ザワリと全身が総毛立ち雫は目を見開いた。心臓が痛いくらいに脈打ち、関節全てが酷く強ばる。


・・・ああ、この感覚は嫌になる位知っている


気圧されて膝を付きそうになるのを必死で堪え、血が滲む程強く手を握る。そうでもしなければ倒れてしまいそうだった。


「・・・雫」


―――――嗚呼、この現世で私の名前を知っているのは…


猿飛と・・・彼しかいない。


『!?』


意を決して振り向こうとする前に背後から腰を抱かれ、首に顔を埋められた。視界に入るのは艶やかな黒髪と拘束する腕だけ・・・項に触れる冷たい肌の感触が更に恐怖を煽った。

「ククッ…」

低く嘲笑う声に戦慄が走る。じわじわと意識が恐怖に蝕まれていく感覚。普段なら瞬時に判断を下す思考でさえもこの男の前ではすくみあがり意味を成さない。


――――――怖いか?


面白そうな声音で囁かれる…この男は楽しんでいるのだ、人の恐怖を。あまりの趣味の悪さに吐き気がした。

雫は必死で動悸を抑え込み、低く唸る。


『・・・何の用だ』




マ ダ ラ




――――――自分の名を呼ぶ雫の声が震えていた。それが嬉しくてマダラと呼ばれた男は口角を吊り上げる。腕の中に居る女は自分の事を覚えていた・・・その記憶が例え恐怖であろうとも構わない。


――――――愚問だな


そう呟くと雫の肩がピクリと揺れた。そんなに警戒しなくても何もしないのに・・・

今は。

「会いに来たに決まっているだろう?」


俺には花をくれないのか、と呟くとふざけるなと即答された。嗚呼…残念だ。先刻まで激しく脈打っていた心臓の音が聞こえなくなってしまった。生命の奏でるそれは好ましい物なのに。

顔を上げるとキツく細められた藍玉が見えた。磨き抜かれた刀のような銀髪がフワリと揺れる様はゾッとする程美しかった。

『・・・いい加減離れろ』

鬱陶しいと言われて更に強く抱き込む。小さな身体はすぐに壊れてしまいそうなほど華奢だった。腕から逃れようと抵抗する雫の胸元からチャリンと涼やかな音がした・・・アイツの作った首飾りの音だ。大嫌いだ、鳥肌が立つ位に。

「・・・まだ持ってたのか」

取り外そうと手を伸ばすとそれに気付いた雫が素早く腕から逃れる。瞳の色とは正反対の燃え上がる様な視線に胸が高鳴った・・・アイツの事でしか本気にならないのには苛立ったけれども。


――――探るように無言で睨み合う、漆黒と蒼・・・お互い動く気配は全くない。視線を合わせるだけの2人の間に風が吹き抜けた。銀髪が掛かり目を細めた刹那、ガクンと身体の力が抜けた。


『…ッ!?』


チャクラコントロールが出来なくなって片足が足首まで沈む。睨み付けたマダラの細められた瞳は深紅・・・写輪眼だ。幻術特有の強制的な意識の離脱に抵抗するも徐々に身体は傾いていく。

『……ッ』

支えきれなくなった膝がカクンと折れ、揺らぐ水面が目前に迫る。反射的に付こうとした筈の腕はダラリと垂れたまま動かない。身体はゆっくりと倒れ込み、雫は目を閉じた。


――――――湖に沈む直前に強く腕を引かれた気がした。


うっすら開いた瞳に写るのは笑みに歪んだ対の鮮紅色・・・それを最後に雫は意識を手放した。




――――――腕の中で眠る、美しい女。




まだ二十歳にも満たない様な容姿をしていながら、現火影よりも更に長い時を生きているなどと誰が思うだろうか。

壊れ物を扱うように抱き抱え岸へと向かう。半ば沈んだ花を見ながらマダラは喉の奥で笑った・・・金髪の少女が「愛の告白」と言った、花束。


―――――花言葉には、裏がある


ネリネは「また会う日まで」、ハナニラは「悲しい別れ」という意味も含む。向日葵はそのままの意味で訳すと・・・


・・・悲しい別れをしたけれど、また会う日まで、私は貴方だけを見つめています・・・


――――――コレは死者への手向けの花束・・・


ネリネは「大切な思い出」という意味も持つ。向日葵は、かつて此処で戦った彼が愛した花。だから彼女は今日、此処で花を捧げたのだ・・・数十年前、里を守って戦場で散った彼の為に。


―――――下らない・・・


死者を想い続けて一体何の意味がある?失った物は二度と戻らない事を雫本人が1番知っている筈だ。誰よりも多く死を見て来た癖に、雫はそれを受け入れない・・・受け入れられていない。

岸に上がり、幹に背を預ける様にして雫を座らせた。服の襟を緩ませ鎖骨の辺りに顔を近付ける・・・暫くしてマダラが離れた時にはくっきりと紅い華が咲いていた。





闇に堕ちてしまった 狼 は


闇夜 を 優しく照らす 月 に 焦がれた


でも 月 は 太陽 が あるからこそ


淡い 輝き を 纏うこと が 出来る


 太陽 を 失ってしまった


 月 は 哀しみにくれ――――


・・・ 輝きを失った ・・・


 月 は 太陽 に 焦がれ


 狼 は 月 に 焦がれ


――――― 狼 は ゆっくりと


堕ちてくる 月 に 手を伸ばした


その 紅い瞳 を 


 喜び に 輝かせながら・・・







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