癒えぬココロ


過ぎ去りし思い出  


   終わらない物語



――――心は未だに
捕らわれたまま、で・・・




太陽が空の頂点に佇む昼時、商店街は賑わっていた。

井戸端会議を楽しむ主婦達やお菓子をねだる子供、友達とはしゃぐアカデミー生や任務帰りの忍など様々な人で溢れている。


それを屋根から眺める、真っ白な人影―――雫。


大蛇丸との会話の後すぐに木の葉に来たため、砂塵防止の分厚いコートのままだ。


―――フードがあるので顔は隠せるが、いかんせん目立ち過ぎる為、人混みを避けていた。


暫く下を眺めていると、金髪の少年と鼻に傷がある青年がラーメン屋台から出てきた。

二人とも額当てをしている所からして忍の様だ。


―――――あの金髪の子供………


スウッと目を細め、記憶をたぐりよせながら見ていると、金髪が騒がしく青年に別れを告げ、こちらに体を向けた。


―――――あぁ、あれは四代目の・・・・・・


雫が目を見開いた瞬間、パチリと視線が合った。




――――ナルトはもの凄く機嫌が良かった。

その理由はイルカ先生が一楽でラーメンを奢ってくれたからというかなり単純な物だが・・・大好物のラーメンでお腹一杯になったナルトは鼻歌でも歌い出しそうな勢いだった。

先生と別れ、さぁ帰ろうとした時に屋根からこちらを見ている白いフードの人物と目が合った。


――――――かなり怪しい奴だってばよ・・・


明らかに木の葉とは違う服を着ているし、一般人は普通あんな所に立たないだろう。

―――――まさか・・・火影候補の俺を狙った侵入者か!?


ナルトは勝手にそんな妄想しながら不審人物を睨み付け、屋根に飛び乗った。

「アンタ…何者だってばよ…?」

不審人物は何も言わない…だけど今は見えない目でこっちを観察しているのだけは分かった。

「マヂで次期火影な俺を狙った侵入者か!?」

『・・・・・・は?』

不審人物はかなり間抜けな声を出した。

『・・・・・・次期火影って・・・誰が?』

「もちろんこの俺だってばよ!」――――――何言ってるんだコイツ・・・


雫はフードの下でかなり呆れた顔をしていた。

現火影の猿飛は高齢だが健在な筈だ・・・そして例え火影がいなかったとしても下忍になりたての子供がなれる訳がない。そんなに生易しい物じゃないのだ、火影になるという事は。

『・・・無理だな』

「なんでだよ!?」

真っ向から否定されて怒る少年を冷やかに眺めながら、雫は端的に理由を言った。


『弱すぎるから』
…君はまだ、幼すぎる


「〜〜〜テメェッ!!!!」

雫は怒り狂ってクナイを片手に飛びかかってくる少年の単純過ぎる攻撃を軽く避け、思いきり腹を蹴り跳ばした。

「うぐぅっ!!!」

壁に叩きつけられて地面にずり落ちたナルトの首にクナイを突き付けた。

『雑魚が…軽々しく火影の名を口にするな』

地を這うような低い声と氷の様な冷たい殺意を向けられて血の気が引いた・・・今まで戦って来た奴とレベルが違い過ぎる。

首を切られる衝撃に備えて目を固く閉じると、フッと気配が消えた。

「…なんだったんだってばよ…?」

恐る恐る開いた目の前には既に誰も居なかった。





―――――馬鹿か私は・・・


雫は気配を完全に絶ち、瞬身でかなり離れた森に降り立った。木の幹に背を預け、片手を額に当てて重く長い長い溜め息を吐いた。

夢を抱く子供にキレてどうする。良い事じゃないか、火影を目指し強くなる事は。九尾憑きとはいえ彼は真っ直ぐな目をしていたし。

・・・それでも“火影”という名は雫にとって特別な物だった

無意識にコートの胸の部分を掴んだ。チャリンと澄んだ音が響く。分厚い布地の下に感じる小さな塊を強く、すがるように握り締めた。

『――――――』

掠れた声で名前を呼ぶ。いや、声は出なかったかもしれない。聞き取れない程の掠れた声で囁いた。もう届きはしないと知ってるけれど。

『――――――』

それでも名前を呼び続ける・・・返事が返って来る事を心の何処かで期待しているから。

―――――分かってる、分かっているんだ本当は。でも、心は決して真実を受け入れてくれやしない。
失った物は戻らない事を
誰よりもよく知っている筈なのに・・・

辛い現実から目を逸らして悲鳴をあげる心を誤魔化し続けて・・・都合の良い幻(ゆめ)を見ている。

『・・・情けないな』

もう一度溜め息を吐き、皺になる程握り込んだコートを離して歩き出す。歩みと共にチャリンと小さな音が響いた。

森から出ると、里全体が見渡せる火影岩の上に出た。真下には火影邸が見える。


――――――変わらないな、この里も


雫として各地を飛び回っている為、木の葉には久しぶりに来た。基本的に何処かに長期滞在したりしないので家と呼べる場所などないが、雫にとって木の葉は故郷だった。


――――――まぁ、そもそも“雫”など存在していない事になってるが


もちろん情報屋“吹雪”としては名前を知られているが・・・今、この世界に雫の事を知る者は2人しかいない。

もちろん知られていないからこそ“吹雪”としての仕事はしやすいのだが・・・“雫”を知る者に昔、こう言われた。
―――貴女は、寂しくはないんですか・・・?

その時は何も言わなかった…いや、何も言えなかった。自ら望んで“雫”を消して貰ったのだ。・・・その時はそれが最善の策だったから。

“雫”の記録を抹消した人は謝り続けた。自分のせいですまない、と。雫は自分が望んだ事だと言い、彼を責めなかった。


――――――今となっては済んだ事だ、全て。


どんなに泣き叫んで悔やんで願っても時計の針は戻らない。

理不尽な世界は回り続けるのだ、単調なリズムで平等に。

今までどれほどの物を失ったのだろうか・・・この手で受けた物などないというのに。大切な物は残酷に、砂粒のようにサラサラと指の隙間から零れ落ちるだけだ。

一番最初に彫られた顔の上に降り立つ。全部で四つある顔は里を見守る様に配置されていた。

頭の部分に座り込み、少しゴツゴツした岩の髪を撫でながら目を閉じた。

『・・・なぁ、この里はアンタの望んだような物になったか?』

過去が鮮やかに蘇る。まだここが深い森の中で、木の葉が出来る前のちいさな村だった頃の事を。自分達がまだ若く夢を語っていた頃を。


――――――もう、戻らない日々・・・


立ち上がると、首にかけたネックレスが淋しげにチャリンとなった。

『・・・また、届けに行くよ。』


―――――アンタが愛した向日葵の花を・・・


フワリと風が優しく頬を撫で、雫は目を細めた。

「あぁっ…さっきの…!!」


―――――――刹那、聞こえて来た声に眉をしかめた。


「アイツだってばよ!!カカシ先生!!」

「ん〜確かに怪しいけどネ・・・」


『・・・面倒だな』

騒ぐ金髪の少年とそれを宥めながらコチラを警戒するように見やる木の葉一の業師。それらをフードの下から冷たく眺めながら雫は空気に溶ける様に姿を消した。




――――――なんなんだアイツは・・・


白い人影が掻き消えた辺りを凝視しながらカカシは必死に思考を巡らせていた。

ナルトは当然としても上忍である自分にすら悟られぬ様に瞬身し、完全に行方を眩ませるなど・・・かなりの実力者だ。

・・・フード越しに目が合っただけというのに、冷や汗で背がジットリと濡れている。


――――――本能がけたたましく警鐘を鳴らす、アイツに関わるなと


圧倒的な実力の差、向き合うだけでみっともなく膝が震える位の強者。


――――早く火影様に報告しなくては!!


上忍である自分以上の実力のある侵入者。1人相手とはいえ早急に対策を練らねば一方的に攻められる危険がある。

カカシは素早く瞬身の術の印を組み、木の葉が舞う風に包まれた。

「あっ!!カカシ先生!?」

慌てた様なナルトを横目で見ながら向かう先に意識を集中した。

里を守った英雄と同じ金髪が景色と共に掠れるのを見ながら、カカシは里の危機を防ぐ為に現在の火影の元へと急いだ。




…座り心地の良さそうな椅子に腰掛けプカリとキセルを吹かす1人の老翁(ろうおう)。


――――――三代目火影 猿飛


彼は机に積まれた書類に目を通し、時折印を押しながら紫煙をくゆらしている。

「・・・ん?」

ふと懐かしいチャクラを感じ、後ろにある窓をカラリと開いた。


――――途端に風と共に滑り込んだ白い塊。


「・・・お久しぶりです」

部屋の中心に立つ人物は唯一覗く口元を笑みの形に歪ませた。

『久しいな猿飛・・・』

深く被っていたフードを軽く上げると懐かしそうに細められた藍玉の瞳が現れた。老けたな、と軽口を叩くと艶のある長い銀髪ゆらりと揺れた。

「貴女は相変わらず美しいままですな…」

『・・・嫌味か?』

軽く睨むと老人は苦笑いを浮かべながら褒め言葉だと弁解した。


―――――そう、彼は雫の事を知る1人だ。


吹雪という顔を持つ雫という本当の彼女を知っている。

・・・もし、この場に木の葉の忍が立ち会って居たなら血相を変えたかもしれない。里の最高権力者を親しげに名前で呼び、尚且つ彼の方が敬意を払っているのだから。

『近々中忍試験を開催するそうだな?』

「おお・・・ご存知でしたか」

まだ内密にしていた事を知られていた事に驚きながらも、やはりと思う気持ちが勝った。彼女の情報網は伊達ではない、一国を収める自分すらも歯が立たない程の情報を持っている。

『・・・気を付けろ猿飛、音隠れが仕掛けてくるぞ』


――――低く囁かれた警告。彼女の予言ともいえるコレは今まで外れた試しがないのだ・・・警告は全て残酷な未来を示した。


「音隠れ・・・最近出来たばかりの小さな里と聞きますが?」

真剣な瞳を向ける里の長に雫は無表情で答えた。

『・・・これは吹雪としてでなく、お前の親友としての進言だ。』

詳しくは教えてやれんがな、と自嘲の笑みを浮かべる彼女に哀愁の念が含まれた視線を送る。


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