極上の絹糸のようにするりと指の間を流れ落ちる髪の感触に目を細める。艶やかで月の光を編んだような髪は音もなく白くか細い首筋を滑りシーツに弧を描いた。我が物顔で涼やかな音を立てていた忌々しい首飾りは失われ、代わりに赤黒い跡が首輪のように残っている。

「…雫」

長い睫毛がゆっくりと開かれて深い深い藍色が覗く。深淵のようで吸い込まれそうな瞳はしかし、何処か虚ろに宙を見上げていて自分を映してはいない。

寝台に無造作に投げ出された肢体はまるで手折られた哀れな百合のようだ。誰もを惹きつけて止まない美しさと共に何処かぞっとするような儚さを兼ね備えている。朝露に濡れた睡蓮のような清廉さは今、咲き誇る大輪の牡丹の如く色香を放っていた。

表情が失せて尚更人形染みた雫の頬を撫でる。目元が赤く腫れていて涙の跡が残っていた。至る所に残された今だに血が滲む噛み痕といい赤みを超えて紫に近くなっている鬱血痕といい、惨いことをしたと身勝手な憐憫を抱きながらもマダラは酷く満ち足りていた。

ずっと手に入れたかったのだ、雫を。以前は逃してしまったがもう逃がしはしない。最も逃げる場所など存在すらしないが。部屋の四方を囲む封印を見回す。部屋の装飾にすら見えるほどの緻密に描かれた術式は彼女に巣食うモノのチャクラを著しく制限していた。生まれてこの方膨大なチャクラを使いこなしていた力を奪われた彼女は今や一般の女よりも劣るだろう。元々短命で脆弱とすら言える一族だ、巣食うモノから完全に引き剥がしていたのならこの状況では命すら危うかったに違いない。

ゆっくりと武骨な指先が頬を滑り鎖骨を撫で、胸骨をなぞり臍の下で掌がゆるりと平らな腹を撫でる。僅かに彼女の肩が震えた気がしたが、視線は相変わらず男を透かして宙を眺めている。

「…お前を生かしているのは何故だと思う?」

問いかけは彼女ではなく、巣食うモノへ。返事はなくとも聞こえているのは分かりきっていた。華奢な左上腕に尾を巻き左胸に優雅に体を踊らせていた薄い水色の龍は今、鎖か檻のように紋様が囲い左肩に窮屈そうに縮こまっている。マダラが施した封印で奴は雫に最低限しか干渉出来ないようになっていた。悍ましい巣食うモノなぞ直様引き剥がし消してしまいたかったのだがそれは出来ない。今、そうしてしまったのならば。

「雫が子を成すまでは憑かせてやる」

ずくり、と檻の中で龍が暴れ体を震わせる。まるで狭い子宮を蹴る赤子のようだとマダラは嘲笑う。神通力に長ける代償のように儚い一族は元々数が少なかった。子供を授かる事すら難しく無事に出産する事は珍しかった。生命力の薄い彼らは巣食うモノの加護があってどうにか一定の子孫を残せていたのだ。

「器が大事ならば、分かるだろう?」

檻を壊そうとでもするように龍は暴れるがそんな生半可な封印などでは勿論ない。憎いとすら言える相手に容赦はしていない。巣食うモノも当然マダラの事を憎んでいるだろうが、大事な宿主を思えば従うしかないだろう。たとえそれが雫の意思に反していようとも。

「お互い時間はたっぷりある」

今でさえ正気が保てているか怪しい雫を放っておけば簡単に壊れてしまうだろう。ぐたりと力の抜けた肢体を愛おしそうに引き寄せる。

誰もが生まれ持っている“死”に逃げることすら許されないなんて、どんなに恐ろしい事だろうか。

言葉通りの生き地獄、それを分かっていても男は解放してやる気など更々無かった。緩く上下する首筋に歯を立てるとビクリと大袈裟に背がしなり弱い力で肩口を押し返される。藍玉の瞳が恐怖に潤み怯えた小動物のように震えていた。

「…もう、」

やめてくれ、と掠れた声の哀願は酷く哀れで愛おしく鼓膜を揺らす。身を縮こませ震える姿はまるで男を知らぬ生娘のような所作だ。幼いとすら呼べるような彼女が幾人も子を成したのだと誰が思うだろうか。既にこの世界に存在しない彼らを思いマダラは口を歪めた。

「…あの時のように助けなど来はしない」

手折る寸前に奪い返しに来た男も今回は助けに来れない。冷たい土の下で愛しい女が他の男に抱かれる様を指を咥えて眺めているといい。怯えと失望が入り混じった瞳が縋るように見上げてくるが、彼女はそれが男を更に煽っているのだと気付く事はない。

拒絶の言葉を吸い甘い舌を絡め取る。悲哀に染まる綺麗な瞳を見つめながらいつか彼女が抱く小さな命に思いを馳せ、華奢な体を壊さないよう強く抱きしめた。

prev next

bkm
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -