ゆらり
ゆらり
闇の中 微睡む 月
清らかな銀の光に照らされて
足元 に 産まれた 影 が
キョウキ を 滲ませ
笑
っ
た
「・・・」
――――一筋の光すら差し込まぬ、漆黒の世界
足元は愚か、鼻先すら見えぬ道を灯りを持たず迷いない足取りで進む1人の男。
漆黒の髪を持つその男は深紅の瞳を猫のように輝かせながら岩で出来た暗く冷たい通路を進んで行く。
「…この辺りか」
不意に視線を岩の壁に移し男は目を細めた。一見、他の所と全く変わらないゴツゴツとした岩の部分に触れると、そこを中心として岩が溶ける様に消え去った。
「・・・」
突如とした現れた穴から流れてくる暖かい空気が男の髪を揺らした。男は暫くその通路を眺め、ゆっくりと足を進める。
・・・男を飲み込んだその穴は、いつの間にか他の岩に紛れ、見えなくなった。
「遅かったな」
・・・暖かい風を辿るようにして辿り着いた部屋に居たのは長椅子に退屈そうに寝そべる男。まぁ座れ、と手前の椅子を勧められ、躊躇いながらも男は腰を降ろした。
「・・・何の用だ?」
「俺とお前の仲だろう?」
たまには仲良く茶でも飲もうと思ってな、と男は笑う。人を喰った様な笑みに男…イタチは僅かに眉をしかめた。
「・・・そんなくだらない事の為に呼んだのか」
「美味い団子も用意したぞ?」
団子、という単語に僅かに反応したイタチを見て男は更に笑みを深くする。そんな男を見てイタチは若干眉間に皺を寄せながら続けた。
「・・・何の用だ?」
最初と同じ質問をしたイタチに男はつまらないな、と溜め息を溢した。本気で残念がっている様に見える男にイタチは嫌そうに言った。
「…俺だって任務があるんです」
「お前は任務より団子だろう」
図星を言い当てられたイタチは少し目を泳がせたがすぐに否定した。それに今日は休みを取ってるだろ?と言った男にイタチはその休暇が消える事を悟った…男の暇つぶしによって。
「分かりました…付き合えば良いんでしょう?」
そうだな、と嫌な笑みを浮かべた男にイタチは諦めの溜め息を溢した。
団子を食べながら絶対に談笑なんて和やかな物ではない会話をマダラだけが楽しんだ後、空になった湯飲みを机に置いたマダラが口を開いた。
「さて、お前の知りたがっていた本題だが・・・」
漸くか、と僅かに疲れを滲ませた無表情のイタチがマダラの方を見る。そして先ほどまで自分を散々からかっていた男の笑みの質が変わった事を悟った。
付いて来い、と席を立った男の背を眺めながらイタチは男の後を追った。言葉では到底言い表せないような嫌な予感が胸にひしめく音に気付かないふりをして。
「っ!!」
突如背筋を襲う猛烈な悪寒にイタチは思わず足を止めた。目の前の光景に先ほどの嫌な予感が現実になった事を知る・・・ゆっくりと振り向いた男の表情に全身が総毛立つ様な感覚がした。
「安心しろ、お前には発動しない」
子供が欲しい玩具を手に入れた時の無邪気な喜びと、血に飢えた獣の喜びを孕んだ狂気の微笑みにイタチは此処に来た事を後悔した。
・・・目の前にある扉にかけられた数え切れない程の結界術と封印術。その中のイタチが知るいくつかの術は超高等に類していた筈・・・見た事もない複雑な紋様を描く術もそうなのだろう。
―――――この中に、一体何が…
男の執着を顕著に表したこの扉。写輪眼を使わずとも部屋中に張り巡らせた封印術や結界術が眼に浮かぶ。そして本来なら結界術は“外から中側を守る”為の術だがここにある物は全て“中側から外を守る”ようになっている。
つまりは、中にいる“何か”を決して出さない様に出来た頑丈な檻。
・・・そして封印術はチャクラを封じる物。
数多の封印は特定の物にしか作用しないようになっている…恐らく中の“何か”にのみ効果があるのだろう。この数の封印ならばどんなに膨大なチャクラでも・・・九尾のような尾獣でも完全に封じる事が可能な筈だ。
「・・・来い、イタチ」
先程までのふざけた態度は鳴りを潜め、別人のような顔をした男…マダラの後を追い、イタチは術で雁字がらめにされた部屋に足を踏み入れた・・・。
「これは・・・」
…到底ここが洞窟だとは思えない程適度に調整された気温と湿度。
鼻孔を僅かに掠める爽やかな白百合の香。
部屋を柔らかく照らす灯台。
シンプルだが職人が手塩にかけた事が窺える細工が見事な調度品の数々。
・・・そして、紗(うすぎぬ)に包まれた一段高くなっている部屋の奥。蝋燭の弱い光に照らされて中に誰かが眠っているのが分かった。
無言でそこに向かうマダラに続き、イタチも天蓋に隠された所まで歩む。白い紗に阻まれ眠る人の顔までは見えないが…細く華奢な体から自分より少し若い女だと認識する。
「・・・お前も知りたがっていただろう?」
吹雪の素顔を
「!!・・・吹雪、だと」
思わず凝視したマダラの鮮血の瞳に宿るのは狂気の炎…いや、狂喜というべきか。蝋燭の光よりも遥かに明るく、何よりも暗い光。背筋を這い上がるような恐怖に吐き気がした。
「来い」
片手で紗を避け、衣擦れの音さえしない程の薄く上質な絹の膜を掻い潜る。天蓋の中はイタチが思った以上に広かった。
「これが、吹雪・・・」
眠る彼女の顔は思った以上に幼かった。あの強さと口調には到底結びつかないようなあどけない寝顔。作り物のような端正な顔でいて、何処か神々しさを感じさせるのはイタチが彼女の性格を知っているからか。艶やかな髪は蝋燭の光を弾き、上質な銀糸のように輝いている。
寝具に溶け込むような肌を持つ彼女が纏うのは普段の白いコートではなく、神に仕える者が儀式の時に着るような白い着物。恐らくマダラが着替えさせたのだろう。
「・・・漸く手に入った」
―――何処か恍惚とした、マダラの低い声
「捕らえた方法か?…どんな奴でも心が揺らいだ時には簡単な幻術にかかるモノだな」
下忍すら見破る様な簡単な術だぞ?とマダラは喉を鳴らす。相変わらず心を読むのは止めて欲しいとイタチは心の中で溜め息を吐いた。
「・・・で、結局何の用ですか?」
―――まさか、吹雪の顔見せの為に呼んだ訳ではないでしょう?
「…やはりお前は賢いな、イタチ」
そんな所が気に入ってるんだが、とマダラは笑う・・・この男の事だ、やっと手に入れたモノを易々と人に見せるとは思えない。普段なら決して誰にも見られないように厳重に鍵をかけて、1人愛でるのだろう・・・そうせずにイタチに見せた理由が、ある筈だ。
「大当たりだな」
ニヤリと口角を吊り上げるマダラ。この男の何もかもを見透かす様な瞳が嫌いだ・・・実際イタチがどうやっても心を読まれてしまうのだが。
「簡単な事だ…」
世話をしろ、と言われてイタチは一瞬意識が遠のいた気がした・・・なにゆえ自分がこの男が囲った女の世話をしなければならないのか。例え吹雪でもこれだけ術に縛られていれば逃げられないだろう。現に彼女からは一切のチャクラを感じない。
「確かにそうだが、“暁”が堂々と世話人を雇う訳にはいかないだろう?」
ここは俺のアジトだしな、と呟いた男にイタチは若干の殺意を抱いた。幻術でもなんでもかけて連れて来れば良いだろうと心の中で叫ぶ。
「…そうかっかするな」
・・・そうさせたのは誰だ。
にたり、と嫌な笑みを浮かべ続ける男に若干の殺意を抱きながらもイタチは話を促す。
「…本気で俺に世話をしろと?」
「そうだ」
「他の奴らでも良いでしょう…」
疑念を込めて目の前の男を見つめ返すと不意にマダラの口角が歪に上げられた。
「・・・イタチ、」
―――――お前は頭が良い
「まさか俺の“物”に手を出す程愚かじゃないだろう?」
…当然だ、誰が好き好んで虎の尾を踏む様な真似をするのか。この男の逆鱗に触れるような事は極力避けたい。
「お前以外に“新入りのトビ”の正体を知る奴はいない」
―――――それにな、
「これ以上メンバーが減るのは都合が悪いだろう?」
「・・・」
…この男は本当に恐ろしい。例えメンバーだろうがイタチだろうが、吹雪に手を出したならば何の躊躇いもなく手を下すだろう。この男ならやり兼ねない…いや、絶対にやるだろう。
「その通りだな」
良く分かってるな、と細められた深紅の瞳には獣染みた光が宿る。眠り続ける吹雪を眺め、マダラは低い声で告げた。
「コレは、俺の物だ」
横たわる彼女を優しく抱き上げて襟元の袷を緩め、肩口を覗かせる。白く滑らかな鎖骨と項は情欲よりもひどく庇護欲を煽った。
「なっ…!!」
『いっ!!ぅあ…っ!!』
突如としてブツッと肉に牙が食い込む音が聴こえる程勢い良くマダラは喉元近くの肩に食らい付いた。激痛に悲鳴を上げた吹雪が目を見開き、もがく。抵抗を物ともせずに押さえ込むマダラの真っ赤に染まった唇が弧を描き、血をすするのが見えた。
「…おはよう吹雪」
『っ・・・マダラ、』
鮮血の滴る肩を舐めたマダラが吹雪に微笑みかけた。苦痛に耐えながら吹雪もマダラを睨み付ける。瞬身で逃げようとしたが術が封じられている事に気付き、動揺したのが分かった。
「さて・・・どうするイタチ?」
このまま見学するか?と口を歪めたマダラ・・・今自分がいる事に気付いた吹雪が更に抵抗を激しくした。
「・・・世話係でも探してくる」
生憎と人の情事などに興味はない。悪趣味なあの男の事だから例えイタチが去らずとも続けるだろうが。
・・・それに合意ではない情交など見ていて気分が悪くなるだけだ。
拒絶の声を上げる吹雪を尻目にイタチは心の中で憐れみながら静かに姿を消した。
『なんのつもりだっ!!』
焼けるような激痛に飛び起きて見えたのは見慣れぬ薄絹の天蓋。肩に埋まる黒髪にもがくも力が入らない。漸く解放されて目に映ったのは瞳と同じ色に唇を染めた男だった。
やけに力の入らない腕で必死に抵抗しても男の腕はびくともしない。傷口の断続的な痛みに耐えながら瞬身をしようとするが、術が発動しない・・・すぐに嫌な笑みを浮かべる目の前の男の仕業だと勘付く。
イタチが去った後、相変わらず腕に抱かれた体勢のままで雫は混乱した思考のなかでこの状況から逃れる方法を探していた。
「そう嫌がるな・・・」
そう言いながら血に負けない程赤い舌で唇を美味しそうに舐め上げる男に雫は露骨に嫌そうな顔をした。やはりこの男は悪趣味な事この上ない。
・・・封印術と結界術か
四方の壁に留まらず天井、床にまで隙間なく描かれた複雑な紋様。チャクラを封じる為に組まれた物と…もう1つ。
「お前に巣食う“神”を封印する物だよ」
『!!』
その言葉に思わず男…マダラを凝視した。雫が見た事すらない四方の壁と天井の中心に描かれた最も緻密で巨大な紋様はそのための物か。
・・・通りで力が入らない筈だ
普段の状態ならこの男の腕を払い退ける事など造作もない…そしてこの場所から逃れる事も可能だ。それが叶わないのは・・・雫が持つ力の全てが封じられたから。
・・・つまり、今の自分は一般人と変わらない無力な存在だという事だ。いや、それよりも劣るかもしれない。今まで望まずとも使えた“力”に頼りきって生きて来たのだから。
「あぁ、全部封じた訳じゃない」
――――最低限の生命維持は出来る様に調節してある
・・・“普段通り”舌を噛もうが心臓が潰されようが死ねないという訳か。本当に最低限に残されているらしく、いつもならとっくに癒えている筈の傷は鈍い痛みを訴え続けている。
「そういう事だ」
血色の瞳が諦めろと口外に告げた気がした・・・心を読まれるのは嫌いだ。全てを知り尽くした様なこの眼も、嫌いだ。どうにかして腕から逃れようとするとあっさり男は力を緩めた。
『・・・』
「逃げれると思っているのか?」
探る様に辺りを眺める雫を見てマダラが笑う。獲物の喉に牙を当て、絶対的優位を勝ち誇る獣の笑みだった。生憎と今の自分は獣に抗う鋭い爪も何も持ち合わせてはいない。
・・・言葉の通り、袋の鼠という訳だ
じわり、と脳裏を蝕む絶望。目の前の男から少しでも離れようと無意識に体が後ずさる。立ち上がって、逃げ出そうとした瞬間。
『ぅ、くっ…!!』
目の前に広がる白い絹・・・強く手を引かれて寝具に押し付けられた事に気付いたのは数秒立ってから。逃れようと床に伸ばされた手が後ろで戒められ、裾から入り込み太股を這い上がる冷たい指に背筋が粟立った。
『止めろっ、嫌だ!!』
必死の抵抗すら難なく押さえ込まれ、乗しかかる男が喉で笑うのが聴こえた。ザラリとした生暖かい感触が傷口を伝い、ピリっと小さな痛みが走る。
・・・気持ち悪いっ!!
無理矢理体を暴かれる恐怖。体を這う指の嫌悪感・・・そして甦る思い出したくもないおぞましい過去。
・・・それらを拒むように雫は固く目を閉じた。
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