「くっ・・・これは一体?!」



白い羽根が天から降り、観客は崩れるように眠りに付いた。カカシですら見た事はないこの術は、見た者を眠らせる高等な幻術のようだ。


幻術返しの印を組み、アスマ達と背中合わせで辺りを見回す。意識のあるは下忍はサクラとサスケ位しか居らず、中忍以上の者は意識を保ちながらも状況が理解出来ずに動揺しているようだ。


幻想的な風景の中、大量の血が辺りに飛び散った。死んだ木ノ葉の忍にクナイを突き立てるのは砂の忍。


・・・同盟を組んでいる筈の忍達と共に動き出した忍の額当てに刻まれた印は音隠れの物だった。


「どうなってやがんだっ!!」


「こっちが聞きたいわよっ」


襲いかかってくる忍達を片っ端からチャクラ刀で斬り捨てるアスマが怒鳴る。幻術で応戦しながら紅も叫び返した。


暗部の一部は眠る観衆達の保護に向かい、他の暗部はカカシ達の様に砂と音の忍と戦っていた。






・・・そんな中、ふいに目に付いたのは1人の暗部。そこら中で戦いが起きている中で、武器も構えず無防備に柱に背を預けていた。


「!!」


その暗部を見付けた音隠れの忍が嫌な笑みを浮かべながら飛びかかる。音の忍が刀を振り上げても暗部は一向に動く気配も見せない。さっきの術で意識がないのかと思った刹那、ビクリと忍の身体が跳ねた。


「・・・なっ!?」


仰け反って頭から落下する忍の首に深々と食い込んだクナイ。暗部は相変わらず柱にもたれたままだった。刺さり方からして明らかに暗部が投げた物だが・・・全く手の動きが見えなかった。


倒された仲間を見て次々と音の忍が襲いかかるが、暗部は1歩も動く事はなく急所に1本ずつクナイを生やした屍が増えただけだった。


「・・・」


凝視し続けるカカシに気付いたのか、暗部が此方に頭を動かした。お互いに敵を倒しながらも視線を交わす。仮面越しに感じた冷ややかな視線を知っている気がした。


周りの敵を倒し尽くした暗部は緩慢な動作で視線を外し、柱から背を離す。


「っのバカ野郎!!何処見てやがるっ!!」


アスマの怒鳴り声と共に強く突き飛ばされた。敵の悲鳴と返り血に自分が助けられた事を知る。


「…悪いね、アスマ」


「敵の前で余所見する奴が居るか!」


叱責を受けながら暗部の居た辺りを眺めるが・・・


――――既に姿はない・・・


「・・・何者だ?」


…気付かれていたらしい。まぁ戦っている途中に目を奪われていたのだから当然か。


「俺にも分からない・・・が、」



――――強い奴だった…



…その言葉にアスマが僅かに目を見開く。驚いた表情の口元が引きつる様に苦笑を刻む。その唇が勘弁してくれよ、と呟いた。


「お前をそこまで言わせる奴に勝つ気なんかしねぇ…」


「・・・敵、じゃあないかもよ?」


「はぁ?!あんな奴木の葉に居たかぁ!?」


「でも音の忍倒してたでしょ?」

「・・・まぁ、確かにな」


「だったら味方かも・・・っ!!」


知れないと続けようとした瞬間、轟音と共に観客席の屋根の上が真っ黒な結界に包まれる。目を凝らして中を見ると・・・


「「…大蛇丸っ!!」」


火影様の首にクナイを当てるのは紛れもなく三忍の1人である男・・・風影に扮して中忍試験に潜り込んでいたらしい。即座に暗部達が救出に向かうが、闇の膜に阻まれて塵となる。


「・・・くっ!」


「チッ、まだ居やがるのかっ!」


早く火影様の所に援助に行きたかったが、一向に敵の数は減らない。大蛇丸相手ではどこまで通用するか分からないが、この場は火影様の実力を信じるしかない。


「・・・アイツ」


「どうした・・・っ!?」


急に動きを止めたアスマの視線の先には、先程の暗部が幽鬼の様に立っていた。その不安定な足場には、喉にクナイを生やした死体が幾つも転がっている。


「「!!」」


ゆっくりと暗部が此方を向いた。仮面越しの冷ややかな視線に背筋が凍る。今も動いた素振りを見せないまま、またその足場に死体が増えた。


その暗部が頭の後ろに手を回し、仮面の紐を解く。カラリと乾いた音を立てて仮面が転がった。素顔はフードに阻まれて見えない。襟元を掴んで剥がれた漆黒から現れたのは・・・



「・・・吹雪」



――――誰にも従わせる事の出来ない、孤高の白。






カカシが突き飛ばされて此方から目を逸らしたと同時に、雫は闘技場の高い塀に移動した。近くに居た砂の忍が一瞬驚いた顔をしたが、すぐにクナイを向けて来る。その方向に顔を向ける事なく忍を瞬殺した後、観客席の上を眺める。


次々に襲い来る忍の喉を的確に貫きながらも視線は火影達から離さない。屋根の上に移動した2人の周りを漆黒の結界が覆い隠した。


『・・・穢土転生』



――――もうすぐだ・・・



・・・もうすぐ彼に会える。



今から大蛇丸が発動させるのは自然の摂理を無視し、人の命を犠牲にし死者を甦らせる悪辣な術。



――――けれど・・・



焦がれ続けた彼に、会える



彼を失ってから長い間、ずっと後悔していた。例え契約違反として罰が下されようともあの時、彼の手を離さなければ・・・



――――彼を喪いはしなかった



嗚呼、どうして呪いを・・・先見の才など受け継いでしまったのか。なぜ一族で最も“神”などに愛されてしまったのだろうか。


「・・・」


とりとめのない事ばかりが脳裏を掠め、追憶が止む事はない。





どうして、人は“永遠の命”に焦がれるのか




どうして、人は“未来”を知りたがるのか





雫には理解出来なかった。この能力のせいで森羅万象の輪廻から外れ、人ですら無くなったというのに。


・・・そしてそんな私を愛してくれた、唯一の人すら、守る事が出来なかったというのに。




『・・・人は何処までも愚かだ』




視線をずらすと、此方を凝視する2人の姿が見えた。カカシともう1人…猿飛の息子のアスマ。彼は偉大な父の死に、涙を流すのだろうか・・・


『・・・』


紐が解かれた仮面が重力に従って落ち、音を立てて転がる。2人が驚愕に目を見開いたのが気配で分かった。闇色のコートを剥ぐと、その下から真逆の色が姿を表す。



「・・・吹雪」





・・・嗚呼、また1人私の名を呼んでくれる者が減って逝く。



大蛇丸やサソリが求める“永遠”を持つ私は彼らの元に逝く事は出来ないのに。




『・・・始まった』




紫黒の闇の中で、大蛇丸の前に煙と共に現れた3つの棺桶。その2つの中から現れた人影を見て猿飛が驚愕に目を見開いた。




「初代様・・・二代目様・・・」




煙の中から現れたのは紛れもなく、彼とその弟だった。大蛇丸が印を組んだせいで生きていた頃と寸分の差もなくなったその姿に、雫は思わず目を伏せた。


・・・本当に卑劣な術だ。


親しかった者を甦らせて攻撃させる。甦った死者と関係が深ければ深い程、その相手は戦い難いだろう。性格も術も完全に本人の物だから、余計に。


――――もしも、自分がこの術を使われたら・・・


戦い難い所か、戦意喪失してしまうだろう。攻撃が“見えて”いたとしても、かわせない。例え大蛇丸に操られていたと頭では分かっていても、その言動に動揺してしまう。


――――きっと私は彼に心臓を貫かれても、縋る様に手を伸ばすのだろう・・・



『愚かなのは、私もか・・・』


雫は小さく溜め息を吐き、再び視線を闇の中に戻す。その視線に気付いた猿飛が悲愴の色を帯びた瞳を辛そうに細める・・・大蛇丸もこちらを見たが、怪訝そうに顔をしかめただけだった。


『・・・』



――――彼は、変わらずに前を向いたまま・・・



…彼はきっと自分に気付いている。それでも前を向いたままの彼に自分は此方を見て欲しいのか、それとも見て欲しくないのか・・・・雫には分からない。ただただ、胸の中を哀しみと愛しさが渦巻いた。


2人が同時に走り出した。未だに躊躇する猿飛が攻撃をすれすれでかわす・・・仲が良かった師弟の戦いは、正直見たくはない。特に彼が、猿飛を攻撃する姿は。



――――だがそれが、せめてもの手向け・・・



彼が木遁を使い黒暗行の術の印を組む・・・嗚呼、もうすぐ彼らは再び永久の眠りに付いてしまう。今まで立派に木の葉の里を支え続けた愛弟子を連れて。



『・・・屍鬼封尽』



闇の中、猿飛の後ろに浮かび上がる白い死神。本来、術者とその腕に魂が掴まれた者のみに見えるが、名前の瞳はその姿を映していた。







―――まだか…まだ時間がかかるのか…


猿飛は何も見えぬ闇の中、攻撃を受け続けていた。背後に浮かぶ死神は理解出来ない言霊を呟き続けている。




『ごめんな・・・』




・・・あの時、彼女が呟いた言葉が耳に甦る。全てを“見て”知っている彼女は無理やりこの世に引き摺り戻された彼の姿に、何を思ったのだろうか。


昔、冷たくなって帰って来た彼の亡骸に縋りついて彼女は泣き叫んでいた・・・助けられなくてごめん、と謝り続けながら。


・・・優しい彼女の事だ。自分の最後を見届ける為に此処に現れたのだろう。それが助けてやれないせめてもの慰めだと。


「ぐっ・・・!!」


死神の腕が自分の魂を長い爪を突き刺す。猿飛は想像以上の激痛に思わず呻いた。ズルリと引き摺り出された魂は、死神に囚われて宙に浮かぶ。



――――これで準備は整った・・・



闇の中、僅かな匂いを元に影分身が2人を捕らえる。その瞬間攻撃を受けたが影分身は消えず、猿飛は涙を滲ませながら2人に詫びた。



――――初代様、二代目様・・・申し訳ありません



「屍鬼封尽!!」


・・・闇が晴れ、影分身の腹を通して2人の体に死神の腕が食い込む。同時に、大蛇丸の支配から逃れた2人が微笑みを浮かべた。


「手間をかけたな・・・サル」


「・・・     」


初代が大蛇丸に分からぬ程度に顔を彼女の方に向け、何かを呟く。そして柔和な微笑みを浮かべた。



――――嗚呼、このお二方は本当に・・・



お互いを想っているのだと、改めて思った。それなのに、彼女と彼の間にある“死”という名の壁は何よりも高い。例え彼女が死を望んだとしても“神”に愛される故に、その壁を越える事は出来ない。



――――もしも、このまま彼を留めて置けたのなら・・・



少しでも長く逢わせて差し上げたかったが、もう自分の体力が持たない。この後に大蛇丸も封印しなくてはならないのだから。



「お許し下され!!初代様…二代目様…」

雫様・・・




2人の魂が引き摺り出され、影分身の魂と共に死神に喰われた。そのおぞましい光景に大蛇丸の顔が引き吊り、血走った眼が此方を睨む。


「お前も共に連れて逝くぞ…」


「…逝くならば御一人でどうぞ、先生…」



















『・・・』


闇が晴れ、死神に掴まれた3人の姿が見えた・・・どうやら2人は大蛇丸の支配から解放されたらしい。


『!!』



――――彼が、此方を見た・・・



思わず掌を爪が食い込む程握る。何か言わなければ、と口を開いたが何も思い付かず、雫は唇を噛み締めた。





















「・・・逢いたかった」




小さな呟きは確かに雫に聞こえた。その言葉にさっきまで出なかった言葉が自然に唇から零れる。



『私も・・・逢いたかった』



その言葉に、彼が柔らかく微笑んだ。雫が焦がれて止まなかった、全てを包み込むような優しい顔。急に視界が滲んで、頬を熱い物が伝った。



『・・・私の事、』



―――――恨んでいるか…?



ずっとずっと、怖かった。未来を告げれなかった私を恨んでいるかもしれないと。もし、あの時に伝えていたら彼は死ななかったかもしれないから・・・




「・・・いいや」




――――知っていたよ…



『・・・』



何も言わずに泣き付いて来た夜に悟ったと彼は笑った。その表情に鼻の奥が痛くなる。何度瞬きをしても視界は晴れてくれない。




「もう時間だ・・・」




『・・・置いていかないで』



連れて行って、と雫は幼子の様に呟き続ける。無理だと知っていても嗚咽は止まらない。寂しそうな彼の顔に、更に視界が滲んだ。










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