醒めぬ夢などなく また沈まぬ太陽も存在しない



希望と絶望は つねに紙一重



“生”には 必ず“死”が訪れる



…きっとそれらは永久に変わる事などない真理なのだろう…



全てに平等なのは“死”のみだ



けれど呪われた私にだけはその救いは訪れない



…ならば、救いを求めはしないから、



せめて、せめて



明けぬ夜もない事を祈らせて・・・
















――――――一月ぶりに訪れた木ノ葉は以前よりも格段に賑わいを見せていた・・・まぁ5大国の里から選りすぐりの下忍達の中忍試験の最中なので当然と言えば当然だが。


特に今回は、あの“悲劇のうちは”の生き残りが参加する事もあり、普段にも増して観客が多い。他国の忍びは天才とまで言われたあの一族を恐れ、自国の忍びはその素晴らしい血継限界を妬んだ。



・・・それに“うちは”と並ぶ名家、日向家からも2人参加している。因縁の本家と分家…どんな試合をするのかと観客の期待も大きいだろう。



…試験終盤の一尾の暴走、大蛇丸の急襲・・・そして火影の死。



それを雫の足元を行き交う人々は知らない、知る訳がない・・・未来を知るのは己のみなのだから。



―――――先見(サキミ)の才・・・



古(いにしえ)の一族が有していた特異な能力。かつてその力を使い千手、うちは一族と共に里を作るのに貢献したが…その記録は一切残っていない。いまや一族の名すら知る者は2人だけ・・・いや、今からたった1人になってしまう。



・・・難儀な能力だ、と溜め息を漏らす。知りたくもない未来を見せ付ける癖に、自分と愛する人々の運命を変える事は許されない。



・・・一族の滅びを知りつつ、それから逃れる事も出来ず死んで行く、そう悟った時の一族の絶望は計り知れない。自分が…愛する人が、何時、何処で、どのように殺されるのか分かってしまう・・・もはや呪いだ。



自らの死に様を悟りながらそれを避けずに受け入れなければならない哀しき運命(サダメ)・・・それが雫の一族の血継限界だ。






――――だから助けられなかった・・・
あの時 もう 帰って来ないと 知っていたのに




雫は陰欝な溜め息を付いた・・・肺に溜まった二酸化炭素は吐き出せたが、悲哀色の胸の澱は消えてくれない。



 ―――ああ、どうせ今回も変えられやしないのだ・・・



“神様”が作った長い長い物語、舞台はこの世界、出演者はその時代を生きる人々・・・淡々と進められるストーリーを観客席から眺めるのは私一人だけ。















『・・・』



屋根から飛んで地面に降り立つ。フワリと体重を感じさせない動きで現れた雫に巡回中の忍が射る様な視線を寄越したが、無視する事にした。



・・・大嫌いな人混みに紛れ本選の会場に辿りついた時には既に席は埋まっていた。雫は手摺に寄りかかる立ち見の観客の背を通り、試験会場に降りる階段の入り口の前に立つ・・・薄暗く人目に付きにくい此処はゆっくり観戦するには丁度良い。







 ――――やはり、警戒しているか・・・






雫の斜め後ろ…少し離れ柱に隠れるように立つ動物を模した面の忍・・・暗部。



 ――――要注意人物だと認知されたらしいな…



その直後に参加している下忍達を担当する上忍達が、一斉にこちらに振り向いた事でそれを確信した・・・その中の、己と同じ色の髪の持ち主が眼を見開いているのを見て内心で溜め息を吐く。



 ――――面倒な事になりそうだ・・・
















気配なく薄闇に滲む白。視界に捕らえていながら存在が感じられない・・・忘れる筈がない。三代目の“古くからの知り合い”の吹雪だ。



・・・なぜ、ここに居る?



そんな疑問が思考に浮かんだ瞬間、ガイ達が驚きの表情で見てきた・・・うっかり口に出してしまったらしい。



アスマの厳しく問い詰めるように眼を見て、説明するのが大変そうだなぁとカカシは他人事の様に思った。













「・・・アイツが吹雪だぁ?」



「信じがたいわね・・・」



驚きと疑問が混じった声で呟く2人・・・半信半疑といった所か。何故か騒がしい筈のガイだけは真剣な表情で低く呟いた。



「何の為に中忍試験に・・・?」


「・・・ガイはアレが吹雪だって信じる訳?」



「紅、この状況でカカシが嘘を吐くと思うか?」



――――大蛇丸の陰謀の渦巻くこの時に…



ガイの表情に、紅もアスマも真剣な顔になる。やっと納得してくれた2人とガイにカカシは冷静に告げた。



「恐らく吹雪が大蛇丸の仲間…の可能性はない」



「なぜそう言い切れる?」



「吹雪が中立情報屋である事と、火影様が・・・吹雪と親しいようだったからだ」



――――火影様が頭を下げられた・・・



途中で言い直した真実。いつ何が起こるか分からない今は皆を混乱させる事は避けたかった。そして実際に見たカカシでさえ信じがたいのだ・・・一国の主が情報屋に頭を下げるなど。



・・・それよりも今は何の為に吹雪がここに居るのかが大事だ。



「だが何の為にここに・・・?」

「それが分からなけりゃあ、なぁ…」



大蛇丸の仲間でなくても、この里に害を及ぼすのならば・・・なんとして阻止しなければならない。





・・・どこか決意を秘めた隻眼がフード越しに名前を射る。警戒と疑問が入り混じった視線にうんざりした。



きっとカカシは仲間に自分の事を話したのだろう。知られれば吹雪として活動しにくくなるというのに・・・面倒だ。忍としては極々正しい行いだが。



ゆっくりと階段を登ってくる銀髪を見て雫はフードの下で溜め息を付いた。

















目の前に佇む、自分より頭ひとつ小さな人物・・・限りなく近距離にいるというのに、吹雪が立つその場所だけが世界から切り離されたかのように気配が感じられない。



恐らくカカシが眼さえを閉じてしまえば、近くにいる存在を認知する事すら出来なくなるのだろう。


『      』



・・・恐怖感を堪え、「何の用だ」と質問するために乾いた唇を開く前に、凛とした静かな声がカカシの鼓膜を揺らした。



――――安心しろ、見に来ただけだ・・・



カカシが吹雪の言葉を理解するのに数秒かかった。彼女はカカシが問いかける前に“此処に居る理由”を答えたのだ・・・そして害を与えるつもりはない、と。



『そう驚くな、お前らの疑問に答えてやっただけだろう?』



「・・・」



『中忍試験を見に来ただけだ』



情報屋としてな、と付け足す吹雪を探る様に睨む。憶測に過ぎないが、恐らくこの情報屋は既に知っているのだ・・・



――――試験の影に大蛇丸が潜んでいる事を…



そして吹雪は、奴が何を起こすのかも知ってるのだと、どこか確信めいた予感があった。



「・・・大蛇丸は、何を企んでいる?」



『既にお前は知ってる筈だが?』
――――あの子は必ず私の元に来るわ・・・



奴が去り際に残した言葉が耳の奥から蘇る・・・写輪眼を持つ、サスケの身体が欲しいとあの男は言っていた。



『・・・間に合って良かったな』



「・・・?」



――――いつの間に・・・

気付かぬ内にシカマルの試合が終わったようで、周りの観客がサスケが登場しない事に騒いでいた。



ゲンマが片手を上げ、サスケの失格を宣言しようとした瞬間、ブワリと木の葉が風に舞い上がり、2人の姿が現れた。



・・・一瞬でシン、と静まった会場に少年の声が厳かに響き渡る。



「うちはサスケだ・・・」



途端に爆発したように歓声が会場から沸き上がった。同時にサスケと登場したカカシの“影分身”は印を組み、煙となって消える。



「なぜ・・・サスケの登場が分かった?」



――――自分ですら間に合うか不安だったというのに



『企業秘密、だ』



――――それ以上は答えられない



口外にそう告げられてカカシは口をつぐんだ。尽きない疑問を問い詰めたい所だが、吹雪がこれ以上話すとは思えない。



『可愛い部下の試合を見てやらないのか?』
「カカシ先生ぇーっ!!」

「試合始まったわよ!!」



喧しく自分を呼ぶナルト達に眼を向けた。先ほどまで騒いでいた観客達は待ちに待ったサスケの試合に釘付けになっている。



「・・・」



視線を戻すと既にソコには誰も立っていなかった。5秒にも満たない間に消え去った彼女に全く気付かなかった。



「・・・逃げられました」



音もなく背後に現れた暗部が短く報告する。それによるとナルト達に眼を向けたカカシの背後に隠れるようにして消えたらしい。



――――背を向けたとはいえ近くに居た自分ですら気づけなかった・・・



この試験会場内には居るであろう吹雪に費えぬ疑心を抱きながら、カカシはナルト達の方へと足を向けた。





・・・吹雪は、術で移動する瞬きのような間にコートを黒に変え、動物を模した仮面で付けた。


先ほどとは反対の階段の前に立ち、狭くなった視界から我愛羅とサスケの試合を眺める。


『・・・』


――――大蛇丸の計画が始まるまで後少し…


カブトが試験会場全体に涅槃精舎の術をかけると計画実施の合図となり、砂の忍と音の忍が動きだす。




「…あれはコピー忍者カカシ唯一のオリジナル技…」




そしてサスケが絶対防御の砂に隠れる我愛羅に雷を纏った掌をふりかざした。



「 千鳥 だ」





次の瞬間、耳をつんざく様な金切り音が鳴り響き、サスケの腕が強固な砂の殻を突き破る。



「ぎゃああああぁ!!!!」



絶対防御を破られ傷を負った我愛羅の悲痛な絶叫に、雫はゆっくりと目を閉じる。


・・・視界を封じても、鮮明に脳裏に写し出される“未来”


聴こえる喧騒よりもズレた映像には、突然空から舞い降りてくる純白の羽が見えた。



守鶴の腕に掴まれたサスケが痛みに呻く声と、異形の腕を見た観衆の動揺が鼓膜を通して“未来”を見続ける雫へと伝わって来る。




「・・・ 羽根 ?」









さぁ、終わりの始まりだ





お前を守ってやれない代わりに





三代目火影としての最後の姿を





この瞳に焼き付けよう










猿飛・・・私は彼と同じ火影として里を愛し支え続けたお前の生き様を最後まで見届けよう。




――――“雫”を知る最後の友よ



「・・・すまない」



救ってやれなくて




いつか愛した彼に呟いた言葉と同じ台詞が、噛み締めた唇から零れ墜ちた。





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