『――――ッ!!』

ゾワリと背筋が粟立った。日当たりの良い道を歩いているのに凍えるかのように指先が冷えていく。

「…どうかしたのか?」

『いえ、何でもありません』

不審そうな顔をする依頼主…突然雫が歩くのを止めたから当然といえば当然だが。雫は得体の知れない焦燥感を抑え込み、冷静さを取り繕う。

『…これが彼らのアジトの詳細です』

依頼されていた情報を纏めた書類を目の前の男に渡す。一通り目を通した後、感嘆の溜め息を吐いた。

「・・・ここまで良く調べれたな」


―――――――初めは半信半疑だったが…噂通りだな


手にしている書類にはアジトの場所は勿論、出入口や窓、物の配置に至るまで詳細に地図に書き込まれていた。

詳しい事を伝えたのは昨日だというのに・・・どうやって調べたのか、全員の過去の罪歴まであった。

「十分過ぎる位の情報だ…」


―――――これで一気にアイツらを捕らえられる


人目に付かぬ様に裏道で密会をし、欲しかった情報を受け取った大名は薄く微笑んだ。彼らに苦しめられる民を救う事が出来て嬉しいのだろう。

「流石、名高き吹雪殿だな…」

――――――これ程の情報を持つのなら…是非とも内乱の多い我が国に留まり、平和な国を作る為に協力して欲しい。


「吹雪…私の部下にならないか?」


勿論悪いようにはしない、と真剣に見つめてくる男。権力を持つ大名にしては珍しく、心から民を思っていた…一刻も早く内乱を鎮めたいのだろう。


――――――けれど、誰かに付く事は出来ない・・・


『…私は中立情報屋ですから』

今までにもこの男の様に提案して来た人間は多かった・・・だが雫は全てを断った。


――――――あの悲劇を、二度と起こさない為に・・・


決して人に知られてはいけない雫の禁忌のチカラ・・・呪われた一族の血。“雫”がこの世から消された原因。


―――――私は世界に関わってはいけないのだ


「…本当に噂通りだな」

やはり誰にも従わないか…と残念そうに大名は去っていった。また何かあったら頼むと言い残して。

『…これが最後だな』

半月程前にはビッシリと欄を埋めていた依頼達には全て赤い線が引かれていた…予定していた仕事は終了だ。

『・・・』


―――――嫌な予感がする・・・


漠然とした不安と恐怖、それらから生じる焦燥感・・・昔から勘は良かった方だ。嫌な予感ほど当たらなかった事はない。


――――――アイツ、か?


またロクでもない事でも企んでいるのだろうか・・・全く悪趣味な奴だ。何を好んで雫に執着するのか…理解出来ない。

『・・・フッ』

無意識に鎖骨の辺りを押さえていた自分を嘲笑う。気にしても仕方のない事だ・・・自分の未来は分からないのだから。


―――――暫くは隠れ里のない…忍の居ない平和な国に留まるか。不審がられて干渉されるのも鬱蕩しい・・・忍が居ない国ならば多少は大丈夫だろう。


『・・・』

・・・ザワザワと何かが脳髄を這いまわる様な嫌悪感が止まない。直感が危険だと自身に警告する。

『・・・行くか』

安全な波の国にでも。詰まっていた依頼を片っ端から片付けたので流石に疲れた…少し休みたい。

温泉も良いなとか考えながら雫は瞬身で姿を消した。





「…急用って何だよ?うん」

「俺らが今日非番だって知ってんだろうが…リーダーさんよぉ」

せっかくの非番を邪魔されて不機嫌そうなデイダラと睨んでくるサソリ。

「まぁそう怒るな…急用とは言ったが、」

任務だとは言ってないだろう?と言うとサソリは眉間に皺を寄せ、言葉遊びは好きじゃねぇんだと吐き捨てた。相変わらずせっかちな男だ。

「…やってもらいたい事がある」

「だったら任務じゃねぇか?うん」

「いや、そんなに大袈裟な物ではないが…」


――――――ある意味、任務より難しいかもな


意味が分からないと不審そうな顔をするデイダラ・・・サソリは眉間の皺を増やした。

「・・・簡単な事だ」


――――――任務のついでにある人物を探して欲しい。


「・・・探せって事は名前も分かってるんだろ?うん」


――――――だったら簡単だろ?と不思議そうに聞き返す単純な相棒にサソリは溜め息を付く。もしもそうならわざわざ呼び出したりなんてしない・・・面倒な事になりそうだ。


「・・・ソイツが曲者なんだろ?」

「その通りだ・・・聞いた事はあるだろう?」


――――――吹雪という女だ・・・


「…ククッ、吹雪と来たか」

「ソイツ…たしか情報屋だっけか?うん」

「そうだ・・・“中立”のな」

「メンバーにでもする気か?」

「・・・出来ればな」

「そんなに強いのか…うん?」

「ああ…あの鬼鮫とイタチから逃れるような奴だ」

「!!…へぇ、そりゃスゲェな…うん」

「吹雪って言やぁ雪の女王って言われる位の美女だからな…」

会ったらその芸術的な面を拝んでやるよ、とサソリは口角を吊り上げた。デイダラはイタチから逃れた奴という事で俄然やる気が出たらしく、目を輝かしている。


―――――やはりコイツらが適任だな・・・

暁の首領は声に出さずに呟いた…この2人も十分曲者だ。恐らく吹雪も一筋縄ではいかないだろう。

「ソイツを捕まえりゃ良いんだな、うん」

「それがベストだが…難しいぞ?」

「クククッ…嫌がったら俺の芸術にしてやるよ」

楽しそうに笑う傀儡師・・・恐らく捕まえる事は愚か、殺す事など不可能だろう…あの男が執着する程の女だ。

「話は以上だ・・・明日の任務は?」

「波の国だな、うん」

「そうか…」

吹雪はイタチ達と接触した事で、隠れ里のない国に移動した可能性が高い

「見付け次第、仲間に率いれろ…」


―――――抵抗すれば力ずくで連れて来い


「了解、うん」

「久々に楽しめそうだなぁ…」

歪んだ微笑を浮かべる芸術家達は、様々な事を考えながら去って行った・・・



「これで満足か…?」

ペインは振り向かずに問いかける。背後には質素な仮眠用の整えられたベッドがあった。声をかけられた直後、誰もいない筈のベッドのシーツに闇が滲み、寛いだ男の姿が現れた。

「ああ、思い通りに進んだな」

幻術を解いて姿を表したのは黒髪の男。2人には見えていなかっただろうが、最初からここに居たのだ・・・気付かぬ2人をせせら笑いながら。

「…何の為に2人を行かせた?」

「暇潰しだ」

アイツらでは歯が立たない事くらい分かるだろう?と厭らしい笑みを浮かべる男を無表情のまま見つめる・・・暇潰しとは言ってくれる。

「…後3年しかないんだぞ?」

「それだけあれば十分だろう?」

・・・相変わらずの勝手ぶりに目眩がした。何を根拠にそんな事がいえるのか…理解出来ない。

“暁”の真のリーダーにペインは頭を抱えた。






孤独な 月 は 移ろう世界 を


ぼんやり 照らし続ける


地に 沈んだ 太陽 は


二度と 世界 を 照らさない


人々 は 真昼 の 月 には 気付かない

月 は 闇 に 抱(いだ)かれてこそ


太陽 の 恩恵 を 受けながら


淡く輝ける 月 と なる




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