半日程移動し続け、朝にようやく霧隠れの里に辿り着いた。門番に水影の印のついた通行許可証を見せ、中に入る。
――――――木の葉と大違いだな
冷たく淀んだ空気が漂っている…霧だけじゃなく、雰囲気が。ピリピリと何かを警戒しているような・・・最近現れた、不審人物のせいか。
・・・先に水影に現在分かっている情報を貰い、適当な茶屋で情報収集をするとしよう。水影邸に向かおうと歩き出した。
・・・ゾ ク リ ・・・
『!』
―――――――見られている・・・
誰だ…何処から見ている?振り向かずに気配を探る・・・後ろの建物の上に2人、か…相当強いな。戦闘になったら面倒だな。雫は視線を無視して歩き続け、水影邸に入った。
―――――白い背中を見つめる、黒い人影。
「…アレは何者でしょうかね?」
「さぁな…ただ俺達の存在に気付く程の奴だ」
「・・・消しますか?」
「待て、俺達の存在を知られるのはまずい…」
「…暫くは泳がせておきますか?」
「そうだな…」
――――――短い会話の後、2人は霧に溶ける様に消した・・・
『・・・ここで情報を集めるか』
――――――分かった事は2つ。不審な奴らは恐らく5人組で、全員どこかの抜け忍らしい。一体何を企んでいるのか・・・それを調べるのが今回の仕事だ。
「いらっしゃい、こちらへどうぞ」
『緑茶と蓬(よもぎ)餅2つ頼む』
「はいよ」
老夫婦が経営している茶屋にはそれなりに繁盛しているようだった・・・入口に背を向けるような位置に座る。運ばれて来た茶をすすりながら客の話に耳を傾けた。
任務の話、恋人の話、家族の話、上司の話など・・・なかなか目当ての情報に当たらない。他国の抜け忍の集団が霧隠れに何の用があるのだろうか…目を閉じて考える。
『・・・・・・』
今は収まったとはいえ…内戦続きだった不安定な霧隠れ。抜け忍の彼らが隠れ易いのは分かるが・・・水影の耳に届く程、姿を晒しての行動は何の為?
雫の予測は2つ・・・
――――――里で、何かを探してる・・・ もしくは、バックに大名か何かがいて内戦を企てているか。
…内戦の線は薄いが可能性はなくはない。もし探し物だとすれば、何を?恐らく相当金になる物の筈だ。抜け忍の彼らが逃亡生活を送れる位の…裏で高く売れる物。尚且つ、霧隠れにある物。
――――――分からない。
すっかり冷めた緑茶を飲み干し、御代わりと餡蜜を頼む・・・能力を使って早く仕事を済ます事も出来るが、出来ればしたくない。特にこんな下らない仕事では。
「…お客さん、悪いんじゃが相席して貰って良いかのぉ…」
振り向けば申し訳なさそうな老婆・・・いつの間にか茶屋は満席に近かった。仕方ないので構わないと告げると、少ししてから頼んだ品物を持った翁(おきな)と相席する相手がやって来た。
―――――さっきの奴らか・・・
背中を向けているので姿は分からない。そもそも気配しか知らないがかなりの強者だ。…偶然か?はたまた仕組まれたのか・・・恐らく後者の方だろうが。
「・・・団子2皿と緑茶」
「どうもすいませんねぇ…私も緑茶をお願いします」
『気にしないでくれ』
前に座るのは、笠を被り、黒地に紅い雲が浮かぶマントを纏う2人組。礼儀がある男は布で巻かれた巨大な何かを壁に立て掛けている・・・それを見て、雫は目を僅かに見開いた。
――――――鮫肌
元忍刀七人衆の1人、干柿鬼鮫の愛刀だ…それと目を引く青い肌からして目の前にいるのは本人に間違いない・・・わざわざ抜けた里に戻った理由は何なのか。
…もう1人は、艶のある長い黒髪と男にしては華奢な体系をした人物。サスケの憎しみの対象でうちは一族を滅ぼした実の兄。
――――――うちはイタチ
面倒な事になったと内心で深く溜め息を吐いた・・・S級犯罪者である彼らとは是非とも関わりたくなかった。同じマントを纏っている事から2人が何らかの組織に属している事が分かる。しかも、イタチが居るという事は・・・アイツもいる。
『・・・・・・』
口の中の餡蜜が急速に不味くなっていった・・・さっさと情報を集めてこの場から去りたかった。
アイツに関わるのだけは何としても避けたい…何故自分なのかは分からないが、アイツの執着心は尋常じゃない・・・愛というよりも、狂気に近い。
『・・・』
「「・・・」」
―――――お互い無言で茶をすする
一切会話もしない、顔を隠した3人組・・・誰が見ても不審にしか見えないだろう。隣に座っている奥さん方も此方を見ながら何事か囁いている・・・こんな状況で情報収集なんか出来る訳がない。
『…会計を頼む』
老婆に代金を渡し、さっさと店を出る…背中に痛い位に2人の視線を感じたが、あえて無視した。付けられる前に瞬身をしたかったが諦める・・・背後で鬼鮫が会計をしている声が聞こえた。
仕方なく人目に付かない森に瞬身した・・・直後に2人分の人影が目の前に現れる。毒々しい色彩の揃いのマント。笠で顔を隠しているが、殺気だった気配は隠す気すらないようだった。
『・・・何の用だ?干柿鬼鮫にうちはイタチ?』
「「!?」」
こちらが名前を言い当てた事で殺気が膨れ上がる。今回のターゲットは5人組・・・全員抜け忍らしいが、まさかビンゴブックにS級と載る程のこの2人は違うだろう…派手な衣装という情報は無かったし。
『…最近彷徨いてる抜け忍5人組ってのはお前らか?』
――――――とりあえず確認してみた…違うなら関わりたくない。わざわざ面倒な事に首を突っ込む趣味はない。アイツが関係している組織に近付くなんて御免だ。
「5人組?…我々ではありませんね」
『そうか…なら用は』
―――――ない、と言いかけた瞬間に顔面に飛んで来たクナイを首を捻って避ける。殺すつもりで放ったのだろうイタチの視線は氷の様に冷たい・・・此方(こちら)は用がなくても彼方(あちら)にはあるらしい。
「・・・貴様は何者だ?」
抉るように睨み付ける写輪眼・・・弟とは格段に実力が違う。大蛇丸がイタチを付け狙うのも無理はないが、雫はどうも苦手だ・・・あの全てを見透かす様な、鮮血の深紅が。
「…イタチさん」
「我々の事を知られた以上、生かしては置けない」
…同時に仕掛けて来た攻撃を跳躍してかわす。間をあけずに飛んでくるクナイを避け、木々の合間を縫って逃げる・・・流石にあの2人を相手に真っ向勝負はキツい。なるべく術も見せたくないし、特徴等を知られたくない。
――――――後ろを追うのはイタチ・・・下には鬼鮫。木から落とされたら鮫肌で削られるのだろう。イタチの放った火遁が轟音を立てて進行方向の一帯を焼き尽くす・・・追い込まれる様にして雫は湖に降りた。
――――――湖から飛び出した水で出来た鮫が襲いかかる
水遁、水鮫弾の術・・・鬼鮫の術か。振り向き様にクナイで切り裂き只の水に戻した。
「ククク…なかなか遣りますねぇ」
「・・・」
――――――あの2人は幻覚か
雫は目を細めた・・・下に居るなら丁度良い。一気に片付けれる…幻覚に気付かぬふりをして、好機を待った。
『!!』
水面から生えた腕が足首を掴み、水しぶきを上げ鬼鮫の鮫肌が唸りを上げて迫る。それを見ても全く動じない雫を見てイタチは悟ったらしく、目を見開いた。
「…ッ!!退くぞ!!」
「!?」
『遅い!!』
氷 遁 氷 牢 の 術
湖が凄まじい勢いで凍り付く。逃れようとした2人を氷柱が取り囲み、行く手を阻んだ。念のためイタチの右手を凍り付かせる…火遁を使わせない為だ。
「…やられましたねぇイタチさん。」
「・・・」
『殺すつもりはない…氷もそのうち溶ける』
この場を去ろうと背を向けると、今まで無言だったイタチが淡々と言い放った。
「・・・名前を教えろ」
『・・・秘密だ』
――――――兄弟揃って同じ事を言うか・・・
まぁ、フードで顔を隠す不審人物に自分達の事を知られていて、尚且つ負かされたのだから気になるのかもしれない・・・名乗る気は更々ないけれど。
アイツに伝わると面倒だ。この仕事を早く終わらせて移動するのが最善だろう・・・何故か愉快そうな視線を向ける鬼鮫と睨むイタチを眺めながら雫は瞬身で姿を消した。
「…一体何者ですかねぇ?」
「さぁな…」
仮にもS級犯罪者の自分達をたった1つの術で戦闘不能にし、しかも無傷で立ち去った人物・・・フードのせいで口元しか見えていなかったが、背丈を考えると女かもしれない。
「・・・リーダーに報告しますか?」
「あぁ…帰るぞ」
今回の任務は自分達の組織・・・“暁”を探る者達の暗殺。さっきの人物が探していた奴らだ。そろそろ死体が見つかっている頃だろう。
右手の氷が溶けた直後、儚い結晶を散らしながら2人の人影は湖から消え失せた。
闇 に 堕ちれば 堕ちる ほど
人 は 光 に 焦がれる
牢獄 の 咎人 が 太陽 に 手 を 伸ばすように
深い 深い 闇 に 堕ちた 狼 は
淡い 輝き を 放つ 月 を 欲した
誰 の 物 でも ない
自分 だけ を 照らしてくれる 月 が
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