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「京楽隊長、起きてください」
「んん…?なあに、七緒ちゃん…もう少し寝させて…」
「合同演習中に他隊とトラブルが起きたようです」
「へえ…んじゃ、お尻叩いといてね……」
「みょうじさんが、当事者なんです」
「なまえちゃんが?」


演習場へ向かうと、そこには目を疑う光景が広がっていた。
立ち上る白煙の中、演習場の白い壁にぽっかり大きな穴が空いている。爆風で吹き飛んだらしい屋根瓦や床の舗装材が辺りに散らばり、まるで何かが爆発を起こしたようだった。
視線をずらせば四番隊の担架で運ばれていく一人の男。
京楽が現れたことによって隊員たちのどよめきが沈んでいく。


「まいったね、何があったんだい」
「それが、なにも言わなくて…」


張本人のなまえは席官たちに拘束されたまま俯いて言葉ひとつ発しない。京楽の気配に眉をあげて反応を示したものの、ついに顔を見ることも挨拶ひとつ返すこともなく、沙汰を受けるべく近くの一番隊舎へ連行された。


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手枷を嵌められたなまえは、牢の隣室で取調を受けることになった。待てども待てども誰も来ず、いい加減にしろと叫びたくなったその瞬間、扉を壊す勢いで浦松洞が憤った面持ちで現れ、ガラス一枚隔てた向こうにどっかりと腰を下ろした。


「馬鹿なことをするのも大概にしろ」
「…なんで浦くんがここに」
「俺が調べ官だからだ。馬鹿」


入ってくるや否や、馴染みのある罵声が浴びせられる。一番隊の浦が心底うんざりといった様子で簿冊を開き、荒っぽい音がしんと静まった部屋に大きく反響した。
浦が相手というのは、非常に複雑だった。ありがたいようなやりにくいような、許されるならチェンジと叫びたい。


「なにがあった」
「…あの人が私を侮辱したのが許せなかったの。それでつい、ボンッと」
「つい、で済ますような規模じゃなかったぞ。なんだお前、やろうと思えばあのぐらいできるんじゃないか」
「うるさいなあ…で、私はどうなるの?謹慎?」
「謹慎で済むように掛け合ってやりたいところだが、嘘をつかれちゃ力にもなれん」


嘘、という言葉になまえの眉が不快げに歪んだが、浦は気にする素振りもなく続けた。


「自分を侮辱されたぐらいでキレるならとっくの昔にやらかしてる。俺相手に誤魔化そうとしても無駄だ。本当はなにがあったんだ」
「だから、悪口言われたんだって。私だってむかつくことぐらいあるよ」
「頭を冷やすまで牢に入れてやろうか」
「しつこいなあ!何回も言ってるでしょ!」


冷徹な声色がなまえの怒りを余計に煽り、つい口調が激しくなる。珍しく激昂する同期の姿に浦は感心していた。なまえがこんな風に声を荒らげるのは、いつぶりだろうか。


「みょうじ、俺は………」
「邪魔してすまない」


薄暗い部屋に、光が差し込んだ。締め切ったドアが開かれたらしい。そこには、五番隊隊長の藍染惣右介が立っていた。


「……お疲れ様です。恐れ入りますがまだ調べ中でして」
「そのようだね。やあ、みょうじくん。うちの隊員が悪さをしてすまなかった。すぐにその錠を外してあげるよ」
「恐れながら、藍染隊長」


露骨に顔を歪めた浦の語気が強められる。隊長格を相手にしても怯まない同期の姿に、なまえの方が肝を冷やした。


「このようなことをされては困ります。この者の調べは私が任されておりますので、終わるまでどうぞ外でお待ちください」
「僕が引き継ぐよ」
「…というと」
「うちの隊の不始末だ、僕が代わろうじゃないか。なに、昔から悪い子たちに手を焼かされてきたから、この手の調べには慣れているよ。それに君相手だと彼女は話し辛いんじゃないかな」
「しかし」
「隊員同士の諍いだ。僕に任せてほしい。頼むよ」
「それは、…」

口ごもる浦を見るのは不思議と窮屈だった。結局藍染は浦をむりやり説き伏せて調べについた。


「さて、みょうじくん。うちの隊員が迷惑をかけてしまってすまない」
「あの…彼は何か、話しましたか」
「それが頭を打った衝撃でよく覚えていないらしいんだ」
「そうですか……。さきほど私が言ったことが事実です。彼に侮辱されたことが許せなくて」
「侮辱されたのはきみかい?それとも京楽かな」
「…ど、どうして……京楽隊長のお名前が」


分かりやすい動揺に、疑念が確信へと変わる。藍染はにこやかに続けた。


「君が誰かに対して怒るところが想像もつかなくてね。怒るとすれば誰かを貶された時だろう。家族か友人か、あるいは敬愛する上官か」
「…」
「きみはほら、昔からそうだったじゃないか。自分のことよりも他人を優先してしまう癖がある。長所であり短所だと彼も言っていたよ」


彼、がいったい何を指すのか、尋ねなくても理解できた。予想しない思い出話は頭痛を連れてやってきて、頭の中がぐらりと揺れる。そんなの今は関係ないじゃないですか。唇は、自然と尖った。


「そんなに優しい女じゃないですよ、買い被りすぎです」
「そうかな?」
「……藍染隊長にはお見通しですよね。彼が私の目の前で京楽隊長を貶したのが許せませんでした」
「具体的には?」


『お前ンとこの隊長は女と寝てばっかで何の役にも立たねえな。副官の伊勢ともやってんだろ?見境ねえよなあ、あんなの見てるとこっちが恥ずかしくなるぜ』

演習でペアを組んだ男性隊士が上官を侮辱した瞬間、なまえの体は燃えるように熱くなり、躊躇なく鬼道を撃ち放った。今考えても自分は間違っていないと断言できるだけの正義があり、正直に藍染に告げると、彼は一瞬顔をひそめて「申し訳ない」と頭を下げた。それがとても意外だった。


「あ、藍染隊長のせいじゃ…ていうか私、もっとちゃんと狙ったらよかった」
「そこまで。それ以上はきみに不利になってしまうよ。あとは僕がうまく書いておこう。解錠するよう伝えてくるよ」
「あの、藍染隊長」
「なんだい?」
「このこと、京楽隊長たちには」
「こう見えて昔から内緒話は好きなんだよ。だめな男だろう?ただし、次からは気をつけるんだよ。あんな火力で鬼道を打たれると、瀞霊廷が燃え尽きてしまうからね」
「は、はい」
「…京楽のためなら何も惜しくないという風だね」
「え?」
「いい部下を持って彼も幸せだろう。羨ましいよ」
「………いい部下…でしょうか」
「うん?」
「いえ、なんでもありません」


いい部下なら優しさに付け込む真似はしないはずだ。かすかな自嘲がなまえの口の端ににじんだ。




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