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隊首会の開始を三十分前に控え、ようやく京楽の気が鎮まった。いそいそと着替えを済ませるあいだ、なまえの内腿や二の腕といったちょうど見えない場所に残した鬱血痕が目に入ってしまい、なんとも言えない苦さが込み上げる。若い男じゃあるまいし。若さと未熟さを等しく繋ぐ京楽からすれば、どうにも気恥ずかしさを覚えてしまうのだった。
何か飲むかい。水差しをすすめると、なまえはいただきますと手を伸ばす。格好だけはいつも通りだが、まだ余韻が抜けきれていないのか湿った艶かしさが残っている。この顔で表に出られるのは、男にとっては微妙だ。独り占めしておきたいと思うのも未熟だからだろうか。しかし見せつけるのはもっと違う。
隊長羽織と桃色の着物を肩に流し、なまえの手を撫でながら尋ねた。


「なまえちゃんはどうする?このままここでボクのお使いしてたことにしなさいよ」
「そ、そうですね。いま戻っても邪魔にしかならないでしょうし」
「…そんな顔で戻られてもねェ」
「え?」
「いやいやこっちの話。そんじゃボクはもう行かないと山じいに拳骨されちゃいそうだ」
「あ、あの…今夜も、会えたりします?」
「…もちろん。こんなに可愛いお誘いされちゃたまんないよ。何か食べに行こうか」
「ありがとうございます」
「それから今のうちに言っとくけど、暮れに、ボクと過ごす時間を作って欲しいんだよね。できそう?」
「それは、まあ、できますけど…で、でも年の瀬は隊長だってお忙しいでしょう?」


無理しないでください、と気弱な声が続く。すっかりその気になってくれたっていいのにまだ躊躇うのか。京楽は腰に刀を差しながら続けた。


「どっちかっていうと年始めの方が忙しないもんさ。暮れは飲んだくれるばっかりで味気ないよ。なまえちゃんと二人で過ごしたいんだよ。せっかくだから」
「せっかくって?」
「…無事生還したわけだし、ご褒美が欲しいなあ」


藍染の言葉を間に受けるわけではないが、心に影が差しているのは事実のようだ。言葉選びも慎重にしなければならない。
一方で、まだ起きていないことのために目の前のご褒美から逃げるのはもったいないとも思う。嬉しそうに赤面する素直な女と離れるのは名残惜しく、もうあと十分で隊首会が始まるというときにやっと部屋を出ることができた。

そして新年を迎えてしばらく経った頃、護廷隊は新たな隊長を迎えることとなる。京楽の予感は、正しく当たっていた。
お互いの心を間違って察してしまい曖昧なままだった関係が変わる、唐突な契機が訪れるのだった。


第二章 終




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