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しばらくのあいだ気丈に振る舞っていたが、敬愛する平子を失った絶望感が日毎に増していき、みるみるうちに元気をなくしていった。
眠りが浅くなり、集中できない。
日々の隊務に支障が出始めていた。元々不得意だった剣術の評価はさらに下がる一方で、得意だった鬼道も詠唱が出てこない。不調を見兼ねた同僚らが休むよう言ったが、一人になると喪失感に押し潰されてどうにかなりそうだと無理を押してでも死覇装に袖を通していた。


『浦からも何か言ってよ。あのままじゃ倒れちゃう』
『はあ?なぜ俺が』
『私たちが言ってもきかないの。変なとこ頑固よねえ…本当に心配だから、休むよう言ってあげて』
『無理だ。忙しい』
『あんた最低。少しは心配してあげなさいよ』
『……』


浦は同期からの非難をものともせずに黙っていた。
人を気遣うだけの素直さを持たない性格上、傷ついた女にどう声をかけたらいいのか分からなかったのだ。
考えても埒があかず、とりあえず顔でも見に行こうかと五番隊舎を探すうちに隊執務室の前に立ち尽くすなまえを見つけた。
中に入ろうともせず、まるで内側から誰かが声をかけてくれるのを待っているようだ。覇気のない顔で棒立ちする様は側から見れば不気味な光景だったが、なまえの心を知る浦はぐっと奥歯を食いしばる。
険しい浦の顔つきが、さらに強張った。

(いい加減けじめをつけなければ、お前の心が死んでしまうぞ)

まるで主人の帰りを待ち続ける忠犬のようだ。
痛々しくてたまらない。
どうにかしてあの場から引き剥がそうと一歩踏み出したが、向こうからやって来た小柄な少年が声をかける方が早かった。


『みょうじちゃん。藍染副隊長サンやったら会議で留守やで』
『…市丸くん…。そっか、そうだね』
『置いてかれたん?可哀想やなァ』
『え?』
『隊長サンと仲良かったから淋しいやろ。せやけど時間経ったら平気なるで。みんなそうや』
『そんなこと……!』
『ちゃうん?』
『…も、戻ってくるから。平子隊長は戻ってくるよ』
『んー…これでもボク心配しとるんやで。はよ忘れた方がみょうじちゃんのためやん』
『そんなことないっ…帰ってくる……』
『あらぁ、健気。せやけど自分でも分かっとるやろ、みんな死んでもうてるって』


さすがの浦もぎょっとして目を剥いた。不謹慎にも程があると、怒りたくもなった。
なまえが一番知りたくない現実を容赦なく突きつけた少年は、悪戯が成功した時のしたり顔で傷ついた女の顔を覗き込んだ。なまえは薄い肩をわななかせ、大粒の涙をこぼしながら『隊長は死んでない』と絶叫した。もう見ていられず、浦は駆け出して奪うようになまえの手を取った。


『みょうじっ、探したぞ』
『し、し、死んでない、た、隊長は、死んでなんかっ…!』
『もういい、分かった。ほら行くぞ』


激しく狼狽えたとなまえは反対に、少年───市丸ギンは飄々としたまま静かに微笑を浮かべて微動だにしない。それどころか興味深そうにこちらを観察する不気味さがあった。


『役立たずでもこいつはお前より年上だ。年長者に対する口の利き方ではないな』
『ああ、こらすんません。みょうじちゃんかわええから揶揄いたくなりますわ。ほなな、みょうじちゃん』
『…随分後輩に慕われてるんだな』
『……平子隊長、もういないの?本当にいないの…?なんでみんな平気なの……』
『お前…』
『浦くんもそう思ってるの……?』
『いちいち泣くな。…頼むから……』


顔を覆って咽び泣く女にかける言葉がない。
こんな時、平子ならどうしてやるだろうか。尋ねようにも、彼はもうどこにもいないのだ。



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