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浦は休日にも関わらず死覇装のまま流魂街のとある墓地へ向かっていた。小ぶりな墓跡に水をやって花を添え、丁寧に手を合わせたあと長居することなく瀞霊廷に戻ると、たまたま一番隊の後輩である青年に声をかけられた。


「お疲れ様です、浦さん。今日休みですよね?」
「どうした、俺に何か用か」
「用がなきゃ声かけちゃだめですか」
「だめだ」
「……八番隊に同僚がいるんですけど、みょうじなまえさんって浦さんの同期ですよね」
「そんな頭の悪そうな名前は知らんな」
「なんかすごい落ち込んでるってびっくりしてましたよ。すげえ声かけにくいって」
「放っておけばいい。だいたいお前たちは他人のことを気にしてる場合か?日番谷隊長たちが帰還されたと聞いている。破面の話を聞いて自己研鑽に励んだらどうだ」
「今から黒稜門の警備なんで失礼します!!」


慌てふためいて走り去る後輩の背中を見て、浦は不満そうに鼻を鳴らす。手桶に入れた柄杓でも投げてやろうかと思ったが、青年の逃げ足は早く、その姿はもう見えなくなっていた。


「お前がいればあいつも少しはマシだったかもしれんな、前原」


今は亡き同期の名前を口にする。
感傷に浸るのも馬鹿馬鹿しくなり、浦は手桶を握りしめて歩き出した。

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破面の脅威が囁かれ始めてすぐ派遣された日番谷先遣隊が帰還したという報せと、冬の決戦に向けて護廷十三隊の隊長格が空座町に戦闘配備されるという話は各隊に回っていた。
叛逆の徒、藍染惣右介との決戦がすぐそこに迫ってきているのだ。

(京楽隊長も行っちゃうんだ。………帰ってくるよね、大丈夫だよね)

隊長格の敗北は尸魂界の崩壊に繋がる。だというのになまえはぼんやり上の空で京楽のことばかりを考えていた。
倦怠感のような憂鬱が肩にずっしりとのし掛かる。一人でいるとますます暗くなってしまうのでなるべく人の多い詰所で過ごすことにしていたが、今日は運悪く後輩の女の子たちが恋愛話に花を咲かせていて、当然、京楽の名前もそこに上がった。かっこいいとか抱かれたいとか、セクシーだとか色っぽいだとか。

(こんな話聞きたくない……最悪…部屋に戻ろう)

「京楽隊長みたいな経験豊富な人に一度でいいから相手してほしいよね」
「分かる、色々上手そうだし」


経験豊富な男に相手をしてもらうには相当の心構えが必要だと叫びたくなるのをごくんと飲み込み、詰所の障子をぴしゃんと閉じた。
早めに入浴を済ませよう。
今日は、早く寝たい気分だった。
寮に向かう途中そういえば先遣隊が帰ってきているのだと思い出し、なんとなく阿散井の顔でも見に行こうかと六番隊舎に足を向けた。人の少ない廊下にタイミングよく阿散井の背中を見つけたのだが、彼は地獄蝶の飼育箱を開けて二匹の黒揚羽を取り出そうとしている真っ最中だった。


「阿散井くん?」
「あっ!」
「えっ?」
「い、いや………これは、その」


死覇装姿で立つ真っ赤な髪の青年は気まずそうに顔を背けた。横に立つ小柄な女性は、おそらく朽木ルキアだろう。彼女は驚いたように目を丸くしたが、礼儀正しくなまえに会釈をした。


「現世に行くの?今はやめた方がいいんじゃないかな」
「まあちょっと…」
「現世へ…」
「お、おい、ルキアっ」
「そのうち公になるのだから隠すことでもないだろう」


渋く歯切れの悪い阿散井とは反対に、ルキアは澱まず正直に答えた。
井上織姫の誘拐、破面の想定外の戦闘力、崩玉の覚醒。なまえには半分も理解できなかったが、要するに二人はあの黒崎一護の助けになろうとしているらしかった。


「で、でも今は待機命令が出てるんじゃ………」
「そうっすね。黙っててもらえると助かります」
「朽木隊長、ご心配なさると思うけど」
「その隊長が手伝ってくれるんですよ」
「あの朽木隊長が?」
「もう時間ないんで………あ、そういえば俺になにか用事があったんスか?前に理吉から聞いて……」


そこでふと阿散井の脳内にあの日の光景が生々しくよみがえった。
瞼の裏には、大柄な男の背中にしがみつく細い腕の白さが鮮烈に焼き付いている。突然ぶわっと顔を赤くした男の態度に、二人は小首を傾げた。


「どうした恋次。気色悪いぞ」
「うるせえよッ」
「…阿散井くんはどんどん強くなって、いろんなことができるようになるね。隊舎で迷子になってたのが嘘みたい」


成長を褒めたつもりが、どこか切ない言い回しになってしまった。なまえは乾いた唇を舐めて、続ける。


「あのとき、旅禍が来たときね、私が焚きつけるようなことを言ったから怪我させちゃったのかなって思ったんだ」
「あのとき?………ああ、あのときか。いや、できることをするしかねえなって納得しましたよ。別にみょうじさんのせいとかじゃないっすから」
「でも、怖いとか思わないの」


阿散井は一瞬、ルキアに視線をやった。
しかしすぐなまえの方を向いて、はっきり「思いません」と声を張る。


「できるのにやらねえのが一番怖いっスよ、俺は」


無意識のうちに阿散井と自分を重ねてしまっていた自分を恥じた。阿散井は熱意と覚悟を持って突き進む男だ。誰かの優しさにつけ込んで甘える自分とは決定的に違う。立派に成長したと誇らしい気分になる影で、黒崎一護に抱く同じような憧れの光が胸に差し込んだ。
なまえは阿散井の背中を撫で、恥ずかしそうに呟く。心を込めて、本心から。


「ふたりとも無事に帰ってきてね。地が裂けようとも、再び、生きて、この場所へ」


すっかり廃れた風習の言葉が、阿散井とルキアの気持ちを奮い立たせた。




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