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執務室の清掃に取り掛かった伊勢は、本棚に並ぶ一冊のアルバムを手に取った。隊の集合写真は伊勢が入隊するずっと前から続いていて、京楽は大して変わらない顔だちのまま並んでいる。


「なに見てんの?ああ、懐かしいねえ。何年前だろう…五十年…違うなあ、七十年ぐらい前か。みんな若いねえ。お、円乗寺くんもいる」
「みょうじさんはこの頃からなにも変わってませんね」
「本当だ。可愛いなあ」
「みょうじさんといえば、先日の虚討伐の報告書はご覧になりましたか」
「ま、一応ね」
「一番隊が救援に来てくれたおかげで大した被害もなかったそうですが、これを機に隊員たちに剣術指南をなさるべきかと」
「カンベンしてよ。握り方以外に教えることないよ、ボク」


声の尖る副官からただならぬ気配を感じ取り、京楽は苦笑いで一歩下がったが、どうやら逆効果のようだ。


「しっかりしてください!全くもう!」
「そんじゃ、円乗寺くんにでも頼もうか」
「刀を振り回す以外に指導できるとは思えません」
「……なんかお腹すいちゃったよ。もう帰っていいか…な……」
「………」
「お、女の子がそんな怖い顔しなさんなって………」
「みょうじさんには次の昇格試験に強制参加させようと考えています」
「無理やりさせたっていいことないって」
「なぜですか」


以前までなら大人しく引き下がるはずだが、今に限って京楽の口から納得できる答えが出るまで聞き出すつもりらしい。


「あの子は待ってるんだよ」
「待つって、なにをですか?」
「良くも悪くも変わらず待つしかできない子なんだ。褒められたことじゃないだろうけど、ボクは悪いとは思わないね」
「責任は果たしてもらわないと困ります。仕事ですから」
「……あんな姿見せられちゃ、キツく言うのはちょっとねえ」
「え?」
「いんや、なんでも。そんじゃ、ちょっと道場でも見て回ろうか。おいで、七緒ちゃん」
「はい」


写真の中で、今と全く同じ髪型のなまえは曖昧に微笑んでいる。彼女がこうやって笑えるようになるまでどれだけ時間がかかったかを知る京楽は、伊勢がどれだけ厳しいことを言おうと自身の方針を変えるつもりは微塵もなかった。

+++

なまえはというと、同期の浦松洞から道場へ呼び出されていた。斬魄刀を持ってこいとのことで渋々向かうと、夕陽が照らす道場には時間帯のせいか誰もいない。

(多分、この前のことだろうなあ…やだなあ、嘘ついてサボればよかった)

破面の出現を重く受け止めた尸魂界は十番隊の日番谷を始めとした腕利きたちを現世へ派遣するよう決定を下した一方で、一般隊士の死神業務に変更はなく、先日、八番隊の討伐班に流魂街における虚討伐任務が伝えられた。
任務は滞りなく進んだはずだった。
最後の一体が仮面を両断された瞬間、今際の際の絶叫で無数の仲間をおびき寄せたおかげでパニックに陥るまでは。死神たちはあっという間に劣勢に立たされてしまった。
そんな状況でも、なまえの斬魄刀は反応を一切示さなかった。
目の前で仲間が倒れでも、持ち主が焦って、怒って、苦しんでも、うんともすんとも言わなかった。
あまりに無反応なので「この役立たず!」と刀を投げ捨てたところを、救援に来た一番隊の浦松洞にしっかり見られていたのだ。

『刀に当たるな、この馬鹿!』

(本気で怒ってたな……)


窓の外を眺めながら夕飯に思いを馳せるなまえの背中に、男の声がかけられる。途端、背中に定規が差し込まれたようになまえの背筋がぴんと張り詰めた。


「すまん、待たせた」
「う、ううん」
「髪は結んだ方がいいんじゃないか。それかいっそ切ってこい」
「切らないよ………。何するの?」
「道場に来てすることなど一つしかないだろう」


一礼の後こちらへ歩み寄った浦の手には、彼自身の斬魄刀が握られていた。


「それ使うの?あ、危ないよ。斬魄刀の許可申請だって出してないし」
「俺が済ませておいた」
「は?」
「危険は承知だ。本来ならお前の上官がすべきことを俺がしてやる」





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