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「では京楽総隊長殿、我々はこれで」
「ご苦労さま。これでお終いにしてくれたらいいんだけどね」
「失礼いたします」


京楽は隊首室から出る男たちの背中を無表情で見送った。
この頃、各隊舎で四十六室による立入調査が行われている。詳細は『機密事項につき秘匿』との一点張りで、隊員たちは監査や内部調査の類だろうと適当な当たりをつけていたが、詰所ではなく隊首室や執務室が念入りに調査されているため目的が分からず不審がられていた。

一番隊隊首室は特に入念な調べが入っていた。

部屋ごとひっくり返す勢いであちこち引きずり出すので何か特定のものを探しているのだろうかと京楽と伊勢は彼らの動きを注視していたが、結局目当てのものが見つからなかったのか、彼らは「本日はこれで失礼いたします」と仰々しくお辞儀をして去っていった。

一番隊に調べが入ったのは、これで二度目だ。

前回はただ淡々と業務をこなしていた彼らも実を結ばない結果に焦りが生じたのか手つきが乱暴になり、ふと、誰かが「紛失したはずだろうに」と小さく小さく漏らした不満を京楽は聞き逃さなかった。

(“紛失”ねェ………)

紛失した“何か”を、一番隊を重点的に探す理由…………。変哲のないワードが思い出したくない苦い過去を呼び起こす。記憶の神殿は易々と扉を開いて京楽を迎え、あの時の無力感と絶望感を生々しく蘇らせた。

『伊勢の家の外に頼れる人は貴男しか居ないの。だから、お願い───』

『神器紛失のかどで四十六室の裁定にかけられたそうだ。昨日処刑が執行されたらしい』

想像したくもない“もしも”が現実味を帯びる。
考えすぎだとは一度も思わなかった。いざという時のため万の手段を準備する浦原喜助と同じく何通りもの“逃げ道”を頭の中で巡らせて、やがて大きくため息を吐く。
痛む目頭を揉み、もう一度息を吐く。伊勢も沖牙もいない場では誰かに遠慮することなく疲労を浮かべることができる。
窓が大きく開いて冷たい風と共四楓院夜一が入り込んできた。


「ひとりか?」
「お、夜一ちゃん。よく会うねぇ。窓からご登場かい」
「砕蜂が言っておったが、この頃上が騒がしいらしいの。貴様なにをした?」
「あちらさん、ボクのことよく思っちゃいないみたいだしねェ…ほら、叩けば埃しか出ないじゃない。ボク」
「お主だけならまだしも、なまえを巻き込んでくれるなよ」
「なまえを?」
「弱点は容赦なく叩く連中じゃ。分かっておろう」


得体の知れない一件が自分に深く関係しているとある程度見当をつけたタイミングで、夜一も何となく京楽が関わっていると予想したらしい。恐ろしく勘の鋭い彼女を除いてまだ誰も気づいていないだろう事実をどう処理すべきか、総隊長は頭が痛くなる。
中央とは先の戦争の最中言い合った仲なので、不感を買った覚えはあった。しかし、そんなものがきっかけで今更こんな嫌がらせをするのだろうか。だとすれば何が発端だろうか?根拠もなく動くほど抜けた連中でもないのに。
じっと考え込んでいた京楽は、窓の外を眺めたまま続けた。

「なまえは……少なくとも今回の件に関係はないよ」
「ほう?同じ名字を名乗らせておいて無関係とは、言い訳にしては些か苦しいぞ」
「はは……」
「京楽。今回の一件、ただの調査ではなかろう。奴らしつこいぞ」
「まだ叩くに至らないってことは何かあるんだろう」


夜一が何となく察していながら詳細を尋ねてこないことはとてもありがたかった。
京楽が抱える面倒事は隠し事というより言えないことの方が多く、だからこそ夜一は進んで関わろうとしないし京楽もあえて黙っている。彼女相手なら正しい対応だが、妻であるなまえにも同じ態度を取るのはどうだろうか。
伊勢家との繋がりや例の刀の話をすればたちまちなまえまで巻き込んでしまうと危惧する京楽と、嫁がせておいて一線を引くなどムシのいい話だと呆れる夜一と。どちらが正しいだろうか。尋ねようにも、指針とする恩師も親友ももういない。京楽は急な寂しさに襲われた。


「…これはただの独り言なんだけどね」


ふう、と空気の抜ける音とともに京楽が天井を仰いだ。


「あの子だけは遠いところにいてほしいだけなんだ」


夜一は、そんなものは傲慢だと叫びたくなった。
女から名字を奪っておいて自分の深い事情と切り離した場所にいて欲しいなど都合のいい話だ。なまえにとってその気遣いは苦しみでしかない。お前はこれまでの人生で、疎外感とか孤立とか悲しみを感じたことがあるのかと京楽を問い詰めたくなった。

(気持ちは分かるが、それは残酷すぎるぞ)

寒々しい屋敷の中で、ひとり京楽を待ち続けるなまえの背中が思い浮かぶ。彼女ならきっと喜んで巻き込んでくれと願うだろうし、京楽の全てを知りたいと望むだろう。
ただ、ふと、砕蜂の姿が連想されて、非難の言葉は喉の辺りでぐっと止まる。そのまま、飲み込んだ。


「…独り言は終わったか」
「やれやれ、歳は取るもんじゃないね」
「そう言うな。取りたくても取れん者もおる」
「なまえを呼ぼうか。話すべきだ」
「お?儂の言葉に耳を貸すとは、丸くなったもんじゃのう」
「きみが思ってる以上にボクはなまえが大事なんだよ。一蓮托生。…気が進まないけど、そんなもんでしょ」


適当な隊員に声をかけて、なまえを隊舎へ招くよう言付けを頼んだ。




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