月と星






「おい。ゲーロのお面、どこにやったんだ」

 緊迫した白昼夢から帰ってきたと思えば、リンクの険悪な目線がお出迎えだ。あわててゼロは服を探った。

「おかしいな、見つからない。ど、どこかなー」ひどい棒読みである。
『……ゼロさん。そろそろ、話してくれませんか』

 詰問調というよりも、アリスは申し訳なさそうだった。ゼロはびっくりする。

「知ってたの?」
『ロマーニのお面と今回で、もう二回目よ。誰でもわかるわ、アンタとお面が妙な関係があることくらい』

 リンクも首肯した。全員にバレていたらしい。

 ゼロの肩の力が抜ける。思いっきりため息をついてから、このおかしな現象を説明し始めた。

「ロマーニのお面より前からだよ。はじめは、ゴーマン兄弟のかぶってた覆面だった。オバケみたいな顔の、変なやつ。あれを手に取ったときから、細切れに白昼夢を見るようになったんだ」
『白昼夢、ですか』
「うん。オレは夢の中で自分じゃない誰かになってるんだ。それで、見たことのない建物の中にいたり、知らない女の子がオレに話しかけてくるの」

 瞳を閉じて、リンクは腕を組み替えた。ゼロに対して言い聞かせるように、冬空色の瞳が思慮深く瞬く。

「それは、お前の記憶じゃないのか?」
「えっ」

 ゼロは目を見開いた。

『私もそう思います。その方は、きっと記憶を失う前のゼロさんなんですよ』アリスも賛同する。
「まさか。だって、ぜんぜん身に覚えがなくて」

 衝撃を受け止めきれず、否定するように手を振った。声にならない言い訳が、何度も口を開閉させる。

 ……もちろん、そういう可能性を考えなかったわけではない。むしろ何度も検討しては、その考えを破棄してきたのだ。あの白昼夢の「彼」は、行動・感情双方の点でゼロとかけ離れていた。
 それに。白昼夢には、胸がいっぱいになるような「懐かしさ」を感じなかった。少しだけ似た印象も受けたけれど、本当に自分自身の記憶なら、「失われた欠片がぴったりはまる」ような感覚があってもおかしくない。と思う。

 つまり、ゼロには実感がわかなかったのだ。

 アリスが姉の話をするとき、チャットが弟やスタルキッドとの思い出を語るときの、声に浮かぶ不思議な色。十に満たないリンクでさえ、持ち合わせているはずの感情。

 懐かしさって……何なんだろう。心の奥に向かって問いかけても、答えは見つからない。

『そのうち慣れるって。だんだん愛着が沸くようになるわ』

 だって、紛れもないアンタ自身の記憶なんだから。

 チャットは祝福してくれている。アリスも、きっとリンクだって。

 だがゼロは、あの白昼夢を自分のものにできる気がしなかった。
 記憶をまるごと失っていても、三日を繰り返すうちに、彼は自分だけの思い出を積み重ねてくることができた。果たしてそれは、白昼夢が見せる「記憶」に劣るものなのだろうか。

 胸のあたりをぎゅっと掴んだ。服がくしゃくしゃになる。知らない人物が自分に成り変わっていくようで、怖かった。

(記憶が戻ったら、オレはオレじゃなくなるの――?)





 やがてたどり着いた最後の扉を、ゼロの戦利品によって開け放った。
 いよいよだ。心と体の準備は、すでに整っている。

「行くぞ」

 二人と妖精たちは、部屋の真ん中にあいていた、闇をたたえた穴に飛び込んだ。余程のことがない限り、撤退しない覚悟で。
 幸いにも、問題なく着地できる距離に床があった。あたりは薄暗い。敵の気配はあるのに、無音なのが不気味だった。

「水がある。足元、気をつけろよ」
「……うん」

 浮かない顔をしているゼロを、リンクは緊張しているものだと解釈した。神殿の入り口に立った時のように。

 そこは、周囲を水路に囲まれた円形の足場だった。敵が潜むであろう水場に、警戒しながら近寄る。

 突如、何の前触れもなく、轟音とともに足下が揺れた。強い衝撃を受けてリンクの体が浮く。ゾーラの仮面は被っていなかった。ゼロは宙を泳いだリンクの腕をとっさに掴み、ぐいっと引き寄せた。間一髪で落水は免れる。

「危なかっ」

 た、と言い終わる前にまた振動が襲った。リンクは床に伏せるようにしてこらえる。顔を上げたとき、もう一人の姿はなかった。その代わり、重いものを水に放り込んだ音がした。視界は水柱の尾を捉える。

 リンクをかばったせいで、位置が入れ替わった。ゼロが立っていたのは足場の縁だ。

「あの阿呆が……!」

 リンクは盛大に舌打ちをする。その対象は言葉に反して、自分の不甲斐なさだった。ゾーラの仮面を持っておらず、泳ぎの技術すら未知数のゼロが、伏魔殿に落ちてしまうなんて。

『ゼロさああーん!』

 アリスの悲鳴がこだました。


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