* ワートという名で呼ばれる巨大な一つ目の魔物と、リンクは交戦していた。相手は全身に泡をまとっており、それを身を守る鎧や飛び道具として利用してきた。変幻自在の攻防に苦戦しながら、ゾーラの姿で全ての泡を割ることに成功する。もう弱点の目玉はむき出しだ。 すると、ワートは巨体を生かして体当たりを仕掛けてきた。リンクは仮面を外して迎え撃つ。 回転アタックを繰り出し、危険な突進をすり抜けた。壁と巨体が激突する音が背後で響く。リンクはすぐさま起きあがり、ワートがこちらに焦点を合わせた瞬間、目玉めがけてフックショットを打ち込んだ。 『やりました!』 「いや……まだだ」 用心は怠らない。痛みにのたうつワートの目玉めがけて、下突きでとどめを刺した。ジャンプ切りの派生のような技だ。 魔物の体が破裂し、ぐすぐすと崩れていく。リンクは飛び散った残骸を要領よく避けた。無造作な一振りだけで、剣には水滴一つ残らない。 パチン、とフェザーソードを鞘に収める。戦闘は終わった。 『さすがですね、リンクさん』 ストレートなほめ言葉をもらったのに、リンクはなぜか居心地の悪さを感じた。 「……どうも」うつむきながら礼を言う。我ながら挙動不審だった。 そのとき、金属の床を蹴る、軽やかな足音が近づいてきた。自分の気配を隠そうともしないこの調子は、間違いない。 「リンクー!」『ちょっと待ってよっ』 騒がしいコンビの登場だ。 「うるさいのに見つかったな」 肩をすくめるが、 『嬉しそうな顔になっていますよ』とアリスにやりこめられる。リンクは絶句した。 ゼロは再会の喜びを分かちあうのもそこそこに、先ほど入手したカギを取り出す。 「見てこのカギ! これがあれば、最深部に行けるんじゃない?」 「ああ、よくやったな」 ゼロはじーんと感慨にふけった。 (リンクが誉めてくれた……!) 当の本人は、明後日の方向にむかって恍惚としているゼロを、気味悪そうに見上げる。 「道中、問題はなかったか」 「特には。氷の矢が大活躍したくらいかな。ムリヤリ水面を凍らせて、道をつくったんだ」 『おかげで矢尻の残数がまずくなってきたけどねー』 山の大妖精からは、限られた数しか矢尻を授かっていない。残りの分で、どうにかやりくりしていかなければ。 再びの水路に備えて、リンクはゾーラの仮面を取り出した。偶然、荷物から緑色のお面がこぼれ落ちてしまう。それは図らずも、ゼロの方に向かって弧を描いた。 「あっ」 青年は大きく身を引いた。この手で触れた被り物を、今まで何度なくしてしまったことか。 だが努力もむなしく、飛び込んでくるお面は避けようがなかった。 (しまった!) * 中庭に面した明るい回廊を歩いていた。パティオと呼ばれる中庭には水盤が張られ、涼しげな雰囲気を演出している。回廊の至る所に施された装飾はとても繊細で、たとえ一年間鑑賞に専念したとしても、飽きはしないだろう。 どこか見覚えがある建物だった。前回の白昼夢の舞台と同じお城のようだ。 何故か、ここは「自分」がいるべき場所ではない、という気がした。 「彼」は、道に迷っているらしい。せわしなく歩き回っては、あちこち見回している。 「後宮に何用でしょう、そこの殿方」 「……!」 大理石の柱の影から、目にも鮮やかな紫の影が出てきた。なめらかな絹のドレスを着こなした女性だ。一気にパティオの雰囲気が華やいだ。 後宮という単語に反応して、頬が熱くなった……はずなのに、ゼロと違って「彼」は表情を変えない。 「ここはあなたのような、戦を生業にする方が来る場所ではありませんよ。**様」 女性は、「彼」の素性を承知していたのだ。きびすを返そうとすると、見知った人物が駆け寄ってきた。 「**さんっ!」 この白昼夢の中で「彼」と親しげにする、淡い金髪の女の子だ。相変わらず格好は素っ気ない黒のワンピースだった。 「もう、こんなところに! 隊長が呼んでいましたよ」 と言って、少女はさりげなく「彼」に腕を絡めた。ゼロはその大胆さに動揺するが、「彼」は慣れっこらしい。失礼しました、というような発言をして一礼する。 「早く出ましょうよ、こんなとこ」 強引に「彼」を出口へ引きずるその背中へ、紫の女性は驚くべき台詞を投げかけた。 「この王宮に、敵国のスパイが潜んでいるそうです」 少女と「彼」は、そろって息をのんだ。 一体どういうことですか。と「彼」の唇が動く。女の子は眉をひそめた。 「それは……大妖精が言ったの?」 「いえ。『予言の大翼』です」 まさか、あのフクロウが!? ゼロの心臓が大きく脈打った。おまけに、この「国」には大妖精まで存在するらしい。話がこんがらかってきた。 女の子の応対は冷ややかだ。 「『予言の大翼』の発言といえど、流布すれば兵士の士気に関わります。裏は私たちがとりますので、どうかまだご内密にお願いします。 それでは失礼しました、王妃様」 二人は駆け足で王宮を後にする。 ゼロの頭は混乱していた。王妃という紫の女性やこの少女のする話が、今にも一つに結びつきそうな状態で思考の海を漂っている。なのに、あらゆる組み合わせを試しても、なかなか真理にたどり着けなかった。まだ、パズルのピースが足りない。 それはそうと、この子は一体誰なんだろう。隣の少女を観察すると、口唇が小さく動いていた。何かを呟いているようだ。 「彼」には聞こえなかったかもしれないが、ゼロは間違いなく耳にした。 「スパイだなんて……この国にいるわけないじゃない。内側から乱そうったって、そうはいかないわよ」 恐る恐る少女の顔をのぞき込めば、緋色の双眸が暗く燃えていた。 ←*|#→ (90/132) ←戻る |