おずおずと、チャットに向き直る。 「ど……どうだった?」 妖精はさきほどの心配など、どこ吹く風だ。 『まあまあ、ね。アイツだったら、もっと手早く片づけたろうけど』 「そりゃあそうだよ。オレなんかをリンクと比べちゃだめだよ!」 『へ? ……ああ、ハイ』 嫌みを言ったつもりが、力強く否定されてしまった。チャットは慣れない切り替えしに、即応できなかった。 ゲッコーを倒したことによって開いた出口の先には、例の宝箱があった。豪華な金の縁取りを目にすると、戦いでの疲れは吹き飛んでしまう。 「な〜にが出るかな。わっカギだ!」 『これ、たぶん重要な部屋のカギよ。ほかの神殿でも似たようなのを見たことがあるわ』 「じゃ、なるべく早くリンクに届けないとね」 宝箱に収まっていたきらりと光るカギを、大事にしまいこんだ。 チャットは、先ほどから引っかかっていた疑問をぶつける。 『アンタさ、アイツのこと頼りすぎじゃないの。そう、ちょっと変なくらい』 ゼロはきょとんとした。しばらく思考を巡らせてから、得心がいったという顔をする。リンクについての話だ。 「確かに、不思議だね。どうしてだろう」 『アタシに訊かれても知らないわよ』 ゼロは穏やかに笑った。その表情の前では、ささいな疑問など溶けてしまいそうだ。 「でもさ、リンクがすごーく頼りがいがあるのは、確かだよね」 『まあ、ね……』 それでもチャットは釈然としなかった。 まだ人柄もよく知らないのに、どうして年下の子供をあそこまで信用できるのだろう。ゼロの言うように特別な理由もなく、なんてことはあり得ない。チャットが知る人間とはそういうものだった。 子供は親の庇護下にあるもの、という常識はタルミナに限らない。一人で歩いていれば自然と大人の目に留まり、行動範囲は制限される。故郷の国でもらったという剣と盾がなければ、リンクはクロックタウンから一歩も出られなかったに違いない。 しかしゼロは、リンクを対等な――下手をすると自分よりも上位の存在と見なしている。それが、とにかく不可解だった。 (変なの) 付き合いを続ければ、いつか疑問が氷解するのだろうか。 悩むチャットを後目に、ゼロは好奇心に瞳を輝かせた。 「あのさ、チャットは確か弟さんがいるんだよね。アリスにもたくさんお姉さんがいるんだけど、きょうだいってどんな感じ?」 『うーん、うちのトレイルはちょっと弱虫かしらね』 「弟さんは今……」 『スタルキッドのところにいるわ』 ゼロは言葉を失った。小鬼と関わりがあった事を、すっかり忘れていたのだ。 チャットは淡々と続ける。 『月を落とそうとするくらいだから、ロクでもない奴だと思ってるんでしょ、スタルキッドの事。イタズラばかりしてちょっと煙たがられてたけど、普通の奴だったわ。 気まぐれでお面屋を襲ってから、おかしくなっちゃったの』 「お面屋……その人から『ムジュラの仮面』を手に入れたんだね」 ゼロは呪いの名前を呟いた。洋上で聞いたときから、「ムジュラ」の名には心をざわめかせる何かがあった。 「それじゃあ、リンクとはどうやって知り合ったの?」 『これまた、ちょっと度が過ぎたイタズラのせいだったわ。アタシと弟とスタルキッドが、森で偶然出逢ったアイツをからかった挙げ句、エポナと大事にしていたオカリナを奪ったのよ』 チャットはことさら冷然と答える。友達を止められなかった事を悔やむあまり、わざと距離を置くような態度になっていた。 リンクと出逢った時、すでに子鬼はあの仮面を被っていたのだろう。愛馬を奪われたとなっては、彼が黙っているわけがない。 「リンクもスタルキッドの……いや、ムジュラの仮面の被害者だったんだ」 『そうよ。エポナもオカリナも取り返したし、本当ならもうアイツはタルミナにいないはずなの。だけど、いろいろあって例のお面屋に借りができたから、ムジュラの仮面も取り戻さなくちゃいけなくなった。アイツもなかなか災難よね』 なんだかんだ言って、貸し借りについては律儀なリンクのことだ。取り返す対象がいわく付きの呪われた仮面だろうが、断るという選択肢はなかっただろう。 「リンクってタルミナの人じゃないよね。前は何してたんだろう」 『さあ。アリスによく似た、青色の妖精でも捜してたのかしら』 チャットの口調は少し苦かった。少年は過去についてほとんど語ろうとしない。たとえ尋ねても、喋る必要はないと一刀両断されてしまいそうだ。その様子がありありと思い描ける分、歯がゆい。 ゼロはロマニー牧場での一幕を回想する。 「そういえばリンクと初めて会ったとき、アリスのことを違う名前で呼んでたような気がする」 考えに没頭して足下に視線を彷徨わせるゼロを、チャットが小突いた。 『――って、そういうことはアタシじゃなくて本人に訊きなさいよ、もう。 早く行きましょ、あの二人と合流しないと』 「あ、ちょっと待って!」 ←*|#→ (89/132) ←戻る |