4-3.グレートベイの神殿 「気をつけて行ってくるのじゃぞ」 カメの激励が、地に降り立った二人の背中を押した。どきどきする胸を押さえ、ゼロはゆっくり深呼吸する。 「ここが、グレートベイの神殿……」 神殿については、道すがらリンクから説明を受けていた。 海に起こった一連の異変――水温の上昇、ルルが声を失ったこと、彼女のタマゴが海賊に奪われたこと――それらすべての原因となる存在が、この神殿の最奥に陣取っているらしい。スタルキッドの、手引きによって。 グレートベイの神殿は、かつて四方の神の一人が西に百歩進み、鎮座ましました場所だ。ここが異形に侵食されれば、自然この地方の平穏も乱れることになる。 ウッドフォールの神殿に挑んだ日が、今となってはずいぶん昔に思える。これからは、段違いに危険な場所へと乗り込むのだ。 ほんの数瞬、ゼロは足を踏み出すことを躊躇した。 ゾーラの姿をしたリンクは敏感に気づき、振り返る。 「どうかしたのか」 「あ、いや」 緊張した面もちのゼロを見て、リンクの眼元は少し和らいだ。 「邪魔にならないように、ついてくればいい。適宜指示はするから」 珍しい台詞を聞いてチャットがぎょっとする。これは天地がひっくり返るわ、と。 「わかった」ゼロは隣に駆け寄り、 「この扉、オレに開かせて」 目の前には、重々しく閉ざされた入り口がある。リンクはこっくり頷いた。 意を決して押し開いた先は――水浸し、だった。 床面積のほとんどが海水で満たされている上に、ゼロでさえ足が届かないほど底が深い。というとゾーラホールと似ているようだが、広い部屋の床も壁もむき出しの無機質な材料で覆われているせいで、まるで別の印象を与える。 さらにこの大部屋の中には、赤と緑のパイプが毛細血管のように張り巡らされていた。水圧を動力として上下するリフトに、ゆるやかに回り続ける巨大水車まである。 神が住まう場所には、あまりにも不釣り合いな内装だった。 「ねえ、ここって本当に神殿なの?」 もしかして神様は別の住所に引っ越したのではないか、とゼロは真剣に心配するのだが。 「むしろここ以外にグレートベイの神殿はない」 リンクは泰然としている。 『スノーヘッドの神殿もなかなか大胆だったわよー。氷の柱をパンチで破壊したり』 「そんなこともあったな」 二人はこれまでの苦労話で盛り上がった。曰く、毒沼に落ちた、凍死しかけた、崖から落ちた、エトセトラ。すべて死に直結している、壮絶な話ばかりだ。ゼロは血の気が引いた。 光の粒を振りまきながら、アリスが解説する。 『神殿部分はごく一部なんですよ。他は海流をコントロールしたり、水温を調整したりする施設なんです。パイプが二つありますよね? あれを追いかけていけば、全ての部屋を巡ることができると思いますよ』 「そうか、ここに異変があったから海がおかしくなってるんだね」 ゼロは素直に納得するが、 『どうしてそんなこと知ってるの?』チャットがいぶかる。リンクも「博識のレベルを超えていないか」と懐疑的だ。 「アリスは物知りなんだよねー」 まるで気にかけないゼロを前にして、それ以上の追及はあきらめた。 部屋に通う二本のパイプから、近くにあった緑の方を伝って次の部屋に進む。そこは、 「!?」 巨大な水槽を思わせる、円柱形の部屋だった。四、五階層分の吹き抜けをそのまま水没させている。 ここまではまだ、予想がついた。が、あのリンクですら唖然としたことに、海水は渦を巻いていた。それこそ、神様が見えない手でかき混ぜているのかもしれない。 水中での生活に適応した、ゾーラの体を借りているリンクはともかく、ゼロなどが不用意に落ちたら二度と戻ってこられないだろう。 「うわあ……」 足場の縁から身を引くゼロだった。 リンクはちらりと水中を見やる。通路になりそうな排水口を発見したのだ。 「二手に分かれるか」 「そうだね。緑のパイプは陸路みたいだし、オレでも大丈夫そう」 『赤のパイプは、水の下に続いているようですよ』 アリスの青い光が、水面に映った。 全員がパイプに注意を移した時だった。水の中から死人のような肌色をした片腕が飛び出し、飛沫をあげてアリスに襲いかかった。 『きゃああっ』はっとする。水流に気を取られて、リンクですら敵の気配に気づいていなかった。 『デキシーハンドよ!』 チャットが鋭く叫ぶ。反応が遅れたアリスは捕まってしまった。血相を変えて弓を構えるゼロを制し、リンクが水流に飛び込む。 彼を追うように、足場の縁に張り付いていた緑の葉の下から、何かが伸びた。水の暮らしに適応したデクババ――バイオデクババだ。背中を向けて泳ぐリンクを喰らおうと茎を伸ばす。 「危ない!」 ゼロが炎の矢で葉を燃やせば、デクババは根から千切れて水流の餌食になった。 リンクが腕のヒレでデキシーハンドを切る。手のひらに確保された青い光は健常だった。安堵するゼロの背に、殺気を帯びた視線が突き刺さった。 『まだ終わってないわ』注意を促すチャット。 横様に飛んできた岩を、身をよじってかわす。ゼロの背後にはオクタロック――口から岩を吐き出すタコの魔物――が控えていた。奇妙に虚ろな視線と鉢合わせる。 「今度はこっちだ!」 炎の矢に代わってつがえたのは、氷の矢だ。岩をかするように放たれた矢によって、オクタロックは氷像と化した。一瞬後、ぱりんと澄んだ音をたてて砕け散る。 ゼロとチャットはしばらく警戒を続けたが、あたりからはすっかり敵の気配は消えていた。もちろん、水に潜った二人の姿もない。 「どうしよう、リンクたちとはぐれちゃった……」 不安を露わにするゼロ。チャットは白い光を強めて、彼の眼前を飛ぶ。 『落ち着いて。あの二人が上がってきてないってことは、赤いパイプを追っていったはずでしょ。だから、こっちは緑の方を伝っていくのよ。目指してるのは同じ場所なんだから、絶対に合流できるわ』 自信たっぷりの物言いは、いくぶんかゼロの安堵を誘ったらしい。 「ごめん、取り乱して。チャットはリンクを信頼してるんだね」 『べ、べっつに〜。臨時とはいえ相棒だもの』 にこにこするゼロと、照れるチャット。二人だけの神殿探索が始まった。 ←*|#→ (86/132) ←戻る |