カメはそっと海水の上を滑り出した。海賊の船よりも馬車よりも、よっぽど揺れは少なかった。 「グレートベイは竜神雲で阻まれていると聞いたのだが」リンクが懸念する。 『ワシはこの海の主じゃ。何の問題もないわい』 海賊たちの侵入を強烈な嵐で妨げていたのは、案外このカメなのかもしれない。雲の向こうに待っているのは金銀財宝か、はたまた。 びゅうびゅう吹きすさぶ風に白銀の髪を揺らしながら、ゼロは苦しげに切り出した。 「ルルさんのこと、話してくれないかな」 前を見据えたままリンクが返答する。 「ミカウは俺が看取った。ルルのタマゴを取り返そうとして、海賊に返り討ちにされたらしい。そして――彼の魂を癒し、この『ゾーラの仮面』にしたんだ」 「……っ」 ゼロは歯を食いしばり、じっと衝撃に耐えた。やっとのことで喉から絞り出したのは、謝罪の言葉だった。 「ごめん。オレ、ミカウさんのカタキに協力するなんて提案を……」 「お前のおかげで、手遅れになる前にタマゴを取り返せたんだ。気落ちするな」 リンクはうつむく青年の顔色をうかがった。 「……ありがとう」銀糸に紛れて面差しは分からない。 アリスは酷くショックを受けていた。 『そんな。確かに大妖精様は、ルルさんとミカウさんがコンサートで共演できるとおっしゃっていたのに』 「大妖精だと? まさか……」 リンクの水色の肌からさっと血の気が引いた。それに気づかずゼロは、 「言ってなかったよね。オレとアリスは、スタルキッドにバラバラにされた各地の大妖精様を元に戻しているんだ」 『スタルキッドがそんなことを!? まったく、イタズラが過ぎるってもんよ』 びっくりしたチャットが、チカッと光を激しくした。 「もしかして知り合い?」 『アタシと弟の友達だったのよ。でも今は変わっちゃった――ムジュラの仮面のせいでね』 彼女は苦々しく明滅する。 「ムジュラの、仮面……」 名前から漂う禍々しさにあてられ、全身に寒気が走った。思わず肩を抱く。ムジュラ、という単語がゼロの心に深く刻まれた。 いよいよ目の前に渦巻く雲が現れる。近くで見ると濃霧の塊のようだ。カメはしずしずと波を切るように泳いで、霧の中へと入っていった。 「これから向かうのはグレートベイの神殿だ」 リンクが放った鋭い視線を、ゼロは緊張しながら受け止める。 「そこに巣くう魔を退治して、海に平和を取り戻す。それはたぶん、俺にしかできない事だ」 カモメの声も、潮騒までもが遠のいた。ゼロの返事を待つように。竜神雲の中は外の様子が嘘のように、凪いでいた。 「……やっぱりね。普通の人じゃないなって、思ってた」 「よく、信じる気になるな。こんな話を」リンクは少し照れたようだ。 「いやいや! オレが言うより、よっぽど説得力あるよ」 『確かに』チャットが冷やかす。ゼロは自分でもくすっと笑った。 いつしか深い霧の中に、グレートベイの神殿が威風堂々たる姿を現していた。 「この最奥にいる『魔』を倒す。足手まといにはなるなよ!」 「うん!」 こうして二人の神殿攻略が幕を開けた。 ←*|#→ (85/132) ←戻る |